第26話 プリティードッグ!?

 神官が昨日飛ばしたイズナキツネが、早くも戻ってきた。ダンジョンの五階まで制覇した、と外に連絡したのだ。

 彼は連絡係として、同行している。魔法は使えるものの、攻撃できるほどの魔力はない。使える属性が火だから、食事の準備に使う火を担当しているよ。


 ダンジョンの六階は、今までもより道が狭い。

 気を付けないと、戦う時に味方を攻撃しちゃう。周囲に気を配って進まないといけない。


 敵は攻撃力の強い巨大カマキリ、カーマ・キーリーが出てくる。謎のインド風に名前が変化しているものの、まあ見た目はカマキリでしかない。カマキリの鎌って、こう見ると怖いな。

 それとブラックパンダ。攻撃力が強くさらに体力のある魔物だけど、魔法に弱い。黒いパンダ、結局普通のクマなのよねえ。

 上にはフライングスネークという、コウモリのような羽の生えた体長一メートルの蛇が飛ぶ。魔物っぽい。うん、魔物っぽい!

 こいつは攻撃しに降りてきた時に迎撃するか、魔法や手裏剣などの飛び道具で倒す。

 アンジェラの手裏剣、意外とお役立ち!


 魔法も使って奮闘しているものの、戦いごとに怪我をする人が出ている。

 六階は多少、苦戦した。踊り場で一夜を明かしつつ、この先の攻略について相談をする。

「狭い場所での戦いに慣れていませんからね……、対策を考えないとなりません」

「なるべく広い部屋で戦闘になるようにしませんと」

 殿下の護衛の騎士は、対人戦をメインに訓練している。閉所だけでなく、対魔物戦もあまり得意ではない。だんだんイレギュラーな事態が増えて、対処が遅れるようになってきていた。


 魔物を討伐したりしている神殿騎士が、ブラックパンダとの戦い方を説明している。ブラックパンダはダンジョンだけでなく、山奥にも生息している魔物。

 私達も説明に耳を傾け、魔法を使うタイミングなどについて話し合った。

「ぐのおぅ……!」

「無理しないでください、殿下!」

 そんな緊張のあふれる空気を乱すのは、ジャンティーレ王子とアンジェラの二人。殿下がアンジェラをお姫様だっこしようとして、うまくできないでいた。

「ピノ殿のスムーズな横抱き回避を僕もしたいのだが、力不足かなかなか難しい……!」

 そんなのマネしないでほしいわ。恥ずかしいったら!


「殿下、無理をしてアンジェラ嬢を落としでもしたら大変ですよ」

 ソティリオが苦笑いで苦言を呈する。

 殿下は力の入れすぎで顔を赤くしながら、尚も続けていた。疲れるだけだからやめればいいのに、諦められないみたいね。

「アンジェラ様、しっかり首に手を回して、重心を殿下に預けるんです。その方が楽なはず」

「こうですか?」

 ピノのアドバイスを受けて、アンジェラが殿下の首元に身体を寄せた。なんとか殿下が立ち上がる。これだと移動するのは難しいわ。

 一応できたので、殿下はそれなりに満足してアンジェラを下ろした。

「筋トレだ……今の僕に必要なのは美しい言語表現ではなく、しなやかでハスのような筋肉だ!」


「うーん、私ならできるんだけだけどなあ」

 今度はアンジェラがジャンティーレ殿下をお姫様だっこした。

 ひょいっと持ち上げちゃうよ、すごい。

「アンジェラ、さすが僕のあかつきの妖精、勝利のビーナス!」

「回っちゃいますよ~」

 アンジェラは殿下を抱えたまま、くるりと一周する。二人は大盛り上がりで、危ないからとソティリオが慌てて止めている。

 呆れていると、ピノと視線が合った。

 わあああ……、なんか恥ずかしい。ちょっと気まずいわ。



 さて、一夜明けて七階だ。ここには私が楽しみにしている敵が出るのよ。

 ダンジョンの道は六階よりも広くなったが、天井が低くなった。振り上げた剣が当たる程ではないので、良かった。

 ブラックパンダを倒し、進んでいると。


「犬の魔物だ!」

「犬……プリティードッグだな」

 ついに登場、プリティードッグ。薄茶色でお腹の白いポメラニアンなのだ。つぶらな瞳が可愛い、ゲームでも人気の魔物。

「ガウオオゥ!!!」

 おや、鳴き声が低くて怖い。プリティードッグはグルルとうなりながら、軽快に姿を現した。

「きゃああ!!!」

 ヒロインアンジェラが叫んだ。

 この犬。

 全身が薄い焦げ茶色で、太く筋肉質な身体をしていて、首にはしめ縄をしている。耳は垂れていて、鼻から口の周りが黒い。

 威風堂々としたその姿は、まさに土佐犬だった。


 プリティー詐欺だ~!!!


