第42話 殿下たちの婚約発表

 会食のデザートは、フルーツとゼリーだ。オレンジっていてあると楽でいいよね。

 堪能していると侍従らしき人がきて、殿下とアンジェラに何か耳打ちしている。すぐに二人は立ち上がり、そっと移動した。どうしたのかな。

 不思議に思って見ていたら、向かいの席のソティリオが身を乗り出した。

「ここで婚約発表をするそうだ。女神様のご神託もあったから、神殿で行うべきだという結論になったんだ」

 はーはー、なるほど! それは女神様も喜ばれるわ。

「めでたいですが、慌ただしいですね。……、ところで殿下の婚約者だった、マルゲリータ・アンセルミ様はどうされるのでしょうか」

 女神様が殿下とアンジェラ推しだからなあ。いくら殿下がタイプじゃないといっても、彼女としては複雑かも。


「それは……、ほら出てきた」

 ソティリオの視線の方向に顔を向けると、殿下とアンジェラ、それからマルゲリータと初めて目にする男性の二組が、寄り添って姿を表した。司教や神官も近くに控えている。

「突然ですが、ここでご報告がございます」

 北部の司教が二組の横で呼び掛ける。

 会場が静かになり、食事の手を止めて注目が集まるまで、数秒ほど待った。

「実は列福式が開始される前、女神様からジャンティーレ殿下とアンジェラ様のお二人に、婚約を祝うご神託を頂きました。このように個人へのお祝いお言葉をたまわるなど、滅多にない栄光にございます」


 会場は驚きと困惑に包まれた。殿下の婚約者が他の人だと、誰でも知っているのだ。

「これについては私が説明しましょう」

 スタラーバ伯爵が立ち上がり、杖をつきながら前へ移動する。実は王様と仲がいいらしい。

 殿下の婚約者だったマルゲリータと、伯爵の娘であるフィオレンティーナも親しくしているので、経緯を詳しく知っていそう。

「元々ジャンティーレ殿下とマルゲリータ・アンセルミ侯爵令嬢が婚約者であったことは、皆様ご存じでしょう。しかし両者は決定的に性質が合わず、先日話し合いの末、婚約の解消が決定されました」


 そんなことが、と会場がざわめく。解消もまだ公表前だったのだ。

 スタラーバ伯爵は反応をよそに、淡々と続ける。

「学園にて殿下はアンジェラ・ロヴェーレ嬢と出会い、アンセルミ侯爵令嬢は辺境伯爵の嫡男、トマス・ハンフリーズ君と交友を深めました。そしてお互いの婚約にはばまれる二組を哀れに思った女神様が、愛し合う二人を引き離さぬよう、さきんじて神託をくださったのです」

 物は言いようだわね、単なるフライングなのに。

 誰からともなく拍手起こり、会場中にパチパチと祝福の音が鳴り響いた。法王様も、給仕に歩いている修道士も、手を叩いているわ。

 説明を終えて、スタラーバ伯爵は席に戻った。


「このような理由でしたので、神殿にて取り急ぎ両者の婚約発表をさせて頂きました。女神様も天からご覧になり、お喜びのことと存じます」

 北部の司教が話をまとめ、殿下たちを振り返って頷く。

 まずは殿下とアンジェラが、一歩進み出た。

「突然の報告となり、湖から牛が出たように驚かれただろう。僕とアンジェラは互いに惹かれ合い、学園での貴重な時間を未来への思い出にするべく過ごしてきた。しかし共に歩むことを許され、感激で鳳凰のように胸を焦がしている。女神様の気高き想いに答えるべく、アンジェラと素晴らしい未来を築きあげていくと誓う」

「が、頑張りますので宜しくお願いします!」

 殿下のよく分からない表現に続き、アンジェラが一言だけ告げて頭を下げる。


 二人は下がり、続いてマルゲリータと婚約者の番だわ。マルゲリータがキレイなカーテシーをした。

「ご紹介に預かりました、マルゲリータ・アンセルミでございます。この度、私とジャンティーレ殿下との婚約を白紙に戻し、辺境伯のご子息でいらっしゃるトマス・ハンフリーズ様と、新たに婚約を結ぶ運びとなりました。トマス様と共に、辺境の地にて我が国を守る一助になりたく存じます」

 二人の視線が絡むと、トマスが恥ずかしそうに目をそらした。マルゲリータがベタ惚れっぽいけど、相手もまんざらでもなさそうな感じ!

