第26話 馬人族マーガレットと我が背の君

散々迷った挙句に登場させことに決めたよ。

みんな大好き馬娘だよ。

強いよ。

名称:マーガレット・ダグラス・ストーンズ

体格:250cm(馬体170cm)、半人半馬、巨乳、長髪栗毛、頭部に馬耳、ポニーテール

種族:馬人型獣人族

年齢:20歳

備考:ハンター

――――――――――――――――――――――――――――――――


危険な場所は稼げる場所だ。


例えば戦場。

領主同士の小競り合いなんてのはこの時代でもよく起きることだ。

傭兵は稼げる。生き残れるだけ強ければ。


例えばダンジョン。

魔素とも瘴気とも呼ばれるそれが濃い溜まり場には魔物を吐き出すダンジョンが生まれる。

ダンジョンハックは稼げる。知恵と力と運があれば。


例えば辺境。

魔境とも呼ばれるそこには特殊な動植物が群生する云わば金脈だ。

安定して持ち帰ることが出来れば好事家や金持ち連中に飛ぶように売れるだろう。

ハンターは稼げる。辺境の悪意に負けなければ。


それでも彼女たちは危険に身を投じ、命をベットにして大金を稼ぐ。

そして稼いだ金で男を手に入れるのだ。

全てはまだ見ぬ我が背の君のために。

辺境から一仕事を終えてラ・ヴィセルに戻ってきた馬人族のハンター、マーガレット・ダグラス・ストーンズもそういった馬人族の一人であり、ヘンリーという魔性の男児を追いかける愛の狩人だった。


◆ー〇ー◆


その一報を聞いたのは、南の辺境(いくつかある魔境の一つ、通称:クソ緑)という悪意の坩堝から帰還してすぐ。

彼に会う前に汗と埃を落として軽く一杯やりましょうかなんて、久々の娑婆の空気に浮かれつつ馴染みのお店に寄った時。

最近何かありましたか? なんて隣の名も知れぬ獣人族の方と世間話をしていると、クソ面白くもない話が耳に飛び込んできましたの。


「ヘンリー様が怪我をされたですってぇ!?」

「お、おう。もう3日…いや4日だったか前の話でよ。

 それが」

「相手はぁっ!?」

「その」

「どこのどいつがし腐りやがりましたの!?」

「りゅ」

「さっさと言いなさいな! 隠してると貴方の為になりませんわよ!!」

「だから」

「それとも話せない事情でもありまして!?」

「ちょt」

「私でしたら力になりましてよ!!」

「うるせえ黙って聞けコラ」

「むごっ…」

あ、熱々のポテトが口に…!

粗びきの胡椒が良い味を出してますわ!

少し残った川が良いアクセントに!


「サロンでシュタイエル家の男がいざこざで怪我をさせた。

 怪我は大したことなかったらしい。

 そんで良く分からんがエスターライヒ家がカチコミかけて手打ちも済んでる。

 分かったか?」

「…んんっ、良く分かりましたわ。

 店主さん、お勘定ですわ! 彼女の分も!」

「奢ってくれるのか、ありがとな」

「ポテト、美味しかったですわ!」


こうしてはいられません。

今すぐにでも彼の元に駆けなければ。

私は勘定に多分足りるだろう金額をカウンターに叩きつけると、店から飛び出した。

ヘンリー様! 貴方のマーガレットが今! 風よりも早く向かいますわ!

うぉおおおおお!…ですわ!


◆ー〇ー◆


馬人族の誇る健脚で飛ぶように走れば、ラインバッハ家にはすぐに到着しましたわ。

ラインバッハ家の門前で鬼人族の女性にあっさりと止められました。

何度も…そう!何度も!ラインバッハ家には伺っておりますが、この方との面識はありません。

腰に吊るした剣に手を置きながら誰何の声を上げる彼女に向かって私は口を開きました。


「ヘンリー様はご無事ですの!?」

「まず名を名乗れや」


失礼、間違えましたわ。


「マーガレット・ダグラス・ストーンズですわ!

