天使のいる部屋

長月瓦礫

天使のいる部屋


今日から天使を世話することになった。

背中から白い翼が生えたやべーヤツだ。

翼が邪魔しているのか、服が着られないらしい。

上半身裸でうずくまっている。


より正確に言うなら、背中から翼らしい何かが生えた生徒会長サン。

最近見かけないと思ったら、こんなところにいたなんてね。

会長推しの結城サン、びっくりするだろうな……。


会長サンはゆっくりと呼吸しながら、こちらをじっと見上げている。

苦しそうな表情を浮かべている。

背中から生えてくる異物はかなり痛いらしい。


「何してんですか、マジで」


「それは俺のセリフだ。

お前こそ、こんなところで何をしている」


「いや、なんかここに来るように言われたんです。

そんだら、会長サンがいました。何があったんですか?」


「早く逃げたほうがいい。

俺のことなんて見なかったことにして、早くここから……」


呼吸もままならないのか、何度も咳をする。

背中から生えた翼がわずかに揺れる。

両腕ほどの大きさだ。

生えてから何日経っているのだろう。


「そういうわけにもいかないんです。

天使を殺したら、お前の家族の命はないと言われたんです。

そういうことなので、時間になるまで私はここにいるしかないんです」


私はその場に座った。

私は生徒会で書記を担当しているが、会長サンと仲がいいわけではない。

家族を人質にしてまでここに連れて来た理由が分からない。友達だと厄介なことになると思われたのだろうか。


警察を金で黙らせているらしいから、絶対にバレないと思うんだけどな。


この屋敷は町一番の金持ちが保有していた。

その一族が天使を見たとかなんとか言って、宗教団体を立ち上げた。

天使は生贄を連れてくるように告げると、団体はあらゆる手段で子どのを連れ去った。町中から子どもが集められ、全員無惨な姿で発見された。


天使は子どもたちと引き換えに、どんな願いでも叶えてくれた。

この一族をあっという間に成長させた。


それ以来、一族は天使へ生贄を捧げている。

毎年、子どもたちはさらわれ、行方不明として扱われる。


悪いことをすると天使のいる部屋に連れ去られると、この町で知らない人はいない怪談話だ。


まさか、会社を存続させるためだけにに、天使となる子どもを連れ去っていたなんて思わなかった。そのためだけに何人の子どもが犠牲になったのだろう。


「一応、天使様への貢ぎ物ってことでこれを渡されたんです。食べますか?」


私はポテトチップスの袋を開けた。

会長サンはようやく体を起こして、袋を持って食べ始めた。


「ここに来てから食欲がわかないんだ。

翼に気力を持っていかれている感じがするというか」


「翼の成長と維持のために栄養補給とかしそうなもんですけどね」


私もポテトチップスをつまむ。

体が痛すぎて食事どころの騒ぎではないということか。

それなら、私を何のために呼んだのだろう。


「翼が生えたところで空を飛べるわけじゃない。

願いを叶えてくれるだのなんだのと言っているが、あんなものは迷信だ。

君は騙されているだけなんだ」


会長サンは必死に私を逃がそうとしてくれている。

自分だけが黙っていれば、丸く収まると思っているのだろう。


けど、これが現実だってのは会長サンの背中が証明してくれている。

私の家族も命の危機にさらされているのも本当なのだ。


「噂によれば、天使ってどんな願いでも叶えてくれるらしいじゃないですか」


「周りの連中がそう言っているだけで、俺にそんな力はないよ」


「世界を滅ぼしてくださいって言ったら叶えてくれますか?」


会長サンはようやく黙った。

私はこんな世界はどうでもいい。おもしろくない。

このまま生きていてもつまらない。


「世界が滅んだら、会長サンの翼もなくなってますよ。

だって、信仰する人がいないんですもの」


信じる人がいないから、幻想は成立しない。

天使を信じる人がいなくなれば、会長サンは解放される。


「……そんなことは考えたこともなかったな」


「諦めないほうがいいと思います。

まだ時間はあるんですから」


人間は各地域で生息しているし、その数も半端じゃない。

大量に殺戮する兵器も十分に持っている。

確実に、かつ短時間で滅ぼす方法を考えなければならない。


「そうだ、大きな隕石を落としましょう。

そうすれば、こんな世界はあっという間に消えますよ」


「君はいいのか? 死ぬかもしれないんだぞ」


「いいんです、なんかどうでもいいので。

生きていてもつまらないというか、世界なんてなくても困らないかなって」


「そんな理由で滅ぼされる地球って何なんだろうな」


「だから、消えても困らないんです」


すべてが等しく消えてしまえば、意味なんてなくなる。

私はゴミを片付ける。


「それじゃあ、考えといてください。

よろしくお願いしますね」


私は扉をゆっくり開けて、部屋を後にした。

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天使のいる部屋 長月瓦礫 @debrisbottle00

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