第29話 普人族フィリア・ガーランドと戦う理由

名称:フィリア・ガーランド

体格:171cm、小ぶりなおっぱい、ダークブラウンの髪、ショートボブ、勝気な瞳

種族:普人族

年齢:18歳

備考:冒険者組合所属、戦闘用魔導義肢ユーザー、ヘンリーの幼馴染その3


――――――――――――――――――――――――――――――――

 お金が欲しいなぁ。


 そう思いながら腕を振るう。

 給金につられて腕長猿の討伐クエストに飛び入りで参加したは良いが、猿の数がやけに数が多い。

 痕跡を辿って巣穴である洞窟に乗り込んでみれば、奥から次々と出てくる様はまるで虫のようだった。

 腕長猿。

 1m程度の体躯と不釣り合いな腕。全身は茶色の体毛に覆われた醜悪な顔をした肉食の猿だ。

 脅威度はさほど高くはないしむしろ雑魚の部類だが、その討伐難易度に反して報酬は高い。

 理由は単純にアホみたいに臭いから。

 余りの体臭に獣人族連中は近づくことすら拒否する始末だ。

 普人族の私にとっても中々きついんだから、連中にとっては地獄なんだろうね。

 獣人族用の鎮圧兵装としてこの猿の体毛が使われていたのしてくるなんてどんな悪臭だよ。

 臭気対策にそれ用のマスクを着けて来たのに、そのフィルターを貫通する臭気は中々きついものがある。


 物陰から飛び交ってきた猿の頭蓋を皿を割る様にかち割ると、その悪臭はさらに強まった。

 体臭だけじゃなくて血肉も臭いんだよね。

 気分が萎えつつある私とは裏腹に、鈍色の機械仕掛けの両腕は高らかに唸り声をあげる。

 買ってよかった魔導義手。

 高い金払って手術をして、腕を切り落とした甲斐があるってものだね。

 義手にかかった猿の脳汁を振り払い、続く2匹目を逆の腕で叩き落とす。

 まだ息がある。打撃の入りが浅かったか。

 飛びついてくる3匹身がいないことを目の端っこで確認し、追撃。

 落とし、転がし、踏みつける。

 習った型の通りにブーツの踵で首を踏み折った。

 支給品の臭い消しでキレイに消臭できるらしいんだが本当だろうか。

 今更ながら心配になってきた。


 でもお金が欲しい。

 次の猿は何処だ。


 巣穴の奥を見やるとなかなかの規模の巣穴だったようで、討伐対象は奥から次々に湧いて出るようだった。

 ちょっといすぎな気もするけど、報酬は討伐数の数だけ支払われる契約だ。

 臨時ボーナスだと思えば気分も多少はマシになる。

 死んだ猿を横に蹴り転がして深く息を吸う。

 くさい。

 ちょっと涙が出てきた。

 頑張れ私。

 これもお金のためだ。


 距離を取ろうと背を向ける猿に一足で近づいて背骨を砕く。

 ええい逃げるな。

 先ほどの猿を見習って飛びかかって来い。

 討伐数が最多だと追加報酬が貰えるんだ。

 私は基本一匹ずつしか倒せないから追いかけてると効率が悪いんだよ。


 そう思っていると少し離れた位置から豪快な風切り音が耳に届いた。

 同時に2~3匹の猿が壁際まで吹っ飛んで肉の潰れる嫌な音が響く。

 私と同様にクエストに参加した鬼人族のこん棒の一振りだ。

 これがエンチャントもされていない普通の武器だっていうんだから嫌になるね。

 生まれつきの恵体連中は良いよねえ。

 今まで何度嫉妬したことだろうか。

 羨ましい限りだよ。

 体を鍛えればただの棒切れでもあんな威力が出るんだもの。

 こっちは体を機械化しないとまともに戦えないっていうのにね。


 ああ、本当にお金が欲しい。

 もっとお金があれば、もっといい腕にできる。

 もうちょっと腕のアップデートもしたいし、普段使い用の代椀だって買い換えたい。

 もっと良い腕に換装して、それでもっと功績を積んで。

 もっともっとお金を稼いで。

 そしてあの子の隣に立つんだ。

 この権利を実力で勝ち取ったのだと、胸を張って宣言するんだ。

 私はもっとお金を稼がなきゃならないんだ。

 だからお前も私のお金になるんだよ! 

