第10話 獣人族タチアナと護衛と決闘秘話

強い奴ほど暴力を背景にした蛮族的求愛行動をとりがちで、そうでない種族は文化的になるという種族的傾向があるという設定。

これでも数百年にも渡る文化交流で蛮族指数がかなり下がった方なんだ。

今回はむっちりドワーフとヘンリー君がいちゃついてる裏でタチアナさんが何をしていたかという話だよ。


名称:アヤメ・リュウゾウジ

体格:198cm、赤髪の長髪、金の目、2本角(右直螺旋湾曲型・左円錐捻じれ文様)、長髪的なおっぱい、胸にサラシ、着流し姿

種族:鬼人族

年齢:20歳

備考:初恋


――――――――――――――――――――――――――――――――


あたしは恥知らずな女だ。

ダリアを見てるとつくづくそれを思い知らされる。

真面目、誠実、勤勉。

若干21歳の若さで製錬技師に任命され、自分の店を持つまでになった。

極めつけはクラウディア様への直談判だ。

頑丈ではあるがドワーフ族は戦いに向いている種族ではないし、クラウディア様はやると決めたらやる方だ。

決して敵いようもない相手に武器を持たずに体一つで立ち向かうい、あまつさえ条件付きとはいえヘンリー坊とのデートを認めさせるなんて、一体誰が実行できるというのか。

そんな彼女に知らないとはいえ自分の恥ずべき行為を糾弾されるのは想像以上に堪えるものがあった。

あたしは坊が知らないことをいいことに、自らの欲望を満たす恥知らずな真似をした。

彼女の言う通りだった。

あたしは人として恥ずかしい女だった。

せめてこの案内という名のデートの護衛は成功させなければ、本当に母祖に顔向けが出来なくなってしまう。

ヘンリー坊のデートを見守るのは辛いが、我慢するんだタチアナ。



◆―〇―◆



邸宅を馬車で出発し、製錬特区の入り口で降りた。

長命種族による綿密な都市計画により、特区内はエリアごとに分けられた構造になっている。

市街に近い場所が商業区画で工房で作られた製品が並ぶ店舗が軒を連ねる。

武器が並ぶ店、金属細工が並ぶ店、装飾品の店頭加工に加工前のインゴットを売る店もあり、それを目当てに訪れる客で賑わっている。

初めてここに訪れた時はあまりの人の数と喧騒に度肝を抜かれたものだ。

有料のパンフレットでは見全ての店を把握しきれるものではなく、特区入り口には案内人が観光客に声をかけては売り込んでいる。


そこを抜けるとドワーフ族の経営する屋台街だ。

あたし好みの肉料理が食欲をそそる匂いをまき散らしているのは、あたしのような獣人族にとっては目に毒だ。

持ち帰り専門があれば、店先で立ったまま食う店、小金持ち様にテーブル席を用意している店等も様々だ。

その先にあるのがとっくの心臓部である工房区画。

ダリアの工房もそこにある。


案内する場所は事前にダリアから聞いているため道順は頭に入っている。

最初にいくつかの店舗を覗いて、屋台街で軽食を取り、工房を見学してから広場に寄った後馬車で帰宅するのが今回の大まかな予定だった。


商業区画は道が広いが行き交う人も多い。

本来なら人を先行させて危険がないかを調べるものだが、今回の護衛はあたし一人のため、ヘンリー坊とダリアの傍に張り付いて警護するしかない。

あたしはゆっくりと鼻から息を吸い込み、頭上の耳をめいいっぱい広げて音を拾う。

香水、体臭、機械油に金属、食べ物のソースの匂い、声に足音、金属音…知覚する情報量に頭が痛くなりそうだ。

いつもならば意識的に切り離している嗅覚だが、今回はそういう訳にはいかない。

あたしの鼻なら敵意を嗅ぎ分けられる。

わずかに体臭に混じるそれを嗅ぎ逃さないためには、常に鼻と頭を働かせる必要があった。

クラウディア様はラインバッハ家の令息に手を出す輩はいないだろうと考えて、ダリアの監視の為にあたしを護衛にしたのかもしれないが、護衛役のあたしはそうは思わない。

少しでも考える頭があれば普人族の男子が護衛もなしに街中をうろつく筈がないし、この国の有力者と何かしらの関係を持っていることぐらいは思いつくものだが、そうではない者もいる。