 それでヘンリー様はご無事ですの!?」

「怪我一つねえよ。

 えっとマーガレットマーガレット…アポはなしか」

「ありませんわ!」

「んじゃあちょっと待ってろ、確認してくる」


言うが早いか、別の警備の方に向かって歩いていく彼女の背中を見る。

ううむ、隙のない身のこなし。

それに全速力ではないとはいえ、走る私の前に躊躇なく踏み出す胆力。

タチアナ程ではないですが、中々やりますわね。

それでこそヘンリー様を守る警護の方ですわ。


「確認できたぞ。

 何度も通った顔馴染みのハンターなんだってな。

 私は最近雇われたアヤメ・リュウゾウジだ。よろしくな」

「改めてまして、マーガレット・ダグラス・ストーンズですわ。

 職業はハンター稼業を少々、今後ともよろしくお願いしますね」

「ヘンリー坊ちゃんなら、もう少しで鍛錬が終わるそうだ。

 待つついでに背中の荷物を確認させてくれるか?」

「ダメですわ」

「…あ? なんでだよ」


すん、と彼女の顔から親しみやすい笑顔が消えて、即座に剣呑な光が宿る。

切り替えの早さも好印象ですわね。

ああいえ、そうではありませんわ。

私としたことが言葉が足りませんでした。

相手は私を良く知らない相手だというのに。

彼女の気に思わず反応しかけた体を抑え込んで、慌てて説明を付け足します。


「この中には南の辺境から持ち帰った品々が封入しておりまして、

 開ける時はいつもマリナさんに同席して鑑定してもらっていますの」

「…あー、そういうことか。トラブル防止ね。悪かった、早とちりした」

「私こそ言葉が足りずに申し訳ありませんわ」

「いや、マリナ先生に連絡が行ったのは知ってたんだよ。

 ちょっと考えれば気付くことだった。本当に済まねえ」

「いえいえそんなことは…」


アヤメは申し訳なさそうに大きな体を目に見えて縮こませました。

元はといえば私の説明不足が原因なのに、どうしましょう。

鬼人族は恥や礼を失する行為を重く見ると聞きますし。

ええと、ええと…そうですわ!


「鑑定後に一緒に試食してみませんか?

 今回は南の辺境に行ってきましたので」

「試食…? ああ、南の辺境ってことは…」

「はい、そういうことです。ヘンリー様にも試食して貰いますし」


美味しいものを食べれば元気が出ますわ!

その分ちょっと損しちゃうかもしれませんが、細かいことは気にしません。


「とにかくヨシ!ですわ!」

「私の鑑定前に内を言ってるんだ君は。

 南の辺境の品を何だと思ってるのかな?」


声がした方に振り返ると、三角帽子にローブの女性の姿。

閉ざされたままの門を浮遊魔法で飛び越えて、ふわりと地面に降り立つところでした。

私の耳が感知できなかったということは、態々消音術式をかけて近づいてきましたわね。

ぐぬぬ、背後を取られるとは馬人族として屈辱ですわ…!

私の視線に気づいたのか、三角帽子の影の向こうで、彼女の瞳が悪戯っ子のようにきらりと光った。


ま、まあ今回は私の負けにしておいてあげます。

次はそうはいかなくってよ!

それはそうと目の隠れた三角帽子が今日もキュートですわね!

今日もよろしくお願いしますわ!


「ふふ、そう煽てても鑑定価格は贔屓しないよ?」

「それでも宜しくお願いしますわ!」

「じゃあ門を開けるぞー、おーい、かいもーん」

「開けなくても、私ならこのくらいの高さ、飛び越えられますのに」

「防衛術式が起動するから飛び越えるなよ。…これはフリじゃないからな? マジですんなよ?」

「注意するのが遅かったね。もうやった後だよ」

「あれは痛かったですわぁ」

「じゃあ何で飛び越えるなんて言ったんだよ…」


ヘンリー様に早く会いたくて気が逸ってしまって…でも、あの時は不意を突かれただけです!

愛の力で成長した今の私なら、あの斥力の壁を突破することなんて造作もありませんわ!

門が開いて顔なじみの守衛の方がアヤメに近づいて話しかけるのが見えましたが、私は門を見据えて呼吸を整えます。


「はい開門っと。

 そうだアヤメちゃん、門前の警護はこっちで引き継いでおくから鑑定作業を見学したら?

 まだ見たことなかったでしょ」

「え、良いんスか先輩」

「良いの良いの」

「ねえ、マーガレット…門は開いたんだから、道を前足でガリガリしてないで早く収納袋を持ってきてくれないか? 私では重くて持ち上がらないんだが」

「今からあの斥力の壁を突破してご覧に入れますわ…!」

「この間バージョンアップして倍はスペックアップしたんだが」

「…きょ、今日のところは止めておきますわ!」

「はいはい」


ヘンリー様に会う方が先決ですものね。

これは敗北を恐れて逃げたわけではありませんわ。

本当ですのよ!