 猿からの投石を掴みとって逆に投げ返し、私は気炎を吐きながら巣穴の奥へと向かう。

 逃げんな猿ぅ! 討伐最多報酬は私のものだ! 


 ◆ー〇ー◆


 討伐から帰ってきた私は身綺麗にした後、酒屋で管を巻いていた。

 理由は単純い最多報酬を逃したからだ。

 あと一匹多ければ私のものだったのに……。

 討伐数が同数だと等分なんだよね。

 最後の手投げ斧が命中していたら私の総取りだったんだけどなぁ。

 私が投擲の鍛錬を増やそうと決意していると、隣からデカい笑い声が体を叩く。

 そこにはクエスト完了から酒場まで付いてきた鬼人族の女がいて、酒がなみなみ注がれた大ジョッキを一息に飲み干していた。

 ちなみに私から追加報酬の半分を奪った女がコイツね。

 更に乗った肉を豪快に噛み千切ると、酒の大ジョッキを豪快に煽る。

 そして女は当然のような顔で私の肩に太い腕を回してきた。

 何じゃボケが。

 馴れ馴れしいんじゃ。


「いやー、この俺と同数とは普人族の癖にやるじゃねえかよ!」


 うるせえよ。

 鬼人族は体もデカければ声もデケえのかよ。

 というか背中をバンバン叩くな。

 骨格も合金に換装してなかったら普通に骨が折れてるぞ。

 私が邪険にしても堪えないのか、鬼人族の女は無駄にデカい乳をだぷんと揺らして声をあげて笑った。

 あらゆる意味で腹立つわ。


「そう言うなって! 同じクエストに参加した仲じゃねえか! 

 ……あー、ええと、お前の名前って何だっけ?」


 クエスト報酬を受け取ってから酒場まで結構な時間一緒にいたんだけど。

 そういう私もコイツの名前を知らないんだけども。

 私は返答代わりにぐびりと酒で喉を潤した。


 手に入りかけた金子を逃したやるせなさは酒と男でしか癒せない。

 そしてここには女しかいない。

 私はあの子一筋だけどね。それでも男っ気がないというのは虚しいものだ。

 私はもう一度酒に口を付ける。

 虚しさを感じる脳をアルコールで溶かせば楽になれる気がした。

 もう酒を飲まずにはいられない。

 なんとなく手の中のジョッキを隣の鬼人族のジョッキにぶつけて乾杯してみた。

 一緒に飲もうよ名前を知らない人。

 ああ、もう飲んでたか。

 良い感じに脳が溶けてきた。

 この調子だ。

 どんどんいこう。


「……まあ細けえことは良いか!」

「良くはない」

「なら自己紹介だぁ!」

「仕方ないなぁ」


 あれ、仕方ないのか? 

 うーん……まあいいや。

 ぐびりと酒を煽り、適当に頼んだ料理を摘まむ。

 労働後には塩っ辛さがたまらないね。


「俺はカザリ・ゲンジョー! 鬼人族!」

「私はフィリア・ガーランド! 普人族!」

「俺とお前の出会いに乾杯だぁ!」

「いえーい!」


 ふはははは! 

 夜は長いぞー! 


