第27話 ダンジョン八階の、動く死体

 ついに来てしまった、ダンジョンの八階。

 階段を下りきると、どことなく今までよりも空気がひんやりとしている気がする。下は硬い土で、天井からは鍾乳石みたいなものが垂れている。色は白っぽくて、異世界だからかほんのり光りを放っていた。


 ここに動く死体が出てくる……。否が応でも緊張が走る。

 ドキドキしながら三叉路を曲がったら、行き止まりだった。引き返そうと振り返った、その時。

「アレは何だ!??」

 なんですか!!???

 ビクッとして指さす方へ、恐る恐る視線を向ける。

 でっかいキノコが生えていた。赤いカサに白い水玉模様、柄も白っぽい。なんだろう、取ったら大きくなりそうで怖い。結局スルーしてしまった。


 宝箱を見つけ、魔物を倒し、しばらく順調に進んでいた。

 八階で初めて出た魔物は、空飛ぶミニクジラだったわ。あとはブラックパンダやプリティードッグなど、七階と同じ魔物だ。手強いながらも慣れてきたので、怪我をする人が減ってきたわ。

 また行き止まりになり、別の道を選んだら広い道にぶつかった。なだらかなカーブが続き、左右には掘った穴のような、人が一人やっと通れる程度の細い道が幾つもある。

 その細い道で、背の高い何かが動いていた。


「おい、あれは……人……だよな?」

「異様な様だ、噂の歩く死体か……!??」

 ついに出てきた、動く遺体。

 額にお札が貼ってあり、両手を前に付き出してピョコピョコと移動している。頭にはツバがクロで真ん中が赤い、朝帽を被っていた。帽子の天辺には、丸いラピスラズリの飾りが付いている。

 これは、映画で見るようなキョンシーだわ!

 ちなみにキョンシーとは、漢字で書くと「僵尸」となる。ご存知、中国の動く死体として有名なのだが、元々のキョンシーは生前と変わらぬ容姿だった。

 生き返るために生者に害をなすともされるが、その一方で、広い中国で客死したり出稼ぎ先で亡くなってしまった人が、故郷に遺体を移動させるお金もなくて、帰りたい一心で自ら歩いているという、悲しい説もある。


 先頭の男性がお塩を投げると、キョンシーは嫌がって塩から逃れるように動いた。

 しかし二体、三体と徐々に増えてくる。生きている者を憎むようなその形相ぎょうそう……、とか言いたいけど、札で顔は隠れている。顔色が白いのは分かるわね。

「下がろう、いったん階段まで引き返した方がいいかも知れない」

「それでは何度挑戦しても、同じことにならないか」

 切羽詰まった声を飛ばし合いながら、じりじりと後ろに下がる。


 魔法で攻撃しても、手裏剣を当てても、キョンシーにはほとんどダメージがない。火の魔法で火傷をしようが、意に介さないのだ。

 どんな攻撃も、僅かな時間稼ぎにしかならなかった。これでは無駄に消耗するだけだわ。

 ついに近い距離まで接近し、先頭の騎士が剣で斬り付けた。僅かに血が流れるだけで、キョンシーの歩み、もといジャンプは止らない。


 神官が悲鳴を上げて、何故か讃美歌を歌い始めた。

「ひいいぃ死者よ、己のあるべき世界へ帰るのだ……! 嵐も困難も乗り越える、力を我らに与えたまえ。女神様のお声を聞かせたもう。流星が雨のように降り、女神様の奇跡は今こそなされぬ~」

 キョンシーたちに効果があるのかは分からないが、一緒に歌うように神官に合わせて、うーあ~と声を上げている。そしてその声に惹かれるように、さらにキョンシーが集まっているのですが!??


「神官様、歌をお止めください。生前は敬虔な信者だったのかも知れません、むしろ喜んでいますよ!」

「わひー!!!」

 神官の言葉にならない叫びが響く。細い道からは、また新たなキョンシーがゆっっくりと出てきている。

「死してなお、麗しの女神様への崇拝を続け、祈りに身を焦がすもの……。これこそかくあるべき姿かな」

 ジャンティーレ殿下、余裕だね! 今日だけはその面倒な言い回しがカッコよく聞こえたわ! ソティリオはいいから逃げましょう、と殿下の腕を引っ張っている。その行動が正解だと思う。

 囲まれちゃうよ、逃げなきゃ。

 そうだ、お経。お経って効果あるかな……!??

