第4話 鼠人族タマラ・ファーレンボックと驚異の生態

名前:タマラ・ファーレンボック

体格:140cm、丸く大きな耳、ちっぱい、関節が柔らかい

種族:鼠人族

年齢:22歳

備考:姉妹がいっぱい。家族大好き


――――――――――――――――――――――――――――――――


ぶっ続けの長時間授業よりも休憩を入れた方が学習効率が良い。

というわけで私とヘンリー君と休憩時間ということでダラダラしていた。

私たちの傍らには、丸く大きな耳のメイド服を着た女性が紅茶とお茶菓子を用意している。

彼女の名はタマラ・ファーレンボック。

子供のような体躯と童顔だが、これでも成人した鼠人族の女性だ


「お勉強お疲れ様です。坊ちゃま、今日はグレモンティーとシナモンクッキーですよ」

「ありがとうタマラ。良い香りがするね、…うん、おいしいよ」

「申し訳ありません坊ちゃま、少し濃いめに入れてしまったようです。

 用意したこちらのジャムを入れますが、よろしいですか?」

「うん」


ヘンリー君は素直にカップを渡した。

受け取ったタマラは適量のジャムを丁寧な手つきでスプーンに掬い上げると、ゆっくりとグレモンティーに入れてこれまた丁寧に彼に手渡した。

タマラのことだ、グレモンティーの味を損なわない多すぎず少なすぎずの絶妙な量のラインを攻めたのだろう。


「タマラはヘンリー君を甘やかしてばかりだな」

「うっさいですね。ほら、マリナの分ですよ」

「私にはジャムを入れてくれないのか?」

「面倒なんで自分でやれです」

「ヘンリー君と対応が違い過ぎないか???」


さっき見て覚えたから量は分かるけどさ。

一応は私って客人身分なんだけどなぁ。

タマラからは我関せずの気配しかしないので、仕方なく自分でジャムを入れた。

うーん美味い。

紅茶本来の渋みをジャムの甘みでバランスをとっている。

私の好みの味だった。

甘さが控えめなシナモンクッキーがよく合う。

あとでこのジャムの銘柄も聞いておこう。


そこで私は気づいた。

グレモンティーってそもそもジャム前提の渋めの品種じゃなかったか?

お茶請けのシナモンクッキーにしてもそうした上での組み合わせに見える。

この女は給仕に託けてヘンリー君とそういうプレイしたかっただけじゃないのか?

私は彼女の足元に視線を移す。

ひざ下まで伸びるロングスカートの裾、そこから覗いた細長い尻尾は気分良さげにゆらゆらと揺れていた。

確信犯だなこの女。

ヘンリー君に甲斐甲斐しくお世話しやがって。


私は視線を戻し、もう一度グレモンティーを傾ける。

うーん美味い。

この紅茶に免じて気付かなかったことにしてやろうじゃないか。

私は広い心で彼女を許してやることにした。


「恩に着ろよ」

「うっさいですよ」


なんで私にはこうも塩対応なんだろうな。

まあいいか。

私は椅子と紅茶をヘンリー君の横に動かして座りなおす。

つまり私とタマラで挟み撃ちの形だ。


「君は今日もよく頑張ったからな。ご褒美に私が食べさせてあげよう

 ほら口を開けてくれ。あーん、だ」


ははは。何て顔をしてるんだタマラ。

ヘンリー君には見えていないから良いものを。


恥ずかしそうにしつつも、素直なヘンリー君は私が差し出したクッキーに噛り付く。

もっと口いっぱいに頬張ってくれても良いんだよ?

ちょっとセクハラの気配がしたので口には出さない。

その代わりに私はじっくりとヘンリー君に視線を合わせる。

不意打ちでなければこのくらいなんてことないさ。

彼の黒く美しい瞳。それに私の目の【星】が映るのが見える。

思ったよりも光ってる気がするが、多分気のせいだろう。


「ふふっ、私のクッキーは美味しいかい?」

「お、美味しいです」

「作ったのは私なんですけど???」

「細かいことは気にするな」

「細かくありませんけど???」


悔しかったら君も同じことをすればいだろう。それとも恥ずかしいから出来ないのかい?