 ◆ー〇ー◆


 いくらかアルコールが回って脳がふやけてきた頃。

 身の上話に花を咲掛けていると、今までの声量とはかけ離れた小さな声でカザリがポツリと言った。


「お前って変わってるよな」

「んあー?」

「ああいや、馬鹿にしてるわけじゃねえんだよ。

 ただ、ほら、普人族って戦いに向かねえだろ」

「まあね」


 鼠人族よりはましだとはいえ、普人族は戦いに不向きだ。

 というかほぼすべての事柄において他の種族に勝てる要素がない。

 そんなことは生まれた時から知っていることだ。

 金をかけて骨格を強化し、手足を機械に換装し、魔導兵装を身に着けてようやく戦いの場に立てる。

 そこまでしてようやく対等だ。

 支払った対価と釣り合わないうとは思えない。

 その金で傭兵を雇った方がよっぽど建設的だ。

 そんなことは重々承知なんだよ。

 自分でもアホかと思ってるしね。


「つーかアレだよ、さっきの話が本当ならよ、態々戦わなくても男と結婚できるんだろ?」

「まあね」


 昔からずっと続いている制度だ。

 普人族の血を保つために、普人族の男児は同じく普人族の女と婚姻して子を成す決まりだ。

 うちの家格だってラインバッハ家ほどではないがそれなりに高い。

 ほぼ確実に私が選ばれるだろう。


「何が気に入らないんだ?」

「全部だよ」


 たまたま家同士で交流があって、たまたま家格が釣り合って、たまたま同年代だから? 

 そんな下らない理由で選ばれて堪るかよ。

 恵んでもらうなんて冗談じゃない。

 あの子の隣はそんなに軽くはないんだよ。

 私はこの手で勝ち取るんだ。


「だから体を弄ってでも戦う訳か」

「理由としては十分でしょ」


 苦しい鍛錬。装備の更新。金策。仕事。

 それが一体何だっていうんだ。

 全然、全く、これっぽっちも辛くなんてないね。

 私が戦う理由なんて、きっと単純なことだ。

 私はあの子に胸を張りたいんだ。

 貴方の価値を私は知っていると。

 そのための努力を欠かさなかったと。


 だから私は道を作るのだ。

 木を切り崩し、大地を均し、石材を切り出して、隙間なく敷き詰めて作るあの子に至るための私の道。

 やがてはヘンリーの手を引いて二人で歩む道が、貧相な物であってはならない。

 そうでなければ、その、アレよ。

 アレだからとにかくダメ。


「アレって何だよ」

「結婚した後、他の女どもにマウントとられちゃうでしょうがよー!」

「おお?」

「他の女はぁ! どいつもこいつも強い上に家の格もたっかいの! あと癖も強いし!

 最初の一歩目で引け目を感じてたら勝てる相手じゃないの!」

「勝てんの?」

「勝つわボケぇ!」

「竜人族相手でも?」

「ったりめぇよぉ!」

「恋する乙女は?」

「最強だあ!」

「ぎゃはははは!」

「ひィーひっひっひ!」


カザリと顔を見合わせて汚い声で爆笑してはまた酒を煽る。

もう何が面白いのか分からないけども、とりあえず楽しいからこれで良いのだ。

明日もまた依頼を受けて、金策へ奔走する日々が始まるだろう。

それで良い。

この苦難の道の先に、ヘンリーという栄光が待っているのだから。

そうして私はカザリと肩を組んで下手糞なダンスを踊り、屈強な店の主人から邪魔だと叩き出されるまで酒宴を続けるのだった。

――――――――――――――――――――――――――――――――

≪TIPS≫戦闘用魔導義肢

別名:普人族ガンギマリバトルフォーム

己が男子を守るために普人族の女たちが辿り着いた一つの結論。

それこそが自己改造による肉体の強化である。

ゴリラに勝てないならゴリラになるだけよ理論ともいう。

魔導兵装に身を包み、特に気合の入った女は四肢を切り落として鋼鉄の体を獲得した。

これらは全て魔法族との技術協力によって実現したものであるが、もっぱら普人族にしか使われることはない。

義手義足を使わなくても部位欠損は通常医療で復元できるからだ。

一見して生身にしか見えない廉価版の強化義肢は普人族の間でそれなりに広まっている。

骨格にまで手を入れて 戦闘用義肢に換装するのはかなり気合の入った者だけである。

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