 私は焦りつつも適当な経典を取り出し、矛先鈴をジャリンジャリン鳴らしながら必死に読んだ。


色不異空しきふいくう空不異色くうふいしき色即是空しきそくぜくう空即是色くうそくぜしき受想行識亦復如是じゅそうぎょうしきやくぶにょぜ……」


 ダンジョンに響く般若心経。キョンシーたちは足を止め、般若心経に聞き入るように動かなくなった。

「ウウ……」

「グ……ゥ……」

「イライア様、死人に反応があります!!!」

 一心不乱にお経を唱える私の耳に届くように、ピノが声を張り上げる。

 中国の幽霊って、話によっては普通に生前と同じように暮らしていたり、ふと生き返ったりするのよね。このキョンシーたちも、お経で理性を取り戻しかけているのかも知れない! 希望!!!

 キョンシーは肉体があるので、幽霊とは違うかもですが。


「キョンシー(推定)の皆さん! もしかして皆さんは、おうちに帰りたいのではないですか!?? もしそうでしたら、今ダンジョンから出れば、外に騎士が待っていて、故郷に帰してくれますよ! いいですか、ここはダンジョンの八階です。地上まで出て、外にいる人たちに、できれば名前や出身地を伝えてください。きっと帰れますから!」

 通じるか分からないまま、必死で呼び掛ける。

 キョンシーは首を捻ったりあ~と唸ったりしたが、やがて私たちを通りすぎて、階段を目指し始めた。


「行きました……、行っちゃいましたよ。イライアさんすごい、死体を説得した!!!」

 震えていたアンジェラが、大喜びで私に抱きついた。

「上手くいった……」

 うわぁ、さすがに怖かったわ。体から力が抜ける。

 全員がいなくなるのを待って、竹の筒のふたを開けた。私が預かったイズナキツネが入っているのだ。

「キツネちゃん。ダンジョンの外にいる人に、“これから死体が自発的に行くと思うけど、故郷に帰りたいだけなので攻撃せず、話を聞いてあげて”と伝えて」

「キュー!」

 元気な甲高い返事がして、ピュンと小さく細長いキツネが飛んでいった。

 これで動く死体事件は解決だわ。


 どっと疲れが出て、もう休みたい。それでもさすがに、ここにいるのも気持ちが悪かったので、休憩できそうな場所まで移動することにした。

 少し歩いた先の広い場所で食事をし、探索を続ける。このフロアは広いので、一日で階段まで辿り着かなかった。途中の行き止まりの場所で、夜営をする。見張りは騎士や荷物持ちの人たちがするので、私たちは休ませてもらえるよ。

 ずっとそうなのですが。

「イライア様、寒くはありませんか? 温かいものを飲みますか?」

「お気遣いありがとうございます。ピノ様こそ、大変ではないですか?」

「私はご心配には及びません。イライア様の護衛を勤められるのは、誉れでございますから」

 神殿騎士だし、かなり私に気を遣ってくれるのよねえ。

 ピノが去った後、近くで寝転がっていたアンジェラが、ニコニコと笑いながらこちらに寄ってきた。横になったまま体を九の字にして、伸ばす時に前へ進むという謎の進み方で。


「ピノ様、イライアさんをとーっても大切にしてますよねえ」

「それは神殿騎士として、私の護衛を任されていますから」

「それだけですか~? いい雰囲気だと思うんだけどな~?」

「年上の方ですし、私を妹みたいに思っているんではないでしょうか」

 ……ん? 妹? そう考えると、なんだかモヤッとするわね。ピノの笑顔が頭の中をよぎった。

「へー、ほー、ふ~ん」

 アンジェラの含みのある言い方も、モヤモヤッとするわ。

「真面目に仕事をされている、ピノ様に失礼ですよ」

「ええ~。じゃあピノ様に初めて会った時、どう感じました? 私は殿下に初めて声をかけられた時、目が離せなかったんですよ」


 初めての時ねえ。あの時は、確か。

「美味しそうな名前だなって思いました。アイスが食べたくなって」

「ちょっと意味が分からない」

 唐突に真顔になるアンジェラ。アイスのピノを知らなければ、共感してもらえないわよね……。理解し合える友がほしい。

 アンジェラはこれで興味が薄れたようで、これ以上この話を続けなかった。


 ダンジョンもあと二階を残すのみ。深く考えるはやめて、寝よう寝よう。

 しばらくすると、もうアンジェラは寝息を立てていた。ヒロイン、どこでも寝付きがいいな。羨ましいわ。

「カエルのお肉って、鳥のササミ味って……本当ですか? 試食ください……」

 寝言が毎回、お肉なんですが!

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