第4話 遮那王と『足柄峠の金太郎兄弟』

嘉応元(1169)年10月 駿河国相模国境 足柄関

遮那王(11才)

 


 駿河から相模に入る足柄山関まで来た。


 『 これやこの 行くも帰るも 別れては 

  知るも知らぬも 逢坂あふさかの関 』


     [ 百人一首第10番 蝉丸 後撰集 ]


【 意訳 】

 これがあの噂に聞くあの逢坂の関か。都から出て行く人も帰る人も、知る人も知らぬ他人もここで別れてはまた、逢うを繰り返すのだな。



 古来より、都を護るために交通の要所に関が設けられていたが、平安時代中期以後は、東海道の鈴鹿関、東山道の不破関、北陸道の愛発関に代わり逢坂関が畿内を防御するために重視され、三関と呼ばれた。

 また、鈴鹿峠から東は東国、関東と呼んだ。

 

 律令制における関は全ての公民を本貫地の戸籍に登録し、勝手な移動を規制維持するため、浮浪の阻止、中央で発生した事件などの情報漏洩の阻止の役割を担っていた。

 官使が私用上で関所を越えるには、所属する国司や郡司に許可をもらう必要があった。


 三関以外にも、東海道の駿河相模両国境には足柄関。同じく東海道の常陸陸奥両国境には、勿来関。東山道の信濃上野両国境には碓氷関。 

 同じく東山道の下野陸奥両国境には白河関。北陸道の越後出羽両国境には念珠関が設置されていた。

 このうち、念珠関、白河関、勿来関の三関を奥羽三関という。



「孫兵衛。鈴鹿の関をいずる時には誰何すいかされなんだが、足柄の関は如何いかに。」


「はっ。我ら山伏に身をやつしておりますれば、修業のために出羽三山に詣でること、差し支えありませぬ。」


「左様か、ならばいざ行かん。」



 急な登り坂を行くと、峠の境に丸太を頑健に組んだ柵囲いの足柄の関があった。

 関の通用口には、男達三人が旅の者を誰何し脇にある建物の前には、10人ばからの武器を持った者達が控えていた。

 黑王から下馬し、弁慶に手綱を取らして歩み寄る俺を一人が誰何した。


「そこな山伏の者達よ、何処へ参るのか。」


「我ら修業のため、出羽三山に詣出るところにござる。」


 俺達の先頭に立つ七郎が答える。


「そこな若子は公達のように見えるが、何故に山伏姿をしておるのか。」


「されば、この御仁はさる公家の子弟にて、出家なさるにあたり、是非にも羽黒山の修験道を修めたいと申され、我らが同道致しておる。」


「若子よ、それが誠ならば、なんぞ出羽の修験について、知りうることを申して見やれ。」


「されば、出羽のお山、羽黒山、月山、湯殿山のうち、羽黒山は崇峻天皇の皇子 蜂子皇子が父の仇蘇我馬子から逃れて辿り着き、修行の末に社を創建したと聞いております。


 出羽三山のうち羽黒山は今生の世を。月山は過ぎたる過去を、湯殿山はこれから迎える未来を現すとされており、三山を巡ると死と再生の『生まれかわりの旅』をなし得るのだとか。


 今生は世の片隅に生きる身なれば、生まれ変わりを重ねて、陽のあたる未来に早う辿り着きたいと願うています。

 それ故、出羽に参ろうとしているのです。」

 

「ふむ、そのような日陰の身ゆえ、名乗りはできぬか。

 時節柄、相国様に所縁なき公家は憐れよの。 

 行きなさるが良い。無事に出羽三山の修業を終えられることを祈念致す。」




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 こうして、足柄関の誰何する男の憐れみ視線を受けて無事に抜けた一行であったが、どうも関の辺りから、後をつけて来る者達がいた。

 道端で小休止して、その者達に追い越させると10代と見える三人の若者であった。

 その者達が通り過ぎる際に声を掛けて見た。


「お前達、何故後をつける。我らに用向きでもあるのか。」


 ギョッとしたようだが、その場に並び跪くと

口を開いた。


「我らは、この地の土豪の子弟にて、跡継ぎにあらずして余され者にございます。

 この地をいずることを目論み、伴に加えてくださるお方を見定めておりました。 

 いずこかの公達とお見受け致しまするが、

 どうか我らを伴にしてくださいませぬか。」


「その方ら、武家に所縁はあるか。」


「我が家は郎党の縁戚の身なれば、所縁と言えるほどのことはありませぬが、主筋のお方は、嘗て上総御曹司と言う方にお味方しておりましたが、平治の乱で破れ、我らもこのように落ちぶれた次第にございます。

