第41話 列福式は大盛況!

 ついに列福式。アンジェラはまたマナーの先生に絞られて、今回は余計な発言をしてはいけない、とキツく言い渡されていた。

「ふひぃ……。イライアさん、私が何かヘマしそうだったら、止めてくださいね……」

「頑張ってフォローしますけど、唐突に叫んだりしたら助けられませんよ」

「叫ばない……、叫ばないです!」

 叫ばないって、マナー以前の問題よね。まあ今回は厳粛な式だから、いきなり大声は出さないかしら。

 ……王様の前も、かなり厳粛な雰囲気だったっけ。


 国内最大級の大礼拝堂は、バスケットコートが二つ入りそうなくらい広いよ。長椅子がずらっと並び、中央は道として開けてある。招待された人が続々と集まり、着席していく。壁際には神殿騎士が等間隔に立って、警備をしていた。

 招待客以外は、外の広場でお披露目を待っている。神殿騎士だけでなく、一般の兵も混雑の対応に当たっていた。

 私たちは一番前の左側の席に四人で座り、右側に王様と王妃様、お二人を挟んで近衛兵が陣取る。

 すぐ後ろに、アンジェラとソティリオの関係者が並ぶ。家族やソティリオの婚約者、フィオレンティーナとご両親もいるよ。深緑の髪をオールバックにして、黒い杖を持った男性。お父さんのスタラーバ伯爵だ。生で見ると、とても厳格で怖そうな雰囲気がある。

 もちろん、私の家族なんて出入り禁止。

 バンプロナ侯爵夫妻は、安堵の表情を浮かべて後ろの方に参列していた。周囲の人とも普通に会話できているみたい。


 ラッパの音が高らかに響き、次いで教会の鐘がリンゴンと鳴る。

 列福式の開始の合図だ。正面の壇上には神官がずらっと並び、ロジェ司教も中央付近にいる。脇に立つ女性が集まった人々への感謝と、これから列福式が始まるというアナウンスをした。

 最初に中央に立ったのは、北部の司教。六十歳くらいの男性で、真っ白いローブにストラと呼ばれる、細長い布を左右に垂らしている。色は赤。下の方に十字の模様と花の刺繍もされた、華やかなものだ。頭には金色がふんだんに使われた、立派な帽子を被っていた。

 司教が挨拶をし、ありがたいお説教を二十分ほど続けた。それからピアノ演奏に合わせて聖歌を二曲歌う。


 次に踊りが始まった。これは女神様に捧げる踊りだとか。女性が五人、脇から鈴を鳴らしながら現れた。女神様、確かにこの鈴が好きそうだわ。

 ゆっくりとした動作の優雅な踊りが終わると、キンキラな祭服を着て、王冠のような帽子を被った男性が進み出た。立派な金の杖を持ち、ストラは紫色。濃い紫のケープを羽織っている。

 この人が法王様ね!

 ハデだし、サンタクロースと競うほどの白ヒゲをたくわえているのだ。偉い人の証に違いない。

 法王がゆっくりとあいさつをしてから、ついに列福の儀に入った。

 列福に当たる功績を発表し、この世界の聖書の一部を読み上げ、福者に名を連ねると宣言するのだ。


「王子、ジャンティーレ ・ヴィットリーの列福を祈り願う。聖徳の源である女神様よ、あなたは熱心なる信者であるジャンティーレ ・ヴィットリーに対し、女神様への深き愛及び信仰を、より深めさせてくださいました。そして試練を乗り越え、人々を救う偉業を成し遂げさせました。感謝いたします。あなたの従順なるしもべである私たちが、取り次ぎを願います。列福の栄誉を得させてください。南無阿弥陀仏」


 最後ちょっと待って。どうして最後だけ仏教になったの。

 唐突にネタを仕込むの、やめてください、吹き出しそうになったわ。

 必死に笑いをこらえる私をよそに、殿下は前に進んで胸に手を当て、片膝を突いた。そしてお盆でも捧げ持つように、手のひらを上にして前に突き出す。

 これは接足作礼と呼ばれる、お経を読む時にお坊さんがする礼。お釈迦様の足を捧げ持つ、という意味がある。どうしてこの場面で、こういう動作が入るのだろう。胸で十字を描くとか、あるよね?


つつしんでお受けいたします。この先も女神様への愛に邁進まいしんし、万人のお役に立てるべく精進します」

 言い終わったら、下がる。これがこの世界の列福式。

 つつがなく三人が終わり、私の番になった。一言、決意表明をすればいいのだ。

 緊張しながら中央に立った。またもや法王が南無阿弥陀仏を唱える。阿弥陀仏ではないのよね、でも意味が分かっていないから問題ないのだろう。


「謹んでお受けいたします。女神様の愛に……って、重っ!」

 上げた手のひらにズッシリとした重さを感じて、思わず前に崩れてしまった。

 女神様の笑い声が聞こえそう! 式典でいたずらしない!!!

