第22話 天使族マックガバン親子と直談判
名称:マリン・マックガバン
体格:166cm、ヤンキーは巨乳、金色碧眼、ポニーテール
種族:天使族
年齢:32歳
備考:エリーの母親にして、【衝撃】のマックガバンの異名を持つパン屋さん兼麦の商業組合の元締め
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己の娘が舞踏会を一夜で半壊させた。
それを聴いた第一声が「でかした!」だったのは、自宅で口が緩んでいたせいだろう。
少しばかり淑女らしからぬ物言いだった。
いかんな、こういうのがエリーの教育に良くないんだろう。
報告に来た我が家の会計係もそれを見とがめるように眉を寄せていた。
お前いつも皺寄せてるな、そんなんだから男が寄ってこないんだぞ。
「それで相手の数は?」
「少なくとも500以上かと」
「でかした!」
「マリン様、でかしたじゃありませんよ」
別に自宅なんだから取り繕わなくても良いだろうが。
それにどんなに言葉で飾ろうとも力がなければ意味がないんだ。
信用や信頼って言葉はたしかに美しいし、商売では重要なものだが、それを支えるのは結局は力なんだよ。
権力、財力、そして暴力。
この3つの力さえあれば結果は後からついてくるもんだ。
そして他の二つは親から引き継ぐことが出来ても、最後の暴力だけはそうはいかないことをエリーは幼ないながらも理解している。
個人に紐づいた武の力は、そいつ本人が磨くしか道はない。
だからこそあの子は私の力に頼りもせずに、たった一人で舞踏会に乗り込んでいったのだ。
ちょっと前まではよちよち歩きの雛鳥だった奴が、一丁前に自分の羽で飛ぼうとしたのさ。
これを褒めないで何を褒めろって言うんだ。
それにこの影響はマックガバン家だけに留まらない。
ラインバッハ家ご自慢のバトルドレスを着せた護衛を2人連れて行くような場所に、たった一人で突っ込んで道連れとはいえ全員のしてみせたんだ。
これだけの結果を見せたのだ、ラインバッハ家といえども無視はできまい。
どうだ、うちの自慢の娘はすごいだろう!ふはははは!
「その請求書がこちらです」
「ははは…は?」
「お嬢様が半壊させた会場の修繕費です」
修繕費ね。
まあぶっ壊したんだから仕方がねえ話だな。
半壊といっても、こういうことも想定した上でクソ頑丈にできてるのがあの場所だ。
精々が模様替えと調度品の修繕程度だろうと思っていたが、この眼鏡が態々直接持ってくるってことはそう言うことではないのだろう。
私は手渡された紙切れに目を通す。
請求元は管理運営してるグレイストン家か。
添えられた修繕の目録は数枚に渡って文字と数字でびっしりと埋まっていた。
ふむふむ。
シャンデリアに机、調度品、壁に床板…割れた皿の数まで計上している。
なるほどなあ。
「ゼロが一つばかり多くないか…?」
「添付された修繕目録の数は妥当ですが、こちらで精査したところ費用がいくらか水増しされていますね。
手数料を差っ引いても、仰る通りゼロが一つ程度多い計算になります」
「そうだよなあ」
「ご明察、お見事でざいます」
「はははは」
「ふふふふ」
舐め腐りやがってあの雌狸がよ。
このマックガバンを怒らせたらどうなるか、あいつの足りねえ脳みそじゃあ理解できなかったみてえだな。
それとも分かっててやってんなら大した度胸じゃねえか。
上等だよ。
「おい、若ぇの集めろ」
「既に全従業員に招集をかけております」
お前は本当にそつがないなあ。
本当に可愛げのない眼鏡だよ。
おそらく家の前に集めた連中に音頭を取りに行くのだろう眼鏡を見送って、私は2階でべそかいてる可愛げのある娘の部屋に足を向ける。
お前が望んでいる汚名を返上するいい機会だぞエリー。
◆ー〇ー◆
何やら足元が騒がしいことに気付いていたが、私は布団をかぶったままで微動だにしなかった。
舞踏会に殴り込んだのは昨日のことで、怪我なんて昨夜のうちに全治して不調なんて欠片もない。
それでもこうしているのは昨夜を思い返して羞恥心に苛まれていたからだった。
恥ずかしい。
ヘンリーの前でなんて無様を晒してしまったのだろうか。
エリー・マックガバンは、ヘンリー・ラインバッハの幼馴染で、頼れるお姉ちゃんだ。
少なくとも私はそうありたいと努力してきたつもりだし、そう思われるような振る舞いを心掛けてきたつもりだった。
それなのに昨夜の醜態は一体何だ。
自分の能力を過信して一人で舞踏会に赴いて、足掻きに足掻いて何とか引き分けに持ち込んで。
あまつさえ担架に揺られて運ばれている現場を彼に見られるなんて。
なんという醜態。
なんたる恥辱。
これではお姉ちゃん失格だ。
あまりに恥ずかしすぎて、今朝のパンだって守衛さん経由で渡してしまったくらいだ。
昨夜の戦いを思い返すほどに、自分の稚拙さが浮き彫りになる。
リソース管理に無駄があった。状況確認が甘かった。
頭上なんて一番に潰しておく死角だというのに、目の前の敵を叩き潰す快感に酔っていた。
そもそもの話、戦いになることは初めから分かっていたのだから事前に組んだ術式をもっと凍結しておけば良かったのだ。
反省点は腐るほどあって、そのどれか一つでも足りていれば昨夜の醜態はなかった筈だ。
それらが足りていれば、今も私は頼れる可愛くて美人な幼馴染のつよつよお姉ちゃんでいられた筈なのだ。
認めよう。
私は弱かった。慢心していた。心構えの時点で既に敗北が決まっていた。
だから強くならねばならない。
戦いの経験が、実践の経験値が足りていないのならば、それを手にするしか道はない。
強くなるには、汚名をそそぐには、戦いを積み上げてかつての自分を取り戻すしかないのだ。
だけどそんなに都合よく戦いの機会なんて得られるはずが―――
「行くぞエリー! 雌狸の家にカチコミだぁ!」
都合よく得られたわ。
背後のドアの鍵が吹き飛ぶ音とともに、お母様の声が飛び込んできた。
私は即座にベッドから飛び起きてドアを見るも、扉を蹴破ったお母さまの姿は既にない。
声だけをかけに来た訳ではないことは私が一番分かっていた。
私が参加すると当然のように思ってくれているのだ。
こんな布団い包まってメソメソしていた情けない女だというのに。
慰めの言葉なんてなくても立ち上がると信じてくれているのだ。
家族からの信頼があったけえ。
私は心に燻っていた火が大きくなっていくのを感じた。
時間は私を待ってはくれない。
だからそう。
30秒で手早く支度を済ませて階段を駆け下りた私は、既に家の前に集結していたマックガバン家の屈強な従業員たちの最善列に割り込んだ。
おら!道を開けろ!私はヘンリーのお姉ちゃんだぞ!