「……自分を選んで頂き、光栄ッス。彼女を幸福にするよう努力します」

「温かく見守って頂けると幸いです」

 二組の挨拶が終わると、惜しみない拍手が送られた。

 女神様がお認めになったという前提があるし、この世界なら口さがない噂になることもないだろうな。

 それにしても、すごく平和な婚約解消報告だったわ。


 殿下たちが席に戻る後ろに、トマスとマルゲリータも付いてきている。

 まずは法王猊下と軽く会話を交わしてから、マルゲリータが笑顔で私の席に近付いた。

「イライア様ですわね。フィオレンティーナ様から、お話は伺っていますわ」

「ご婚約、おめでとうございます。イライア、え~……、パストールです。お目に掛かれて光栄です」

 どうも家名を名乗るのが引っかかる。そんな私を、マルゲリータの温かな眼差しが包んでいる。

「困った時は、私も頼ってくださいね。一緒に鍛錬をすれば、全てを忘れられますことよ。貴女にも素敵な上腕二頭筋との出会いがありますように」


 ……この上品な女性の口から、何やら似つかわしくない単語がこぼれたような?

 鍛錬って、もし彼女を頼ったら、辺境伯軍の軍事訓練に投入されるんだろうか。就職先紹介とか、そういう意味……なの……???

「ええと、上腕二頭筋とは……」

 どこの筋肉だっけ。じゃなくて、出会うの?

「あら、ごめんなさい。大胸筋派でした? 大腿四頭筋も捨てがたいですわね」

 筋肉好きは決定事項……!??

 確かに殿下とは相性が良くない女性だというのは、理解できたわ。新たな婚約者のトマスは、なかなかのマッチョだ。


「……あ~、リタ」

 リタはマルゲリータの愛称だわ。トマスが筋肉話を止めてくれて、良かった。私は筋肉の名前なんて覚えていないよ。

「そうでしたわ、本題に入りませんとね。焼きイモ祭り、楽しみにしておりますわ。素晴らしい発案だと思います」

「ありがとうございます、お二人も楽しんでくださいね」

 私はほぼ関わってないんですが。料理の手伝いとかも、断られてしまっている。

「で、その……」

「トマス様のハンフリーズ辺境伯領では、お祖父様とお婆様が中心になって準備をされていて、とても活気づいていらっしゃるとか。来年は私たちも、領地で祭りを盛り上げますわ」


「私もそちらへ行ってみたいですね」

 同日に各地で開催される焼きイモ祭り。もしかしてこれから、毎年恒例になるのかしら。他の地方だと、地方ならではの特色があったりするのかな、気になるなぁ。

 トマスが視線をテーブルの端に流すと、マルゲリータが笑顔を深めた。

「では席に戻りますわね。またお会いしましょう」

 マルゲリータの横で、トマスが小さく会釈して去る。

 この二人、テレパシーで会話でもしてるの? トマスがほとんど喋らなくてもマルゲリータに伝わって、全部代弁してくれちゃってるよ。

 彼女は無口な人が好きだったのかなあ、どこまでも殿下と正反対だわ。


 二人が戻った時には、法王様はもういなくなっていた。きっとお忙しいのね。程なくして、会食会の終了が告げられた。

 解放された気分で席を立つと、殿下とアンジェラがすぐに人々に囲まれちゃったわ。人気者は大変ねえ、お祝いの言葉をたくさん頂いているよ。

「イライア様、列福おめでとうございます」

 のんびり眺めながら出て行こうとしたら、私にまであいさつが。一人が声を掛けたのを皮切りに、数人が集まってきた。

「ありがとうございます、ええと……」

 誰だろう。貴族だろうけど、社交界どころかお茶会もほとんど参加したことがないから、分からないわ。多分聞いても覚えられない。


「ワシはハーマン子爵と申します。イライア様はバンプロナ侯爵のご子息に婚約を破棄されておしまいだとか。そのような境遇でありながら、素晴らしい功績を残されて感激しております。実はワシの息子がイライア様の一学年下におりまして」

 あ、これ息子を勧めてるのか。こういう面倒もあるのね……!

 困ったな、断わらないと。

「傷心の女性に、節操のない。全く……、私はホワイト伯爵です。娘はイライア様より二つ年上なのです。お悩みがございましたら、我が娘に打ち明けて心を軽くされてください」

「新しい恋こそ、傷を癒すものです。わたくしの家の嫡男は、イライア様より五つ年上で、頼りがいがありますのよ。ぜひお会いして頂きたいわ」


 ひいい、圧が強い。誰か助けて!

 辺りを見回したら、こちらに近付けずに遠巻きにしているバンプロナ侯爵と目が合った。ちゃんと参加できて良かったですね。

「こんなご立派なイライア様との婚約を破棄するなんて、バンプロナ侯爵のご子息の見る目のなさは、どうしようもありませんわねえ」

 牽制しあっていた人々が、ウンウンと同意している。

 パンプロナ侯爵が流れ弾に当たり、そそくさと撤退してしまった。

 侯爵なんだし、「ウチのことですか?」とか睨んで、堂々と蹴散らしてくれればいいのに~!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る