人への1歩、進むか戻るか

押し倒されている状況はこんなにも緊張と動揺でいっぱいになっていた。葛原さんの息遣いがとってわかる。


「とりあえず、押し倒すのはやめよう?」


「そうしたら逃げるでしょ、落合くん。君はすぐに現実から逃げそうだから。」


確かにあんなこと言われたら逃げたくもなる。ヤンデレ属性か?あれは


「ちゃんと、話はするからとりあえず普通に座ろう、な?」


「わかった…」


なんでちょっと嫌そうなんだよ。


「まだ葛原さんはちゃんと気持ちの整理ができてないんだよきっと。」


「私、焦りすぎてるかな。自分の気持ちが知りたいだけ、このモヤモヤした感情。」


「それが恋なんだよ。なんか考えちゃって、何故か誰かに譲りたくないような、そんな感じの気持ちが。」


「これが、恋。」


葛原さんは胸に手を当てて少し目をつぶって考える。


「この気持ちが、恋なのか分からない。だけどもっとちゃんと向き合いたい。」


「そっか。」


「まぁとりあえず今日はこれくらいにしとこ、葛原さんこれ以上暴走したらやばいでしょ。」


「自分でもそう思う。でもちょっと寂しい。」


俺はそんな言葉を聞きながら受付に葛原さんと一緒にカゴやコップを返しに行く。


「じゃあわかった。明日また屋上で会おう。反対側の渡り廊下から上がって。」


「わかった。待ってる。」


少し弱気な葛原さんを見ていると本当に人が変わったようだった。


「ありがとうございました〜」


店員さんに見送られて俺たちは店を出た。



葛原さんと別れて自転車置き場へと向かう道はやはり休日なので人が多い。


自転車置き場につくと、そこには見慣れた人がいた。


「委員長、ほんと遭遇率どうなってるんですか。」


「あ、あら落合さんじゃないですか。」


少し戸惑った表情をした委員長を見るに何をしてきたかは大体わかる。


「委員長どうせ今日もしてきたんですよね。その感じ。」


「そ、そんな…ところだけど。」


「わかりやすいですね。あ、普通に疑問だったんですけど、どうしていろんなお金の稼ぎ方があるのにパパ活だったんですか?」


「しーっ!声が大きい。」


焦ったように人差し指を口元に当ててめっちゃアピールしてくる。


「私が始めた理由は友達の恵那が勝手にトークアプリで募集したのが始まりだった。そこからもうお金のために続けてる感じよ。」


「まぁ家庭が大変なのは聞いたからわかるんだけど本当にそれだけの理由?流石に頻度が高すぎると思うんだけど。」


「まぁ早くお金が欲しいから。」


「早めにやめた方がいいよ。やっぱり。体にも心にも良くないよ。いやいやそんなことしてお金稼ぐなんて。」


「いやいやなんてそんな…いやいやだけど、ほら、しょうがないから。」


「委員長って嘘下手くそですね。」


多分委員長は優しい人なんだ。だからきっと隠し事ができない。だから家族のために体をはれるんだ。


「私、もう戻れないのかな。」


悲しそうな表情で委員長は語りだす。


「私、そういうこと全然知らなかったから、初めてして、こんな気持ちいいこと知っちゃって、ハマって、もう戻れなくなりそう…現にそうなりかけてる。」


涙を浮かべる委員長に俺はどんな声をかければよいのだろうか。

少しの間沈黙が流れる。


「あのさ」


俺はこの重い空気を変えるために、委員長を助けるために声を出す。


「戻ればいいんだよ。ちょっと前の自分に。」


「そんなの、もう無理だよ。あの頃の私になんか戻れない。」


「だけど、少しずつなら、大丈夫だよ。委員長の周りにはたくさん支えてくれる人がいる。1人じゃないんだから大丈夫だよ。」


「でも、できるのかな。そんなこと。」


「できるよ。きっと。俺も手伝うしさ。」


「ありがとう、落合さん。あ、そういえば連絡先交換してなかったですよね。交換しましょう。」


なんかしれっと連絡先が増えている…青春マジックってやつかこれは


「じゃあまた明日学校でね。色々聞いてくれてスッキリした。ありがとう。」


委員長はそう言い残して帰っていった。


さて、俺も暖かい我が家に帰りますかね。


俺は自転車の鍵を開けると、強くペダルを漕ぎ出した。

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