第24話 ヘンリーパッパと男の講義

僕は三日ぶりに顔を合わせる愛息子と一対一で向き合っていた。

例の一件での怪我は大したことがなかったらしく、その場の治療で完治したと聞いている。

ケンカ相手はかなりの手加減をしてくれたのだろうね。

本気の竜人族とやり合ったのなら、今こうして無事でいられるはずがない。

君が無事でいてくれて良かったと思ってるんだ。

だからヘンリー、ちゃんと目を合わせてくれないかな?

僕は膝を曲げて、少し背が伸びた息子に目線を合わせて口を開く。


「サロンで怪我をしたと聞いたときは腰が抜けるかと思ったよ」

「心配かけてごめんなさい、父様…」

「もうこんな無茶はしちゃダメだよ、いい?」

「……」

「ヘンリー、返事をしなさい」

「…気を付けます」

「気を付けますじゃなくてね…。

 全くこの子ったら、くーちゃ…お母さんに似ちゃったのかなあ」


反省はしているのは分かるよ。

ヘンリーは僅かに顔を背けて僕と目を合わせようとはしない仕草は、

彼の母親であるくーちゃんが拗ねた時の様子にそっくりだった。

普人族は母親側の特徴は遺伝しないものなんだけどなあ。

ふと思い至って、母親にそっくりの我が子の頭を指でぐりぐりとまさぐってみる。


「なんですか急に頭を撫でて」

「いやあ、やっぱり角なんてないよねえ」


ヘンリーに角も尻尾もないことは勿論知っているよ、これでも父親だからね。

魔力も力も普人族そのものだということも知っているし、

くーちゃんの子供であってもその力をこれっぽっちも受け継いでいないことも知っている。

それは普人族であるヘンリーも同じように自覚していることだ。

普人族は竜人族には敵わない。

これは本能に刻まれた紛うことなき事実だし、恥ずかしいことでもない。

そもそも僕らほど戦いに不向きな種族はいない。

戦わないことで生き残ってきた種族が僕たちなのだから当然のことだ。

それをまあ、この子は何で自分から喧嘩を売るんだろうね。


仮に仲のいい女の子が手酷く侮辱されたとして。

人目のある社交場で、治癒術師が常駐しているサロンだから死ぬことはないと仮定したとしても。

正面から一人で立ち向かい、あまつさえ一度は引こうとした相手に逆に噛みつきさえした。

それも確実に負けると分かっている相手に臆することなく。


危うい子だと思う。

衝動に従って本能さえも振り切るその在り様は、僕らに有るまじき狂犬の様な勇猛さだ。

きっとくーちゃんがこの子に剣の鍛錬を課したのも、当主である彼女自らが戦場で見出した強者を護衛役に据えたのも、この子の危うさに気付いたからなのだろう。

とてもじゃないが目が離せない。

誰かを傍に置いて錘にしなければ、どこかに飛んで行ってしまいそうだ。

女の子の扱い方は普人族そのものなのに、変なところでくーちゃんに似ていて――どうにも僕らの子供だと強く実感する。

男の子は腕白なくらいが丁度良いっていうしね!


それに危かろうが何とかするのが親の役目って奴だよ。

家同士のいざこざなんてくーちゃんが何とかするから別に問題じゃないし。

奥さんがつよつよだと落としどころを悩まなくて良いねえ。


…おっといかんいかん、ヘンリーへのお説教途中なのに思考があっちこっちに飛んで行っていた。

これじゃこの子のことを悪く言えないね。

僕は咳払いで誤魔化すと、努めて真面目な顔でヘンリーに向き直る。


「件の竜人族の子と、まだ顔を合わせてないんだって?」

「うっ…」

「あの日から毎日、家に謝りに来てるんだよね」

「…うん」


ヘンリーは僕から顔背けたまま、視線がゆっくりと下へ、ずるずると落ちていく。

本当にくーちゃんにそっくりだねキミ。

でも僕は君のパパだからね、ママたちほど甘くはないんだよ。


「ねえヘンリー。

 本当は、もう怒ってはいないんだろう?」

「…うん」

「君がエスターライヒのお嬢さんにこれっぽっちも怒ってないことは、

 顔を見なくても分かったよ。

 くーちゃん達は男のケンカの邪魔をしたからだとか、

 横から手を突っ込んで面子を潰したからだとか思ってるみたいだけど、

 そうじゃないよね。

 女の子を馬鹿にされて、それを撤回させたくて、でも君に出来たのはそこまで。

 その後は事態はもう自分の手を離れて、あまつさえ侮辱された女の子本人にまで話が行って、その本人が自分の手で解決してみせた。

 …情けなく思ったんだよね。

 自分の気持ちを優先して中途半端に事態を大きくして、結局は誰かに事態の解決を押し付けた。何もできなかった君は、それを成したエスターライヒのお嬢さんに会わせる顔がなかっただけなんだよね」


