第15話 浮気とか、しない派? できない派? 【一花】

 あちゃー……


 これって、もう完全に……。


 優のこんな顔、初めて見た。


 頬が紅葉みたいに赤くて、優の大きくて強い瞳が、何もない空を見つめている。


 その長い足を、自分の胸の前にたたんで、しなやかな腕で抱きしめてる。


 これって完全に、一樹を異性として見てる。


 なにより、気持ちもだいぶ持って行かれてるってわかる。


 ええ?


 どうして?


 そんなそぶりあったっけ?


 何がきっかけ?


 美子ちゃんみたいに命の恩人とか?


 いや、それはないでしょ?


 一樹が優に助けられるシーンは想像できても、その逆、優が一樹に助けられるシーンが思い浮かばない。それはきっとミスキャストだ。


 いやいや、原因とかじゃないよ。


 今、優がこうなってるってのが問題なわけで、なんとかしないといけないわけで、つまりはここから先を考えないといけないわけで……。


 ああ、もう口から雄叫びが出てしまうくらい取り乱している私がいる。笑っちゃうくらい焦ってる。


 ほんと、どうしよう。


 今、こうして、優がさ、一樹を異性として、しかもトキメキメキメキメリ!!!ってしているのが問題なわけで、じゃあ、あのキスってそういう事なの?


 私は優を改めて見た。


 今更だけど、やっぱり、綺麗な子だなあ。


 いつもの物言いに態度や性格に騙されてるけど、普通にモデルだって出来そう、実際に声もかけられているしね。優は。


 ちょっと日本人離れした顔とスタイルは、たしかお祖母ちゃんが、北欧の人なんだっけ、だからクオーターって事だよね。


 背も高くて、輪郭もなんかシュッとしてて、不釣り合いなくらい大きな目と、通った鼻筋。釣り目がちな目を閉じるまつ毛も長くて、これで、この子、自分でそろえるとかしてないからね。化粧もまったくしないし。お気に入りミントのリップくらいかな?


 腰も高いし、足も長い、なにより腹筋はシックスパックだし。


 もしも優が本気で一樹を取りに来たら、私どうするんだろ?


 もちろん、一樹が私を破棄して、優に走るなんてないのはわかってる。


 それは一樹を信じてるってのとは違って、一樹は私を離すことができないのよ。


 あ、これは私が魅力的って自慢してるわけじゃないの。人類の永い歴史の中でつぐまれていった、人間としての一樹の峻別された性格上の問題なの。


 当たり前に、普通に、一樹浮気なんてできないのよ。他に乗り換えるのも無理な人なの。


 こういう言い方をすると、一樹ってなんて身持ちの硬い男子なんだって思われるかもだけど、一応、これ律子先生情報だから、きちんと分析された根拠のある情報として、おおむね人間て、生物学的上その半数は浮気をしないんだって。


 よく覚えてないけど、社会性を営む動物として、適正に進化してきたせいらしいの。


 じゃあ、半数はするのって突っ込みたくなるけど、条件が重なることによって、人は動物としての本能から、パートナー以外に性交を行える生き物らしいの。


 で、りっちゃん曰く、一樹って、その出来ないグループに所属しているの。これはね、したいとか、したくないでなくてできるできないだから。


 だから、結婚って、お互いが、お互い同じグループで一緒になれると幸福だけど、浮気できる派と浮気できない派が結婚してしまった場合は、不幸な事件がおこるの。


 そこには不倫って言葉が躍るの。


 でも、そんな不衛生で理不尽な事は私達夫婦には無縁なのよ。


 だから私は安心してるし、もちろんそれが無くても一樹を信じてるから、そこは大丈夫なんだけどね。


 ちなみに『私も浮気はできない派だよね?』ってりっちゃんに訪ねた事あったけど、その時りっちゃん、『そうね、できない派じゃないわね、しない派ね』とかいうの。


 ちょっとひっかかるけどね、まあいいや、今はそんな事を思い出してる場合じゃない。


 ともかく優の事なのよ。


 優と一樹が不倫しちゃった事なの。精神的でなく物理的に。


 じゃあ、優の身体能力を思う存分使われた日には、一樹の貞操なんて風前の灯って事?


 だって、つまり、本人もその気はなかったって事でしょ? それはつまり、一樹の唇がそこにあるからキスしちゃえって、脊髄反射で行動したってこと?


 それはやばいじゃん。


 考えて、キスしてしまうよりヤバいじゃん。


 再発防止を求めたいのよ。


 「だから、あたしは、一樹の事をなんとも思ってないって、ゴメン、ほんとうにはずみだった」


 って優は言う。そして、頭の中で何かを考える様に視線を泳がせて、


 「ほれ、あたし、反射で動いちゃうじゃん、考えとか後に置いてくるタイプだから、キスってどんなんだろ? あ、ここに丁度いい唇があるから試しちゃえ! って感じだったのかも?」


 って言ってから、


 「ホントに一樹の事……好きじゃ……ないから、……安心してくれ」


 うわ……


 いや、今の取ってつけたような言い訳とかじゃなくてさ、優さ、今、自分の言葉でなんかダメージ受けてない? 意思があるから、次は理性で止められそうだけど、そこは安心なんだけど、脊髄反射でもないみたいだから、最悪のケースは避けられそうだけど、優のね、はずみとか考え無しって言葉は否定に感じるんだよ


 一樹の好きじゃないって言う優の顔、笑顔だけどさ、こんな笑い方見たことないよ。自分の顔の笑顔の形を思い出して、無理やりそんな顔を造ろうとしてる。


 形の定まらない笑顔。


 なんて顔してるのよ……。


 いや、今、私が優の心配してどうする。



 一樹と私、優を含む人間関係が、これから一体、どうなってしまうの?


 きっと、これだけは言える。


 もう、もとの形、以前の関係ではいられないかもしれないって事。


 一樹も心配だし、優も心配。


 本当にこれからどうなってしまうのだろう?

 

 うなだれ始める親友の顔を抱いて、想像もできない手の届くほど近い未来を迷う私がいるの。


 


 


 

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