 大礼拝堂にいる人々が、ざわめいている。私は慌てて身体を起こした。恥ずかしすぎる。

 こっそり見上げたら、法王猊下げいかがあっけにとられた表情で見下ろしていた。

「こ……このようなことは初めてです」

 ですよね、すみません……。私は顔を上げられなくて、再び床に視線を落とした。ええと、とにかく誓いの言葉を。

 何を言おうと思ったんだっけ、記憶が飛んじゃったよ……!


「奇跡よ……」

「目の前で奇跡が起こった」

 誰かの呟きが、礼拝堂に響く。それは次第に、大きな声へと変わっていった。

「女神様が奇跡を起こされた!」

「イライア様に存在を示しになられたのだ」

「静粛に、静粛に!!!」

 ハッと我に返った神官が声を上げた時には、みんなが騒いでいて、必死の注意は誰にも届かない程になっていた。ただ私が重さに潰れただけですが。

「……がんばりまーす」

 大騒ぎになっているのをいいことに、適当な言葉を残して私は元の位置に戻った。考えておいたセリフは、もう思い出せなかったわ。


 とりあえず全て終わったので、私たち四人と法王猊下、それに司教は、外の群衆に顔見せをする。

 大礼拝堂ではその間、神官からのありがたいお話を拝聴する。そしてみんなで会食会をして、終了。聖体拝領みたいな感じで、葡萄酒を飲むのだ。

 外では多くの人が、列福式が終わって法王が姿を現すのを心待ちにしていた。

 大礼拝堂から神殿騎士に守られて移動し、二階建ての建物に入った。二階のバルコニーから、ちょうど広場が見渡せる。

「法王様だ!」

 誰かが声を張り上げる。全員がバルコニーに注目し、歓声を上げながら手を振った。大人気だね。


「よくお集まりくださいました。既にご存知かと思いますが、本日、女神様の恩寵により、四人の福者が列福されました」

 法王様は特に大声を出すわけでもないけれど、お話をされる時には観衆が静かになるので、声が広場に降り注ぐ。

 軽く紹介をされ、殿下を先頭に私たち四人もバルコニーに立った。盛大な拍手と喝采、そして手を合わせて祈る人までいる。殿下がお得意の演説をしただけで、私達は特に喋ることはなかった。ちょっと手を振って、法王様のお言葉に間近で耳を傾けて、終了。

 とにかく大勢の人が興奮して詰めかけているから、上から眺めるだけでも緊張したわ。


 次は会食の会場に移る。広い部屋で左右の壁がアーチ型をしていて、奥の廊下と赤いカーテンで仕切られており、長いテーブルが整然と並んでいる。フッと頭に、ノーベル賞授賞式の晩さん会の映像がよぎった。

 私たちの席は、法王様に近い位置だわ。殿下なんて、法王様の隣に座っちゃうよ。

 全員が席に着いて飲みものが行き渡ったのを確認すると、北部の司教が簡単なあいさつをして、乾杯をする。

 私たちはブドウジュースだ。修道女や修道士が料理を運び、グラスが空いた人に注いでまわる。料理は野菜中心で、鮎の塩焼きもあるわ。

「みなさん、お疲れさまでした。福者として、信徒の模範として、こらからも人々の為に尽くし、女神様への信仰をより一層深め……」

 法王様が説法をするぅ。お話の最中に食事していいのか分からない。

 ソティリオも殿下も手を止めて法王様に顔を向けている。アンジェラだけは、ふんふんと頷きながらも食べ続けていた。


「今日のことを忘れずに、誇りをもって…… 」

「塩焼き、お代わりありますか?」

 法王様のお話の最中なのに、通りかかった修道士に空になったお皿を差し出す。すごいな、このヒロイン!

「すぐにお持ちします」

 苦笑いで受け取り、そそくさと退室した。渡された方も気まずいでしょう。こういう時だと予備として多く作るだろうから、それをくれるのかな。

「法王猊下、みなさま空腹でいらっしゃいますよ。まずは食事にいたしましょう」

「そうだな、ロジェ。ついつい話が長くなってしまう。神殿の料理人が腕を振るいました。どうぞ、召し上がってください」


 ロジェ司教にうながされ、法王がフォークを手にする。

 良かった~、食べていいよね! イクラの載ったサラダ、美味しそう! 貝殻の形のお皿がオシャレ。

 いっただっきま~す。

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