うっさいですね…!

ふーん?ふふーん?…出来ないのぉ?

で、出来らあ!


おろおろしているヘンリー君を挟んで、私はアイコンタクトでタマラを煽った。

自慢じゃないが私は口先と煽り耐性にはそこそこの自信があるんだ。

魔法学会でクソエルフ共に鍛えられたからな。

私の軽い煽りを受けて、ようやくやる気になったタマラがクッキーを手に取った。

こちらに顔を向けていたヘンリー君の頬に手を添えて、自分の方へそっと誘導する。


「坊ちゃま。タマラの作ったクッキーですよ。はいあーん」

「タマラ、あの…」

「あーん、です」


鼠人族は共通して小さいから、ヘンリー君が椅子に座っていても若干の上目遣いになる。

目が大きいからか睨んでいるように見えないのも鼠人族の特徴だ。

庇護欲を感じる子供のような体躯、全種族で最も肉体が脆弱な彼女たちだが、それはただの擬態にすぎない。

竜の逆鱗には近づくな、悪魔に嘘をつくな、等と並ぶ、この国で暮らす上での基本知識だ。

筋力は弱いし、体格は痩躯そのもの、魔力もさほど多くはない、奴隷に使うにも適さない。

そんな種族が絶滅もせずにあの大戦でも生き残った最たる理由。


異常なまでの生殖能力と女王を頂点とした絶対的な社会構造。

それらに裏打ちされた圧倒的な種族人口と諜報力。

あらゆる種族を孕ませる普人族とは別ベクトルのヤバさだ。


彼女たちは街のいたる所に居て、様々な仕事をしている。

人当たりもよく、決して悪い連中ではない。

だが、決して忘れてはならない。

この国にいる鼠人族はほぼすべてが同じ部族であり、たった1人の女王に統率されているのだ。

ここにいるタマラもその一人だ。


「ふふ、次はグラモンティーですか? はい、どうぞ」

「あの、そのくらいは自分で…」

「だめですよ坊ちゃま。ほら手は膝の上においてくださいね」


要は種族全体に喧嘩を売るような真似をしなければ良いってことだ。

この前も知らずに外から来たアホが鼠人族に横領の罪を擦り付けようとしてお縄になってたし。

発覚してから逮捕されるまでが30分くらいだったか。

この国の何処にでもいるんだから逃げ切れるわけないだろうに。

なんで獣人族とは別に単独でカテゴリーされてると思ってるんだ。

この国最大の諜報機関みたいなものだぞ。


「カップが空になってしまいましたね、おかわりは如何ですか?」

「うむ、よきに計らってくれ給え」

「今のは坊ちゃまに言ったんですよ」

「良いじゃないか、私たちの中だろう?」

「はいはい、仕方ないですね。…坊ちゃまは如何ですか?」

「ありがとう、僕も頂くよ。

 ……タマラ、落としたりしないから、カップから手を離してくれないかな」

「だめです」

「紅茶は自分で飲めるから…!カップから手を放すんだタマラ…!」

「だめです…! 坊ちゃまの手を煩わせるわけにはいきません…!」


タマラは新しく入れた紅茶をこぼさない様にしつつヘンリー君とカップを奪い合っている。

隠しているつもりだろうが、しっぽが揺れてるのが見えてるんだよ。

二人でいちゃつきおってけしからんな。

そうはいかんぞ。


私は力ある言葉を一句節唱える。

物質転移と保護力場、あと変質術式といくつかの魔法を一度に行使する。

二人が引きあっていたカップが消え、私の手元に出現。

同時に展開した力場を変質させてクッション状に変えて、二人が体勢を崩さないように軽く抑えた。

どうだ、私にかかればざっとこんなもんさ。

驚く二人をよそに、ヘンリー君のカップを手に席を立つ。

そしてヘンリー君に背後から覆いかぶさるように手を回し、彼の顎下に手を添えて逆の手で口元にカップを近づけた。