◆ー〇ー◆


庭の一角の大きな卓上に辺境の恩寵品を並べて暫くして。

マリナさんの鑑定タイムが終わる頃に、聞き馴染みのある足音が背後から聞こえました。

鼠人族よりは重く、そして隠す気のまるでない無警戒そのものな足音。

間違いありませんわ!


「ヘンリーさまー!」

「うわっ」


馬人族には不意打ちは通じませんわよー!

私は振り返って一息で我が君に近づくと、ズザザザザー!と膝を折りつつ地面を滑り、ヘンリー様の目の前で体の側面を向けながらピタリと停止する。

どうぞお乗りになって!

私の背中に! さあ!

さあお早く! もう我慢できませんわ!

ふんすふんすと鼻息も荒く目を輝かせていると、彼の小さな手の平が馬体の背中を撫でた。

お゛ぅ、と口に出かけたクソ汚い悲鳴を必死に嚙み殺している私を余所に、私の背を跨いだヘンリー様のおみ足が背中と横腹を挟む。

待ち望んでいた1ヵ月ぶりの触感に体を震わせて歯を食いしばる。

なんという幸福感なんでしょうか、天にも昇るとはこのことを言うのでしょう。

お金を貰える上に、こんな良い思いが出来るなんて。

我が身の幸運に打ち震えていると、ヘンリー様がもじもじと体を動かし始めた。

座りが悪かったのか、軽くお尻を浮かせると私の背中を彼のお尻が軽く叩く。

だ、ダメですわヘンリー様!

そんなことをしては、お尻が!

お尻の形が!


「久しぶりだね、マリィ。1ヵ月ぶりかな?」


……はっ! 多幸感が過ぎて一瞬意識が飛んでいましたわ。

私は唇の端の涎を拭いつつ、慌てて返答する。


「い、1ヵ月と8日ぶりですわ!」

「ねえマリィ、今回はどんなところに行ってきたの?」

「ええと、今回の探索は南の辺境ですわね」


私は慎重に立ち上がると、ゆっくりと庭に歩き出す。

そして素知らぬ顔で、足を踏み出す度に揺れるヘンリー様のお尻を堪能する。

ラインバッハ家の庭園が平坦なのが残念でなりませんわ。

もっと起伏があればこの素晴らしいお尻の感触もより深く味わえたでしょうに。

いつかはこうして街に繰り出したいものですわね。

いいえ、絶対に実現させて見せますわ。

そのためにももっと稼がなければ。


「魔境と呼ばれるだけあって、とても危険に溢れていましたわ。

 例えば何気ない草花に擬態した…」


飛び跳ねたい衝動を堪えながら、私は表明上は冷静な顔を装いながら、ヘンリー様にあの悪意しかないクソ緑のマイルドな説明を続けます。

包み隠さずに説明すると、流石にゴア表現が過ぎますからね。

それはそうと、背中に広がる楽園が私の脳を溶かしていきますわ。

ヘンリー様の体温! ヘンリー様のおみ足! お尻!

最高ですわー!



◆ー〇ー◆(ここからマリナ視点だよ!)