ラインバッハ家の威光が通じない類の女というものは居るところにはいる者なのだ。


こうも人や物が多いと臭いや音が猥雑していて個人の識別が難しいものだが、ダリアはともかくヘンリー坊だけなら判別できる。

もしも血迷ったダリアが坊を連れ出したとしてもあたしであれば追跡できるだろう。

ありえない仮定だが、今のあたしは坊の護衛兼ダリアの監視役だ。

考えうるすべてに備えなければ。


行き交う人の群れの中で護衛する二人を常に視界に入れながら、あたしは油断なく耳を細かく動かして周囲を警戒し続ける。

店の影、店員、人込み、並んだ武器、頭上、臭いと音と視界に広がる人の群れ。

警戒するものは腐るほどあった。

あたしの孤独な戦いはこうして始まったのだった。



◆―〇―◆



いちゃつく二人を見続けて神経を尖らせること数時間。

工房見学を終えたヘンリー坊とダリアの二人は、特区を一望できる広場で一息ついていることだろうが、護衛のあたしはそうはいかない。

あたしは二人から少し離れて、広場につながる1本道の真ん中に立っていた。

広場に近づいてくる一人の女の前に立ちふさがる必要があったからだ。


赤い長髪、2本の角、あたしより10cm以上高い長身の鍛えられた体に、巻き付けた布で胸を隠した特徴的な着流し。

鬼人族だ。

香に紛れた体臭にわずかな敵意が混じっていた。

女との距離は数歩程度離れている。

あたしから目を離さずに近づいてくるそいつが口を開く前に、あたしは単刀直入に問いかけた。


「屋台街あたりから尾けていたな、目的はなんだ」

「…なんだ、バレてたのか。

 そりゃそうだよな、あんな美人が護衛もなしに街をうろつく筈もねえし、その護衛が無能の筈もねえか」


目的なんて訊くまでもなかったが、今のあたしはラインバッハ家に雇われている身だ。誰何の問いは建前上は必要だった。

女は歩くのを止めない。

無造作に距離を詰めるのは、勘違いしたチンピラか、強者の自負によるものか。

どうでもいい。

そのどちらであってもあたしがすることは変わりはしない。


「この国に来てから目を疑うようなことばかりだが、今日はその中でもとびっきりだ」


女は笑ってまた一歩。

もう距離は幾ばくも無いが、あたしは一歩も動かない。

鬼人族の女の体には目につく場所に入れ墨がなかった。


「あんな男は初めて見たもんでね。

 まるで濡れた烏を思わせる黒い髪、黒曜の如く輝く瞳、街で見た瞬間に下っ腹に衝撃が走ったよ」


分かるよ。ヤバいよな。

近づいてくる女の言葉には同意しかなかった。

目の前の欲に突き動かされた女の姿は、どこかの浅ましい女を思い起こさせる。

だから続く言葉も簡単に予想がついたし、あたしの返答も実にシンプルなものになった。


「そういう訳で、彼となりてえのさ。

 だからそこを退いてくれねえかな」

「失せろ」


女にとっても予想通りの言葉だったのだろう。

そいつはあたしの目の前で歯を剝きだして拳を握る。

鬼人族と意見が対立してお互いがそれを譲らないのなら、結局のところ解決方法は一つきりなのだ。

強い方が偉いという蛮族の流儀。

獣人族にも通じるそれに従って、躊躇なく振り抜かれる女の剛腕を潜り抜けて。

あたしは女の顔面に拳を叩き込んだ。



◆―〇―◆



決着はついたものの、想定よりも梃子摺ってしまった。

お互いに武器を使わずに素手で戦ったこと、この女がやけにタフだったこと、そしてあたしが背後の広場にいる二人とその周囲に気を配っていたことが要因だろう。

けして弱い相手ではなかった。

