第5話「バンドの初期衝動」

 時は戻って、現在。高校二年の春である。


 視聴覚室では、春藤祭実行委員の説明会は終了し各自は三々五々に帰路につき始めていた。

 俺は説明の大半を過去を回想していたため聞き流していた。


 カバンを手に視聴覚室を出ようとすると、背後から声がかかった。

「朽林……だっけ? あのさ、やるからには真面目にやってよね」

 神宮寺サラは、金色の髪をかき上げ、気だるげにスマホをいじりながら俺に向かって言った。

「お、おう。まあ、それなりに」

「いや、それなりじゃ困るんですけど、ハァ」

 ため息をつくと、それで会話終了と見做したのか、神宮寺サラは背を向けて取り巻き共の待つ教室の奥に戻った。


 こいつ、わざわざそんなことを言うために俺のとこまで来たのか?

 意外と真面目に実行委員やるつもりだったんだな。

 俺は教室の後方、神宮寺サラのグループの中にいる霧島の視線を感じ、逃げるように立ち去った。

 

 校舎を出ると、校門の前に人の姿があった。

「おせーよ。図書室でスマホでアニメ見てたらギガ減りまくっちまっただろが」

「悪い、教室に荷物取りに行ってた。てか、アニメなら家で見ろよ」

「今期は豊作なんだよ。一分一秒も無駄に出来ねぇ」


 暑苦しいオタクトークを開口一番に仕掛けてくるのは、クラスメイトの中で俺が唯一雑談を交わす野郎、スパコンだ。

 本名は、須原紺太すばらこんたとかいったか。

「中学時代はな、須原のスバと紺太のコンで『スバコン』だったんだがな、耳の悪りぃクチナシがスパコンとか言い出しやがったんだ」

 だって、オタクといえばコンピューターだろう。スーパーコンピューターぐらいスーパーなオタクなのだと思った。

 ちなみに、クチナシというのが俺のあだ名だ。朽林のクチと成志をナシと読んでクチナシ。

 カオナシの親戚みたいで、正直気に入ってはいない。

 クチ男よりマシだがな。


「ハラ減ったなぁ。『藤岡屋、』行こうぜ」

 スパコンがデブらしく眼鏡を曇らせながら提案してきた。

「お、いいね。サービス券何枚ある?」

「ワイは五。クチナシは?」

「俺は七あるぜ。合わせて十枚にして一杯無料にしようぜ」

 俺たちは、家とは逆方向。街のはずれに向かって歩き出す。

 俺の背中には教室に置いてあった荷物である、ベースを担ぎながら。





 『藤岡屋、』というのは、家系ラーメンのチェーン店である。


 店主は必ずワイルドな男で、額にタオルを巻きカウンターの奥で腕を組んで客を待っている。

 店の外にもあふれ出す濃厚なトンコツ臭は、素人には悪臭に感じるかも知れない。

 しかし俺たちのような生粋の『ショッカー(熱心なファンのこと。由来は不明だが、巷ではこう呼ぶ)』はこの匂いを嗅ぐだけで脳髄が刺激され、イーイーと空腹を催す。


 俺たちは、郊外に佇む『藤岡屋、』に吸い込まれていった。

 券売機でラーメンとライスを購入し、店主に注文を行う。

「固め、濃いめ、多め」

「固め」

 スパコンはデブ特有の全部盛り。俺はツウの固めオンリーでオーダーする。


 店主が渋い声で、「あいよ」というと、俺たちはセルフの水を汲み、カウンターに腰かける。

 少し油感があるカウンターに手を置き、その時を待つ。


 麺をゆでている間も、店主は忙しく手を動かす。

 リズミカルに刻むキャベツは、サイドメニューの餃子用だ。俺の懐が十分であれば、餃子もぜひセットで頂きたい。


 やおら、時間が経って、ラーメンが俺たちの目の前に差し出される。

 合わせて、ライスがその横に並ぶ。

 改めて、見る。この芸術作品ともいうべきラーメンを。

 ノリ、チャーシュー、ホウレンソウ。そして油と麺が収まるスープ。

 太目の麺を箸でつまみ、口の中に啜りこむ。


 この味だ。