ヘンリー君を背に乗せてお馬さんごっこに興じているマーガレットから目を離すと、鑑定した品々をリスト化して卓上に並べる。

それらが一段落した所で、ふと側にいたアヤメが口を開いた。


「……で、これが南の辺境からの恩寵品ね。

 そんな大層なもんには見えねえけどなぁ」

「まあ、外見上はそうだろうね」


私はその内の一つ、赤い果実を手に取ると、ついでに寄ってきたタチアナにも見えるように翳して見せる。


「これが何かわかるかな」

「何って…アロニアの実じゃないのか?」

「露店でよく見るよな」

「そう、そのアロニアの実だ。

 正確に言うなら、アロニアの実の原種だよ」


片手で掴める程度の大きさの赤い果実。

中心の種以外は皮も可食部に含まれる甘い果実は、そこらの露店に積まれているようなありふれた果物ね。

それら全てはこの実を人工的に繁殖させたものなんだ。

同じ種を魔境から回収して栽培し、幾度となく品種改良も施された。

ただ、何をどうしても原種の様には育つことはなかったのさ。

魔境の特殊な環境によるものだろうとは当たりがついているんだが、肝心のその環境が未だに再現できていない。

私は手の中の果実を二つに割って見せる。

途端に溢れだす芳醇な香り。

アヤメが僅かに後ずさり、タチアナの虎耳がピンと立ち上がり、彼女の髪の毛がわずかに逆立つのが見えた。

魔力を視覚化できなくてもやはり感付くか。

この果実の含有魔力の異常な量に。


「これが恩寵品と呼ばれる所以さ。凄いものだろう?」

「…匂いだけで分かる。ヤバいな」

「び、びっくりした…」

「ふふふ、驚かせて悪かったね。

 これを外から見て判断するのが鑑定のメインなのさ。

 それには魔法族が適任って訳だね」

「なら割って見せたのはまずいんじゃねえのか、これ結構高いんだろ?」

「まあまあ高いね」


まあ大丈夫だよ。

なんせこれら全ての恩寵品を買い取るのはラインバッハ家だからね。

マーガレットはラインバッハ家の専属ハンターみたいなものだ。

卸す先もこの家だけ。

この家は金払いも良いし、なによりもヘンリー君がいる。

恩寵品を回収すればするほどクラウディア様からの覚えは良くなり、ついでに大金も稼げて、何よりヘンリー君にも好印象を与えられる。

今更他の家や商店に持ち込んだりはしないだろう。

なにせ馬人族は種族を通して重度の普人族フェチだ。

いやまあ、大体の奴は普人族が大好きなんだがね。

彼女たちはそれが度が過ぎるというか…まあそれは置いておこう。

ともかく、これらの恩寵品はラインバッハ家が全て買い取る。

支払うのは多額の金銭と、ヘンリー君との面通しの権利ってところだね。

ほら見給えよ、ヘンリー君を背に乗せている彼女のだらしのない顔を。

馬人族にとっては、あれがかなりの高待遇らしいぞ。


「そんなに背中に乗せるのは気持ちが良いのか…?

 どうなんだタチアナ」

「そんなことあたしに訊かれてもな。いや、まあ、確かに悪くはないか…?」

「というか良いんすかタチアナさん。あれ、あの女すげえ顔してますけど」

「御屋形様がヨシって言ってたからな」

「実際、それだけの価値はあるのさ。

 これだけの恩寵品を魔境から持ち帰ってこれるハンターは一握りだ。

 それも安定してともなればね」


彼女はあれでも中々凄いハンターなんだよ。

ほら、あの状態でもアロニアの実が割れたのを感じ取ってこちらに寄ってきた。

分かってるよ、最初の一つはヘンリー君に食べさせるのが約束だものね。

私はアロニアの実を浮遊させると、器用にもヘンリー君をほとんど揺らさないまま軽くスキップしつつ近づいてくる凄腕のハンターに手渡した。

――――――――――――――――――――――――――――――――

魔境をざっくり言うとメイド・イン・アビス。

生半可な腕では生還できないクソみたいな場所だよ。


≪TIPS≫馬人族

半人半馬、いわゆるところのケンタウロス。馬娘だがウマ娘ではない。断じてウマ娘ではない。

かつては戦士階級と内務階級に分かれる氏族タイプの社会構造をしていた。過去形。

戦士は馬体がばんえい馬なので一目でわかる。

伴侶以外は絶対に背中に乗せない。

伴侶を意味する「我が背の君」という言葉がそれを端的にそれを示している。

特産もクソもない草原に住んでいたため、半ば諸外国に取り残されたガラパゴス諸島みたいな立ち位置で生活していたが、共栄思想の広まりと共に草原の外に出てくるようになった。

そして普人族に遭遇してドはまりした。

異性を背中に乗せることは性行為の時だけだった彼女たちにとって、馬体の背中に腰かけて人目のある街中を当然のように練り歩いて連れまわせる普人族は、エグイくらいに性癖に合致したドチャシコドスケベ存在だったのだ…。

こうして彼女たちは自らのワンピースを求めて、慣れ親しんだ草の海から外海に雪崩のように流出していったのだ。

ちなみに馬人族にとって背中に乗せて街中を練り歩く行為は、大好きホールド状態で街を歩く「頭が沸騰しちゃうよぉ…」に等しい。

男の尻を支える椅子に成りたいというのは馬人族の女の一般性癖である。

健脚を生かした運び屋や、ハイリスク・ハイリターンな傭兵・ハンター稼業に従事する姿がよく見られる。

ちなみにミドルネームを持つ馬人族は氏族内で上位の戦士の家の名残。

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