見ててねヘンリー。
エリーお姉ちゃんは強くなるよ。
強くなって迎えにいくからね!
◆ー〇ー◆
グレイストン家当主である狸人族のアリソン・グレイストンは遅い朝食を済ませたばかりだったが、やけに家中が慌ただしいことに気付いた。
どたどたという喧しい足音が自室に近づいてきて、騒々しい音とともにドアを開けた配下が一人飛び込んできた。
「おふくろぉ!」
「朝っぱらからうるさいわ、何があったっちゅうねん」
「ま、マックガバン家が…!」
「ああ、請求書の件で文句でもいいに来たんか?
ゼロ1桁は吹っ掛けすぎたかもしれんなあ」
「そうじゃありません!文句とかいうレベルじゃないんです!」
「じゃあなんだって…」
肩で息をする女は、アリソンの言葉を遮って息も絶え絶えに声を上げた。
「マックガバン家に門を破られました!」
「……は?」
報告を聞いて慌てて外へ向かうと、既に戦いは終わっていた。
無惨にもひしゃげた門の付近には、この日の為に雇っていた警護や配下どもが地面に気を失い転がっていた。
今や最後の一人となった警護の女は、私を見ると慌てて背後に庇うように立つ。
マックガバン家の連中のほぼすべてが門の外で包囲したまま敷地に入っていない。
唯一敷地内に侵入しているのは一人の天使族だ。
顔に見覚えがある、こいつは確か【衝撃】の娘っ子だったな。
じゃあ【衝撃】の本人は何処かと身構えたが、あの女は壊れた門に背中を預けて暢気に煙草を吹かせていやがった。
手前の娘一人に任せて煙草たぁどういう了見だ。
余裕のつもりかクソ女が。
私は目の前の小娘を無視して、憎たらしいそいつにむかって怒鳴り声をあげた。
「おい、どういうつもりや、ああ!?」
「貴方が当主ね」
「喧しいわ、ガキはすっこんどれ!、…ぅおぉ?」
くらり、と。
何の前触れもなしに膝から力が抜けて尻もちをついた。
私の前に立っていた警護も、私の横にいた配下の女も、気付けば完全に意識を失って倒れ伏している。
自分を襲うこの異常はおそらく脳震盪だろう。
余韻のようにわずかに残る顎先への痺れがそれを確信させた。
私の背筋に冷たい汗が流れる。
これでも私は一端の魔術師だ、魔法障壁だって当然展開していた。
それを正面からぶち抜いた上に、衝撃だけを残して怪我一つさせずに無力化された。
一瞬で、それも警戒していた3人同時に魔術の起動を気取られることなく。
小娘は…いや、目の前の天使族の女は無造作に私に歩いてくる。
罠や奇襲を踏み潰すという気迫のこもった、王者のように迷いのない足取りだった。
その顔を見て――正確にはその頭上を見て、私は思わず泣きたい気持ちになった。
天使族の種族特性、全力で魔力を稼働している時に否が応でも出現してしまう頭上の光環が、そこになかったからだ。
嘘だと思いたかった。
それではこの女は、この家の門をぶっ壊してから、私を無力化する今この瞬間も本気ですらいなかったことになるじゃないか。
門でタバコ吸ってる【衝撃】のあいつの同じことをその年で再現するとか悪夢じゃないか。
そんなことってあるかよ。
というか請求書に文句があるなら抗議から始めろよ。
なんでそれをすっ飛ばして最初から殴り込みに来るんだよ!
するにしたってもっと段階踏むだろうが!
恋人が出来てもまずは手を繋ぐことから始めるもんだろ!? 段階を踏んでくれよ!
言いたいことは腐るほどあって、しかしそれを口に出せる実力差ではないことは痛いほど痛感していた。
娘が出来て丸くなったかと思ったら、その娘もとんだ狂犬じゃねえか畜生。
あと我が家を囲んでいるバックガバンの連中のお嬢コールがクソ喧しい。
近所迷惑をちったあ考えろ。
まあ考える訳がねえか、負け犬の都合なんてよ。
全てはこいつらの沸点の低さを見誤った私の失態だ。
今回は私の負けにしておいてやるが、次はこうはいかねえからな。
覚えていろや。
脳裏に浮かぶあれこれを腹の底に飲み込んだ私は、眼前に突き付けられた請求書を見て媚びるように笑みを浮かべるのだった。
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一方その頃、お見舞いに行ったヘンリー君は店番すらいないパン屋さんを見て首をかしげていた。
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