 例えるなら、バンドの初期衝動ともいえるべき粗削りの勢いを持ちながらも、整えるところは整えたセカンドフルアルバムのような作品だ。

 完成度で言えば、この先の作品のほうが上がっていくだろう、だが、初期の荒々しくも突き刺さる尖った感じがぬるま湯につかり切った俺の五感を刺激する。

 すかさず、スープに浸し油を纏わせたノリを、ライスの山の上に着陸させる。

 くるっと巻き、白米とノリを一緒に口に放り込む。


 マリアージュ。

 奇跡的な化学反応が生み出す旨味と、炭水化物がもたらす幸福感に包まれる。


 例えるなら、百年に一人といわれるような逸材が、あろうことか一つのバンドに集結してしまったような、伝説を残すようなバンドに見られる奇跡といえる出会い。その感動がそこにはある。


「うまいぜ」

 スパコンが、思わずつぶやいた。

「ああ」

 俺も、応える。

「フッ」

 『藤岡屋、』の店主が、不敵にほほ笑んだ。


 ちなみに、この『藤岡屋、』のサービス券はラーメン一杯注文ごとに一枚貰える。

 十枚で一杯無料になるシステムだ。そして、五十枚ためると『藤岡屋、』特製サバイバルナイフと交換してもらえる。

 なぜ、サバイバルナイフがもらえるのか、それは誰にもわからない。





 『藤岡屋、』を後にした俺とスパコンは、揃って郊外の街並みを歩いていた。

 国道沿いには大型スーパーやガソリンスタンド、レンタルビデオ店などが立ち並んでおり、地方都市特有の便利だが癖がない、無味無臭の街並みを形成している。


 そこから、中通りを一本入ると、途端に人の流れが減り、何をやっているのかわからない小さな会社の事務所や、個人経営の飲食店などがポツリポツリと現れる。

 俺たちは、目当ての店の前に来たところで、軒先に立っている人物を見つけた。


 そいつは、髪の毛をハードワックスで逆立て、学ランをボタン全開で肩から羽織り、ポケットに手を突っ込んで斜に構えている。

 耳にはデカいピアスがぶら下がっており、眉間にシワを寄せてこちらをにらみつけていた。 

 見るからに、テンプレートなヤンキーである。

 むしろ古臭すぎて逆にもう街じゃなかなか見かけない。


 そうして、ガンを飛ばしたままこちらにずんずん近づいてきた。

「ウォルルルァ! おっせぇぞ! ケツの穴でガタガタ言ったろかァ!」

 ヤンキーは俺に飛び掛からんばかりの勢いでメンチ切ってきたが、俺はいつものようにスルーする。


「はいはい、わかったわかった。……あと、ケツの穴からガタガタ言ってくるとか普通にこえーよ」

 本来は、ケツの穴から手突っ込んで奥歯をガタガタ言わすんじゃなかったか。いや、冷静に考えてそれも普通に怖いけど。

「腹話術ならぬケツ話術だな」

 スパコンが余計な突込みを入れると、ヤンキーは何やら考え込みながらつぶやいた。

「確かになァ……それじゃあ、『いっこく堂』じゃなくて『屁ーこく堂』になっちまうなァ」

 いや、そういう話じゃねえだろ!と俺は心中で突っ込んだ。


 このヤンキー、まあこの流れから分かる通り、俺たちの知り合いである。

 名前は、ランボー。本名、蘭越奉太郎という。


「んじゃまァ、さっさと始めようぜ」

 ランボーは、店先に立てかけてあったギターケースを背中に背負い、店のドアを開けた。


 そう、こいつらランボーとスパコンは俺のバンドメンバーだ。

 俺は学校でバンドを組んだ。


 いつかの妄想では、REXみたいなカッコよくて上手い奴らと組むようなことを考えていた。

 しかし実際に集まったのは俺みたいな根暗と、スパコンみたいなデブのオタク、そしてランボーのようなアホなヤンキーだった。

 いわば、学校でノケモノにされているような連中だ。


 それでも、俺はあの人にもう一度会うために、音楽を奏でている。

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