 失礼ながら、公達様は平氏に疎まれ、都落ちなさるのではありませぬか。

 ならば、我らと同じ身の上、立場と推察致しました所存にございます。」


「名はなんと申す?」


河北かわきた 右四郎うしろうにございます。」

「同じく、五郎左。」「同じく、六郎太。」


「その方らに、新たな名を与える。今よりは、家名は 水面みなもと。

 右四郎は金太郎、五郎左は銀次郎、六郎太は銅三郎と名乗り、我が下に仕えよ。」


「えっ、はい。家臣にしてくださるのですかっ。ご恩に報いるよう励みまするっ。」


「「励みまするっ。」」



 右四郎を金太郎と名付けたのは、その容姿にあった。地方の郷士の暮しは貧しいのだろう。

 ツギハギだらけの着物の上に、黒熊の毛皮を羽織り、頭はぼさぼさの散切ざんぎり頭。

 そして、鍛冶仕事をするのだろうか、腹にはなめし革の前掛けをしていたのだ。 


「その頭は、僧兵の裹頭かとう(頭巾)姿ならば、隠れますが、この山伏姿ではむさいですなぁ。」


 とは弁慶の弁。洒落ではない。



 足柄山と言う名の山はないそうだが、地名も同じで童話の金太郎を彷彿させるその容姿に、源頼光の四天王の一人となった、坂田金時との出会いと重なったのである。


 ちなみに、後に大江山の鬼。酒呑童子を退治する坂田金時は、足柄山地の古代豪族息長氏の末裔との伝承がある。

 金太郎が担ぐマサカリは、王の象形文字で、腹掛け姿は鍛冶を象徴していて、鉄文化を担った豪族と思われる。




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 右四郎達を金太郎らに名を変えさせて、山伏姿に着換えさせた一行7人は相模に入った。


 相模国の三浦半島を本拠地とする三浦義明は

父親義澄共々保元の乱、平治の乱で父に従うが平治の乱で父が敗れた後、三浦一族は戦線離脱に成功し、京から落ち延び帰国している。 

 その後、自領で雌伏していた。

 娘の一人は、悪源太こと長兄義平 よしひらの母である。


 後に大番役の行き帰りに兄頼朝の配所を訪ねるなど、源氏との繋がりを保ち、頼朝の挙兵に応じて一族で挙兵する。

 だが、悪天候で石橋山の戦いに遅参、頼朝の敗戦の報に、義明ら一族は引き返し三浦半島の居城衣笠城に籠城するが、形勢不利を悟って、一族を安房国に逃したあと戦死している。


 俺達は身分を隠したまま、衣笠城を訪れた。


『我ら幸若丸様所縁の者であり、当主義明様にお伝え致したい儀があり罷り越しました。』


 そのように門番に申すと、門番は何の事だか分からず、義明の下へ取り次いだ。

『幸若丸』とは、長兄義平の幼名であり、外祖父である三浦義明しか知らない名なのである。


 間もなく城の書院に通され、当主義明と面談が叶った。


「その方ら、何故『幸若丸』の名を存じておるのか。もしや、幸若に仕えておった者か。」


「さにあらず、幸若丸こと義平殿は、我が兄にございます。」


「なんだとっ、その年ならば末弟の牛若か。」


「今は遮那王にございます。此度、鞍馬寺への出家から逃げ出し、奥州まで参る旅の途中にて義明殿の父への忠節に対し、一言礼を申したく罷り越しました。」


「おうおう、ご立派になられたものよ。亡き棟梁も草葉の陰でお喜びであろう。」


「義明殿、長居はできぬ故に単刀直入に申す。

 俺は父の無念を晴らすため、いずれ源氏の旗揚げをする所存。

 その折りには義明殿に参じてほしい。」


「 • • 今時分は平氏隆盛の折でありますれば動くこと叶いませぬが、この義明必ずや遮那王様の下へ馳せ参じましょうぞ。」


「義明殿に一つ言うておくことがある。

 俺は父の仇討ちを心に秘め、都の神社全てに祈願して来た。貴船神社に詣出た折に、祭神である高龗神様から、世の行く末を幾許かお見せいただいたのだ。


 今から11年後、兄頼朝が関東で挙兵する。 

 だが、わずか300騎で、10倍の平氏3,000に破れ去る。場所は相模の足柄下郡石橋山だ。

 挙兵を聞き、その方も馳せ参じようとするが間に合わぬ。

 そして、ここ衣笠城に籠城するが多勢に無勢にて落城する。兄頼朝は安房へ落ち延びる。


 それ故、義明殿に申しておく。間に合わぬ、兄頼朝の挙兵に関わるなと。

 焦ることなく、時期を待ち雌伏せよ。


 兄頼朝は、誰も信用せぬ。たとえ平氏に勝ったとて、力ある御家人は排除される。

 頭の片隅に覚えて置かれよ。」


 貴船神社の祭神 高龗神は、またの名を淤加美神おかみのかみ、または龗神おかみのかみといい、龗は龍の古語であり、龍は水や雨を司る神である。


「遮那王様の言われたこと、理解しかねまするが。この義明、いずれ遮那王様が立つ時まで、雌伏を致しましょう。」



 こうして、三浦義明とその一党に予言を残し相模を後にした。

 11年後にその予言どおりの事が起き、遮那王の言葉を忘れなかった三浦義明は、人生最大の危難を避けることができた。

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