第三話

 明日も学校で会えるのに、少しだけ寂しかった。

「今日は付き合ってもらってありがとな。あと映画、ハズレですまんかった。」

 ありがとうと言われることも、謝られることも、新鮮すぎて固まった。

「んっ?どうした?」

「何でもない何でもない。じゃあ、バイバイ」

「おう、じゃあな。」

 そう言って、メガネくんは帰っていった。


「ふぅ、あと10分か。本読もう」

 鞄から本を出そうとすると、

「ねえ、花井さんだよね。」

「えっ」

 恐ろしさに震えながら、後ろを向く。

 私の顔と30cmも離れていない場所に、彼女の顔はあった。

「あーやっぱり。さっき、男と歩いてるとこ見ちゃってさ。」

 私を蔑むように見下ろす彼女は、クラスの人気者。

「あの人だぁれ?まさか、あんたに彼氏?ウケるんだけど。」

 彼女は、笑った。まるで、安っぽい物語に出てくる悪女のように。

 初めて話した時は、本当にこんな人が存在するのかと驚いた。

「彼氏じゃないです。ただの友達です。」

「それが一番嘘っぽいんだよなー。」

にやにやしながら言い寄ってくる彼女は怖かった。

「本当ですから。」

 必死に言っても分かってくれないと言うことは、最初からわかっていた。

「ねぇ、誰なの?教えてよ。学級委員の彼氏なら、みんな知りたいでしょ。」

 さらに顔を近づけ、獲物を睨むように私をみる彼女に、言い返すことがれもうできなかった。

「さっさと言ってよ。」

 早くバスが来て欲しいと心から願った。


「お前何してんの?」


 その声は、さっき帰っていったはずのメガネくんの声だった。

「誰だよあんた。」

 川越は鋭く言った。

「誰か分かんないならいい。」

「はっ?」

 まさか、メガネくんだと気づかないのか?