長々とした台詞を区切ると、ヘンリーは僕にゆっくりと顔を上げた。

なんだいその唖然とした顔は。

これでも僕は君のパパなんだぞ。

息子の考えてることぐらい手に取るように分かるんだよ。

パパの偉大さを噛み締めたまえよ。

これから凄く真面目なことを言うんだから、ちゃんと噛み締めるんだ。


「いいかいヘンリー、よく聞きなさい。

 君のするべきことはここに閉じこもって自分を納得させることじゃない。

 これはただの逃避で、君の最も嫌悪する行為のはずだ」


僕と同じ黒い瞳に、膝を折って目を合わせる。

ヘンリーは賢い子だ。

言葉にして気持ちを伝えることの大事さを理解している。

なんせ僕とくーちゃんの子供だからね。


「戦いに勝利した乙女には大きく腕を広げて迎えなさい。

 感謝を示して勝利を祝い、私の為に戦ってくれてありがとうと口に出して讃えなさい。女性の気持ちに寄り添って受け止めることが、戦いに駆り立てた僕たちの義務だ」


そして僕たちにしか出来ないことでもあるんだよ。


だからねヘンリー。

こんなところにいないで、さっさと部屋から出て女の子を口説くんだ。

案ずるよりも産むが易しって言うじゃないか。

まあ僕たちは産ませる側なんだけどね。


はい、大真面目なお説教タイムはお終いですよ。

ほらヘンリーもそこに座って。

今回失敗したなら次から気を付ければいいんだよ。

一回や二回の失敗で愛想をつかされるような間柄じゃないでしょうに。


ここからは女の子を口説くお勉強の時間です。

もうこれより大事なことなんてないよ。


「ドワーフ族の子から装飾品を貰ったそうだね」

「え、あ…うん」

「あの子たちは家庭菜園でとれた野菜位の気軽さで装飾品を贈ってくるから、あまり重く受け止めちゃダメだよ」

「そ、そうなの?」

「そうそう。あと指が敏感だから触れるときは優しく触れてあげるんだよ」

「そうなんだ…」

「手を握る時には、まず指先を擽るように触れてから、じっくりと馴染ませるようにだね…」


竜人族はチョロいから講義は別の機会でいっか。

この後、エーリカちゃん(シルヴィアとミレーヌの母、ツンデレ誘い受けチョロエルフ、別宅で寝泊まりしながら研究中)とデートだから多少巻いていくよ!

頑張って付いてきてね!



◆ー〇ー◆



あっという間に家を出る時間が来てしまった。

可愛い我が子との語らいは時間を忘れてしまう。もう年だろうか。

ヘンリーの反応が芳しくなかったけど、もしかしたら既にやらかしてしまったのかもしれないね。

大丈夫だよヘンリー、童貞卒業前の失敗はノーカンだから。

後でいくらでも挽回できることはお父さんが保証するから。

父も歩いた道程だから安心して進むんだよ。

そういうのも後々のプレイの良いアクセントになるからね。


久しぶりに父親らしいことが出来てご満悦の気分で廊下を歩いていると、後ろから鈴のような声がした。

エルフ族の声は特徴的で耳にするりと入ってくる。

エーリカちゃんとの間にできた僕の可愛い愛娘のシルヴィアちゃんとミレーヌちゃんだ。


「うわっ! パパがいる!」

「こっちの家にいるなんて珍しい、お久」

「おはようシルヴィアちゃん、ミレーヌちゃん。

 あと珍しいなんて言わないで。傷つくから」


だって奥さん達がそれぞれの別宅で別々に研究したりしてるんだから仕方ないじゃん!

自分は家から出たくないけど、会えないと不機嫌になるっていうならローテーションで各家を回るしかないじゃん!

ヘンリーが結婚するときは、僕のように通い夫しないでも済むと良いのにね。

あとそんなに家を空けてないからね。

昔はいつも後ろに引っ付いていたのに、今じゃヘンリーに首ったけでお父さん少し寂しいよ。


「そうだ、聞いてよパパ! こないだのシュタイエル家の一件アレ以来、ずっとババアがヘンリーと添い寝してるんだよ!」

「独占は良くない。そろそろ私たちに譲るべき」

「パパからも何か言ってよ!」

「お願いパパ、あとお小遣い頂戴」

「ババアとか言わないの。くーちゃんだって血は繋がってなくても二人のお母さんなんだからね」

「でも!」

「でもじゃないよ」

「ママはババアで良いって言った」

「エーリカちゃんには僕が良く言っておくから。とにかくダメだよ」

「……」

「ダメだよ?」

「……」

「お小遣いあげるから」

「はーい」


二人してこんなに生意気になっちゃってもう。

エーリカちゃんも本気ではないとはいえ相変わらずだね。

くーちゃんがあしらい、エーリカちゃんが食って掛かって、僕が宥めて仲裁する。

いつも通りすぎてもうプレイの一環な気さえするよ。

というかそれ目当てだよね。

あと君たちはいい加減にヘンリー離れしなさい。

ヘンリーだってもうすぐ成人して結婚するんだから。

お父さんは心配で仕方ないよ。

この子たちは果たして結婚できるのだろうか…。


「というかママの方は良いの? もうすぐお昼になっちゃうけど」

「今日はデートだって珍しく浮かれてた」

「え? …うわ、馬車を待たせてるんだった! ごめんね二人とも! またね!」

「またねー!」

「またお小遣い頂戴」


お小遣いはまた今度ね!

じゃあ近いうちにまた来るよ!

本当に!珍しいなんて言われないように!また来るからね!

名残惜しみながらそう叫び、僕は慌てて玄関前に留まっている馬車に向かって走るのだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――

≪一口TIPS≫普人族

通称:神の与えたもうた奇跡。歩くセックスシンボル。一人おちんちんランド。

その最大の特徴は他種族と交配可能な種族であること。

普人族と交配して生まれるのはどちらかの種族の子だけであり、その特性上、古くは多くの種族から奴隷として扱われる生きた資産であった。

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