「見ましたイライアさん、可愛い可愛い!」

「か……可愛いの!?」

 闘犬だよ!? 通常より大きくて闘志むき出しで、むしろ怖い! すぐに逃げたいんだけど!

「グルオオゥオ!」

「避けろ、魔法を使えっ!」

 騎士達が必死で戦い、殿下や灯り持ちは後ろに避難していた。下手に食いつかれたら、殺されそうな迫力がある。神官も後ろで祈っているよ。

「首の縄……アレはプリティードッグの中でも特に強い、ヨコヅナのあかし! 噛まれたらただじゃ済まない、とにかく身を守ることを第一に考えろ!」


 騎士に向かい突進する土佐犬を避け、魔法を横からぶつける。

 魔法、魔法……。そうだ。何か引っかかると思ったら、プリティードッグは魔法弾を撃つんだ! “擬人化したらプロレスラーになります”みたいな体つきで魔法弾まで使うなんて、反則だわ!!!

 動きを止めた土佐犬の正面から、ピノが距離を詰める。土佐犬は出していた舌を引っ込め、大きく口を開いた。

「ピノ様、魔法が来るかも知れません! 注意して……」

 次の瞬間、土佐犬の口にバチバチと弾ける魔法の塊が現れ、黄色く光るソレがまっすぐに飛び出した。雷の魔法弾だ!

 ピノは走っていた身体をムリヤリ止め、軽く膝を屈めて身を低くし、滑るように横へ飛んだ。

 地面に横向きに倒れ、すぐに起き上がる。


 魔法弾はピノを通り過ぎて壁にぶつかり、バアンと小さな雷を散らして弾けた。壁には焦げ跡が残っている。

「……強力な魔法弾だ」

 みんなが息を呑む。

 土佐犬は口から細い煙を吐いていた。すぐには動けないのかも。

「呆けている暇はないぞ、今だ! ストロングウィンド!」

 ソティリオが魔法を唱え、他の人も剣を構え直して攻撃に入る。

「ごめんね、プリティーなドッグちゃん!」

「ギャイン!」

 アンジェラの手裏剣が飛ぶ!

 身体の横に手裏剣が刺さって、痛みから逃れるように小さく跳ねる土佐犬に騎士が斬り付け、殿下がとどめをさした。


 プリティー土佐犬を倒した!

 プリティーどころかめっちゃ怖かったよ……!

「さすがに七階ともなると、敵も手強いな」

「本当だね、ソティリオ。僕たちも冬の朝の寒さのようにいっそう気を引き締め、この手強い敵を倒してダンジョンを制覇して、女神様への敬愛を余すところなく示さねばならない。それこそが使命……」

「怪我した人、治療しますよ~」

 殿下がソティリオに語り続けているので、私は治療に専念した。今回は治療が必要なほどの怪我の人はあまりいないが、傷を放置すれば次の戦いに響いてしまう。


「先ほどはご助言、ありがとうございました」

 ピノがわざわざ私にお礼を言いに来たよ。

「とんでもない! なんとなーく、そんな感じがしただけで。距離が近かったのに完全に回避するなんて、さすがピノ様です!」

「イライア様のお言葉があってこそ……」

 いやいや、私だったらもう避けられないよ。

「俺もとっさに動けるようにしないと」

 アベルにはこの戦いが、いい刺激になっているようね。戦闘に加わるには、さすがに実力不足だわ。

 私の水や食料を運ぶ仕事も、大事だよ!


 プリティードッグはこの後も二匹同時に出て、苦戦を強いられた。ヨコヅナは、あの一匹だけだったわ。

 他にはボクシンググローブを付けたファイティングカンガルーと殴り合いをしたり、ペンギンが寝た状態で滑って弾丸のように襲ってきたりした。ソティリオがペンギンにはねられて、私が治療したよ。ペンギンは女神様オリジナルの魔物です。

 宝箱も見つけ、オシャレなバンダナ、金のロザリオ、なんか青い石、法王が着るようなローブ、聖騎士っぽい盾が入っていた。あと、つか飾りが豪華な短刀。だんだんトレジャーハンターな気分になってくるよね。

 こういう財宝を求めてダンジョンに入る人もいるわけだ。


 さて、次はついに問題の八階。

 動く死体が出没するという、噂のホラーエリアについに潜入するのだ。今までに遺留品らしきものをいくつか発見しているが、遺体はなかった。鎧や身に付けていた防具なども、一つも目にしていない。

 これはホラー展開が現実味を帯びてきたわ……。

 七階の踊り場で夜を明かしながら、死者の対応を確認した。お清めの塩を布袋に入れて各自腰からさげて、いつでもぶつけられるようにする。そしてなるべく交戦しない。

 神官は少しでも避けられるよう、お香を焚いていた。

 死者に効く魔法ってあるかなあ……。

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