言っては何だが、ヘンリー君は本当に抵抗しないな。

この全肯定感が私を狂わせるのかもしれない。


「私を無視してひどいじゃないか。

 次は私の番だ。ほら、ヘンリー君。口を開けたまえよ」


大丈夫、氷結術式を調節して唇が触れる辺りから適温にしてるから火傷したりはさせないよ。

安心して私に介護されるんだ。

ヘンリー君が口をつけるのに合わせてゆっくりとカップを傾ける。

そして一口分を含んだあたりでカップをそっと離した。

驚いているのが分かるよ。

まるで自分で飲んでいるときのようで不快感がないだろう?

君の望むタイミングで、君の望む丁度いい量を、君の望みどおりに与えている状況だからね。

ヘンリー君のことはこの目の【星】でずっと見てきたんだ。

このくらい造作もないのさ。

ああ、次はクッキーが欲しいのかい?

テーブルからクッキーを1枚、私の手元に浮遊させて持ってくる。

はい、あーんだよ。

良い子だね。

よしよし。

なんだか楽しくなってきたな。

子供が出来たならこんな感じなんだろうか。

調子に乗った私は手に持っていたカップを魔法で浮かせると、恥ずかしそうにクッキー齧るヘンリー君の髪を撫でた。





◆ー〇ー◆





私は目の前で坊ちゃまといちゃつき始めた魔法族に一瞬、言葉を失った。

怒りによるものではない。

たった一句節で複数の魔法を行使する離れ業を見た所為だ。


カップの瞬間移動、背中に感じるクッションのような力場。

おそらくまだあるだろう術式行使の数々はまさしくもって余人の真似できない離れ業。

流石は【星座】持ちの魔女といったところか。

マリナ・ウィンテール。

冠する魔法名は大弓鷲。


あのエルフ族と魔法戦で勝利する腕前は伊達ではないのだろう。

まあ性格はむっつりすけべだが。

チラチラと坊ちゃまの顔や体を見てるのには気づいてるんだからな。

その度に目が光ってて分かりやすいんだよ。

他の奴ならともかく、マリナなら別に怒ったりはしない。

こいつは良い奴だからな。

堅苦しい言葉遣いの割には妙に気安いし、魔法の腕が良いからって他人を見下すこともない。

なんだかんだで付き合いも長い。

私にとってはもう家族のような立ち位置だ。

だからついつい対応が雑になってしまう。


マリナの良いところはもう一つある。

それは坊ちゃまを独占しないところだ。

私がやりたくても中々動けずにウジウジしている時は、こいつはちゃんと発破をかけてくれる。

前回もそうだったし、今回だってそうだ。

良いものは皆で分け合わうもんだよな。

マリナは本当に良い奴だ。


良い奴だからそろそろ代われ。

胸を坊ちゃまのに押し付けて頬ずりするな。

私はクッキー皿を片手に装備して、いちゃつく二人の間に割って入るつもりで足を踏み出した。


――――――――――――――――――――――――――――――――

≪TIPS≫鼠人族

本来なら鼠人型獣人族と呼称されるはずが、特殊過ぎる生態から単独でのカテゴリー分けされているやべー奴ら

鼠人族には生まれつき子種袋と呼ばれる精子を貯蔵し保管する器官が備わっている

複数の子宮を持つため、理論上は常に妊娠と出産を行うことが可能

妊娠と避妊を自分の意志で選択できる唯一の種族である

人口爆発の懸念から女王の勅命の元、国全体の人口を見てその年の出産数を制限する措置が取られている

他種族ではできないようなアクロバティックな体位と複数プレイが好き

鼠人族の恋人との最中に、気付いたら鼠人族の数が増えていたという都市伝説が存在する

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