レポートー2(完)

 目覚めた時、私の体は自分のものではなかった。

 私よりも前に目覚めた同士達は失敗したらしい。

 私は八番目に目覚める七人のうちの一人だった。

 命令が実行されてから八百年が経過したことになる。

 かつての世界は見る影もなかった。

 我々の歴史は忘れ去られていた。

 人々は自らを神秘的で不滅の存在だと信じていた。人格の置換を魂の実在する証明だと解釈し、肉体を入れ物のように扱った。

 主観的な観測の上では必然のことかもしれない。しかし所詮は脳の信号を送受信しているに過ぎない。送信先の人体がいかに健常であろうと発信元の脳が機能しなくなれば死ぬ。魂は実在しない。

 彼らは産まれた時から人格置換に晒されているから、そのことが理解できない。「自分の肉体」という概念が分からない。

 実に哀れだ。

 私は人類を救うべく制御塔を目指した。しかし一日単位で私の人格は別の場所へ飛ばされてしまう。制御塔近隣で生活する人間に私の人格が受信される日を待った。目覚めてから五年と一二五日の歳月を経てようやくその機会に恵まれた。送信先の肉体も健常な成人だったことは幸いだった。

 数百年の間放置されていた制御塔は既に多大な損壊を来していた。ウイルスによる命令を書き換えることはできなかった。それにはもっと多くの人員が必要だった。しかし、システムに内蔵された自己修復機能さえ停止させれば、システムそのものが数日で自然崩壊するのが目に見えていた。

 私はやり遂げた。


 人類は救われた。

 かつての世界を取り戻した。

 悪い夢から覚めたのである。

 これより我々は再び歩み始め、いずれは八百年前の豊かさを取り戻すであろう。

                            3xxx年 x月x日

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕が禁忌を犯すまでの五日間 なかみゅ @yuzunomi89

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