「そんなことはどうでもいいから、さっさとどっか行って来んない。邪魔」

 メガネくんは、今まで私が聞いたことのないような、芯のある声でそう言った。

 川越さんは早足で「もういい」と言って帰った。


「何で戻って来たの?」

メガネくんは私の目の前に立っている。

意外と背が高いんだなと今になって思う。

「ずっと、視線感じてたから、多分誰か来るだろうなと思って。」

「なんだよそれ。さっさと言ってくれればよかったのに・・・」

 なぜか涙が溢れてくる。

「お前、泣いてんのダサいぞ。バス来るまでにその顔どうにかしろ。」

 メガネは顔を逸らして言った。

「うるさいなぁ。あと2分じゃ無理に決まってるでしょ。」

 手を瞼にぐいぐい押し付け涙を拭った。

「ああぁ・・・そんなに擦ったら、赤くなるだろ。後で後悔するぞ」


「もう、ほっといて。」

 顔を背け、下を向く。

「はぁ・・・」

 いきなり自分の手を冷たいものが触れた。そして、無理矢理に手を顔から離された。

「ほっとけるか。お前の泣いてるところなんか見たくねーんだよ。」

「えっ?」

 メガネの方を見ると「んっ」と言って自分のハンカチを出して来た。

「いらない。もう泣いてないから。」

 道路の方にまた体を向けた。

 メガネくんは、苦笑して「そこは普通受け取るところだろ。」と言った。

「普通じゃなくて悪かったね。」


「やっぱり俺、おかしいのかな?こんな奴が好きだなんて。」

また顔を逸らし、ほんのり耳が赤くなっているメガネくんの顔を覗き込む。


「えっちょっ何言ってんの?」


「俺、お前のことが好きみたいだ。」

やっとこちらを向いたメガネくんは顔を赤くし、言った。


「ちょーっと待って。落ち着いて。何言ってんの?私が泣いてたからって、そんな演技はやめて。」

どんどん体温が上がっていくのを感じた。演技だとわかっているのに、期待してしまう自分が恥ずかしくて顔をまた手で覆う。


「演技なわけねぇだろ。本気」

また、あの冷たく骨張った手で強引に、手を顔から離させられた。


「うそつけよ・・・」


「どこまで疑うんだよ。」


「信じられないんだから仕方ないでしょ。どうせ、後から笑うくせに。」


「笑うか。言っとくけど、本当に本気だから。

 俺と付き合って欲しい。」


「・・・。」


 バスが近づいてくる。

 正直、まだメガネくんが本気なのか分からなかった。

 鞄を持って、メガネくんの顔を見ずに「じゃあね。」と言った。

 一歩踏み出したところで、メガネくんは私の右手首を掴む。

「返事は?」


「もうバス来るから。」

 振り向かず感情を抑えてそう言うと、メガネくんは少し寂しそうな顔をして

「本気なんだ。」

 と言った。


「仕方ないなぁ。じゃあ、今度は映画じゃなくて、一緒にグリーンガーデンに行ってペンタスを見よう。」

「はっ?お前何言って・・・」

「じゃっまた明日。」

 メガネくんの手を振り切って、ちょうど扉の開いたバスに乗り込む。

 顔なんか、恥ずかしすぎて見れないからバス停の反対側の席に座って窓の外を眺めた。

 バスが発車して、嬉しさと恥ずかしさと、自分の気持ちを素直に伝えられなかったことに対しての怒りが湧いてきて、涙が溢れた。


 次の日、重い足取りで学校に行くと、いつもと同じように隣の席のメガネくんは本を読んでいた。

 昨日のことが、幻であるかのように、髪がボサボサでダサい高校生に戻っていた。


 本当に同一人物かよ。


 メガネくんこと、木谷千尋

 君は、昨日の私の問題が解けたの?

 ねぇ、教えて?



「お前さ、やっぱ面倒くさいやつだな。」

 いきなりメガネくんは本から目を離して言う。

「今頃?遅いなぁ」

 いつものように軽く受け流して、鞄から教科書を取り出す。


「信じていいのか?」


「いいんじゃない。」


「本気か?」


「ペンタスに誓って。」


「何だそれ。おもしろくねーぞ」


「あぁ・・・自分でも恥ずかしくなってきたわ。」


「これからよろしく?」


「なんで?が付くかなあ。まあいいや、よろしく。」


 それから、私たちは付き合い始めた。

 お互い本をよく読むので、恋人がすることなんてすべて研究済みである・・・が、まだ一つもできていない。学校では今まで通り。帰りだって、校門を出てすぐにお別れだ。


 やっと休みが被った日曜日

 グリーンパークへ二人で出かけた。

 やっぱりメガネくんは、かっこよかった。

「ペンタス、咲いてるかなぁ?」

「えっ調べずに来たの?」

 驚いた後、見下すような視線を向けてくるメガネくんに向かって

「ごめん。咲いてる自信があった。」

 というと、もっと見下した視線を向けてくる。

「信じらんねー」

「だから、ごめんって。」

「まあいいや、俺にとってはこの状況自体が、ペンタスの花の中にいるみたいなことだから。」

 顔を少し赤くしながら、メガネくんはそう言うので、ちょっと意地悪を言ってみる。

「なに?どういうこと?言ってごらん。」

「あーうるさい。手、繋ぐぞ。」

「えっ」

 強引に、左手を掴まれる。想像では、もうちょっと優しくしてくれる予定だったけれど、これもこれでアリだな。

 メガネくんの、大きくて、骨張ってて、冷たい手は、少しだけ震えていた。

「大丈夫?寒いの?」

「違う。緊張で・・・」

「こっちが恥ずかしいわ。」

 写真を撮り合いながら、グリーンパークを巡って行く。

 色とりどりの花と、見たことのない植物達。


「あっ」


「あっ」


 目の前には、たくさんのペンタスが咲いている。

 ピンク、赤、白では表せないほどの色。


「ねえ、写真撮ろうよ。」


「うん。」


 これからも、夢だったものを現実にしよう。

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ペンタス 立花 ツカサ @tatibana_tukasa

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