エピローグ

 翌日。本来だったらホテルが正式オープンされる日に……彰はホテルの中庭で、米軍の医療班による治療を受けていた。エレンの説明によれば、「シャーク・マン計画」とは関わっていない部隊で、しかも上官は日本びいきとのことだった。エレンが信頼している数少ない上官であり、どうにか連絡をつけて来て貰ったとのことだった。日本政府とも、話は既についているらしかった。

 社長である坂田金治郎が死に、またホテル自体もとてもではないが営業できる状態ではなくなったため、「サカタ・ゴールデン・マリン・ホテル」のオープンは無期限で延期することなった。その連絡や手続きに奔走したのは、社長秘書の伊豆見春人である。金治郎の自分に対する態度や会社の現状に絶望し、ホテルを去ろうかと思っていた春人。だが昨夜、どうしても見捨てがたくてホテルに戻ってきたとのことで……その彼の義理堅さに、大介と麻世、それに他の客たちは救われることになったのだった。

 伍長の行方は分かっていない。エレンが呼んだ部隊がホテルに到着したときには、既に彼の姿はどこにも見えなかった。今回の一件は彼の独断専行によるもので、もし捕まればただでは済まないらしいが……それがどこまで本当のことなのか、彰に知る術はなかった。

「まぁ、それなりに義理は果たせたからいいさ」

 犠牲になった人間の数は多いが、それでも最悪の事態は防ぐことができた。それだけでも、自分にしては上出来であろう。

 救護テントを出て、ホテル中庭の様子を彰は眺めた。丁度、台車に載せられたシャーク・マンが運ばれていくところだった。二十五階の高さから落とされ、地面と激突したシャーク・マン。その衝撃で、人間部分からサメの右腕は千切れてしまったようだった。もともとアンバランスな肉体だったのだ。そうなるのも当然であろう。

「君には世話になってしまったな」

 と……近寄ってきたエレンが、彰に向かってそう言った。その視線は、やはり運ばれていくシャーク・マンを向けられている。

「気にするなよ。一応、あんたには何度か助けられたからな、その恩を返しただけさ」

「そうか……そう言ってもらえると助かるよ」

 シャーク・マンを載せた台車が、中庭の外に出て行く。その姿が見えなくなったところで、彰は口を開いた。

「でも、そうだな……もし俺に世話になったと思っているなら、一つだけ約束してもらえるか?」

「ああ、なんだ?」

「今度からホテルにサメを持ち込むときは、先に一言いってくれ」

 冗談めかしてそう言うと、一瞬エレンはきょとんとした表情を浮かべた。その表情はすぐに苦笑へと変わり、

「ああ、次からは気をつけよう」

 そう言った。そんなエレンに手を振って、彰はホテルの方へと向かう。向こう側から駆け寄ってくる大介と麻世の姿が見えた。

「あっ、塩野さん! ちょっと確認なんすけど……今回の件、労災下りますよね?」

「ねぇちょっと! 私無関係だったんだから、見舞金ぐらい貰えるんでしょうね!」

 口々に言ってくる二人の様子に、彰は後頭部をかきながら、

「ああ、はいはい! 心配すんなよ、ちゃんと出してやるから!」

 大声で、そう言うのだった。


 ……車の中に運び込まれたシャーク・マンの死体。その前に立ち、男は愉快そうに唇の端を歪めて見せた。

 車はすぐに動き出し、ホテルを離れていく。男が遠ざかっていく建物を窓越しに見たのは一瞬のこと。視線はすぐに、シャーク・マンの体と右腕に注がれた。

「予定通りとはいかなかったけど、こうして上手い具合にサンプルを手に入れられたんだからぁ、上々の結果だよねぇ」

 そう言って嫌らしい笑みを浮かべる男は……あの伍長だった。いや、男の本当の階級は軍曹だ。「シャーク・マン計画」に深く関わる責任者の一人であった。被験者第一号が暴走したあの日、シャーク・マンを殺させないために排出口を開いたのも彼であった。

「いやぁ、本国に戻った後が楽しみだねぇ」

 被験者第一号の暴走と今回の事件により、「シャーク・マン計画」は凍結されることになっている。だがそれは、表向きの話だ。男が所属する部隊によって、秘密裏に「第二次シャーク・マン計画」は動き出していた。このサンプルは、そこでの実験に大いに役立ってくれることだろう。

「あの、軍曹殿……」

 と……上機嫌な軍曹に対して、恐る恐るといった体で声をかける兵士がいた。死亡したシャーク・マンの人間部分を見張っている兵士だった。

「ん~、どうかしたのかねぇ?」

「いえ、その……千切れた右肩の中に、何か動いているものがあるような気がして……」

「はぁ?」

 兵士の言葉に、軍曹は素っ頓狂な声を上げた。

「動くものって……早くも虫でも湧いたのかねぇ……?」

 首を傾げながら、軍曹はシャーク・マンの傷口に顔を寄せた。そこをじっと見る。確かに何かが動いているようだった。どこかで見たような気がする。何かの頭部に似ているような……ああ、そうだ、思い出した、この形は丁度、サ……


「シャァァァァァァァァァァァァク!」


〈了〉

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シャーク・マン! 久道進 @susumukudou

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