拳の力強さも、繰り出す技の練度も相当に修練を積んだ者の動きだった。

ただあたしにとってはそういった手合いとの戦いは手慣れたものであり、戦い方は戦闘前から大体の予想がついていた。

だからこの結果はある意味で順当なものだった。


手早く捕縛した女――アヤメ・リュウゾウジと名乗ったそいつを道の端に転がして、ヘンリー坊たちのもとへ急いで戻る。

何故だか胸騒ぎがするのだ。

敗走直前の負け戦にも似た嫌な感覚だ。

もはや形振り構っている余裕はなかった。

緩い坂道を駆け上り、階段を跳ね飛んであたしは広場に到着した。


広場にはヘンリー坊とダリアの姿だけだ。

アヤメのような敵の姿はない。

ではこの胸のざわつく感覚はなんだというのか。

足早に近づくあたしの前で、ダリアは坊の前に跪いて小さな箱を開いているのが視界に入った。

箱の中身は装飾品、おそらくは、指輪とネックレス。

指輪と、ネックレス。

あたしは頭が真っ白になった。


足が動かないあたしを置いてけぼりにしたまま、ヘンリー坊はダリアの手に指輪を通す。

そして、ヘンリー坊からネックレスを受け取ったダリアが、ヘンリー坊の首に、ああ!なんてことだ!

クラウディア様にも約束しただろうがダリアてめえ!

指輪もネックレスも輪っかの形をしてるじゃねえか!《ref》獣人族にとって環状の装飾品は婚姻を意味する《/ref》

それを手ずから男に身に着けさせるなんて見損なったぞ!《ref》獣人族の結婚式の伝統的な作法/ref

あたしが言えた義理じゃないが!ヘンリー坊はまだ12歳なんだぞ!

あたしの可愛いヘンリー坊が!

あんな首輪を!

うわあああああ!


目じりに涙が浮かぶ。

ようやく自由になった体を動かして、もしかしたら今までの人生で一番かもしれない混乱でぐちゃぐちゃになった頭のままにあたしは駆け出した。

ヘンリーは首から下げたネックレスとそのれを通した指輪を持ち上げて、嬉しそうに眺めている。

そんな坊の横で手袋の上から指輪をにやつきながら撫でている痴れ者に向かって、あたしは真っすぐに突っ込んだ。

――――――――――――――――――――――――――――――――

このあとすったもんだして誤解は解けたよ。

きりっとしたクール系美人が半泣きで縋り付く姿ってすごく良いよね。


≪TIPS≫鬼人族

蛮族オブ蛮族。

強靭な肉体を持ち、個体によっては魔術を扱うこともできるオールマイティな種族。

特徴は頭部に存在する角。形状や本数は個体差があり、遺伝の要素が大きい。

角が2本ある場合でも左右対称という訳ではなく、右直螺旋湾曲型・左円錐捻じれ文様など個性にあふれている。

角は固く、髪の毛のように成長を続けるため、整角屋という職業が存在する。日常生活の為に角カバーが売られていたりする。

鬼族の伝統衣装である着物などを好んで着るのは、Tシャツ等頭をくぐらせる服は角が引っかかって面倒だから。

種族的な性感帯は特にない。オールマイティに気持ちいい。

強い奴は偉いという価値観が根強く、意見の対立があると喧嘩で解決しようとする悪癖がある。特徴的な刑罰に「角割り」という角を根元から削って被害者に渡すというものがある。

他人には攻撃的な反面、身内にはダダ甘であり、特に伴侶や子供に対する庇護欲は群を抜いて高い。

恋人や伴侶が出来るとそれをイメージしたタトゥーを体に入れるのが一般的。

逆に男がいないにもかかわらず見栄を張ってタトゥーを入れることを「生墨女」と呼び馬鹿にする程度には神聖なものである。

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