第21話『イタズラカラスとワイン祭り(前編)』

 コーヒースタンドの若い店主は、馴染みのカラスの騎士が近付いてくるのを確認しカフェオレの準備を始めた。

しかしそのカラスが首に白いスカーフを巻いていて、そっくりのもう一人を連れて来て、左右の瞳の色が変わってしまっているものだからブランデーのびんをカフェオレの中に落としかけた。

「どっちがどーっちだ?」

 二羽のカラスは無邪気な少年のように微笑んだ。

 コーヒースタンドの店主は接客用の笑顔のまま固まってしまった。


 店主がブランデー入りのカフェオレを握ったまま固まったため、カラスの騎士たちは真顔になった。

「お、本気で悩んでるぞこいつ」

「どうする? ヒントいる?」

「そのカフェオレが冷める前に渡したほうがいいってことは理解してるだろうな」

「時間制限あるぞ。チッチッチ……」

 店主は悩んだ末、向かって左にいる、左目が金色のカラスへブランデー入りを差し出した。

「こっちがアミーカさん!」

カラスたちはつまらん、と言う顔をした。

「何でだ? まぐれか?」

「口調、ですかね?」

「ふーん。あ、砂糖たっぷりのカフェオレよろしく」

「あ、はい!」

 店主が次のカフェオレを準備し始めると、右目が金色のカラスは相方のカップをのぞき込んだ。

「一口」

「甘くねえぞ」

カラスはカップをかたむけ、渋い顔をした。

「……バナナジュースのバナナ抜きって感じ」

「オレはこのほんのり甘いのが好きなんだよ」

 店主が砂糖たっぷりのカフェオレを右目が金色のカラスへ差し出すと、カラスたちは吹き出してカラカラと笑った。

「やーい、だまされた!」

「え!? うそ!?」

「口調くらい真似するに決まってんだろ!」

カラスたちは店主の前でカフェオレを交換する。

「あー、面白え。しばらくこれで遊べるな」

「口調と喉が白いかで判断してたんだな、お前も」

「今のところ全員全滅なんだけどよ」

「本当ですか!?」

「ウソ」

「本当」

カラスたちはいたずらっ子のようにクックックとのどを鳴らした。




 早朝の寝室にて。アミーカフギンフラタームニンから“自分たちは太陽神の二本の槍であり、全ての雷であり、一つの杖である”と聞かされた主人サシャは、何がどうなってこんなことになっているのか頭を悩ませていた。

「私の知らないところで物事が進んでる……」

 思考アミーカ記憶フラターはお互いの肩と頭を寄せながら主人がどんよりしている様子をながめる。

「まあ天の戻せたしいいんじゃね?」

「その茶色い木の棒から雷出すほうは引き続き頑張るんだな」

少女が暗い表情で見上げると、二羽のカラスはそっくりの顔でニコリと笑う。

「……アミーカがフラターの笑い方するの変な感じ……」

「同期したんだから当然だろ」

「早く慣れるんだな」


 カラスたちの身近な者でイタズラに引っ掛からなかった者は、マシューの使い魔である白フクロウのジェミニだけだった。

 二羽のカラスが左右対称のポーズで「どーっちだ?」と微笑むと、ジェミニは迷うことなく右目が金色のカラスに触れた。

「こっちがアミーカ……だと思う」

これにはアミーカのほうが目を丸くした。

「正解。まぐれじゃなさそうだな。どの辺でわかった?」

「ええと、ニオイと言うか……」

「こいつ可愛いこと言いやがる」

「恋人の香りってやつ? クゥ〜、オレも早くカノジョ作ろ」




 イタズラカラスが身近な者をからかって遊んでいる頃。ラウレンツ・ブラックウッドは自分がかき集めた古文書をひっくり返し読み漁っていた。

(太陽神はすべての星を連れ、月神はそれに従う。……やはり能動的なのは太陽であって月ではない。くさびは打ち込んである。なのに杖は復活した……)

 太陽神の杖は三つの素材で出来ている。この世で最も美しく輝く硬い石、この世で最も柔軟な黄金、この世の全てにとどろく雷。

(太陽神の魂は封じられたまま。ダイヤモンドとオリハルコンはあっても呪文も雷も揃っていなかったはず! 何故だ……)

「何故……なぜ計画が狂った……?」

 瞳の色以外はラウレンツにそっくりな人工精霊オリヴィエは、主人が荒れる様子を物陰からこっそりうかがう。

(また腹いせに殴られるんだろうな)

しかしオリヴィエには心が芽生えた。太陽神の生まれ変わりである娘に微笑まれ、胸の真ん中に温かいものが宿った。

(大丈夫。あの綺麗な人が笑顔なら、僕は大丈夫)

「オリヴィエ!!」

 人工精霊は主人へ呼び出され、おどおどしながら物陰から姿をあらわした。ラウレンツは整った顔を大きく歪めながら荒い息をしていた。

「生まれ変わりに神の風格はなかったと言ったな!?」

「はい。嘘は申しておりません」

「なら何故復活した!!」

そんなことを聞かれてもオリヴィエは答えられない。蹴られる、殴られることを予想してオリヴィエは顔をそらした。

 ラウレンツは苛立ちをそばの椅子へぶつけた。オリヴィエはほっと胸を撫で下ろす。

「……次の手を考える」

 ラウレンツはイライラを隠さないまま実験室へと入っていった。




 BAR『妖精の栄光アールヴレズル』。ほかの太陽騎士団のメンバーから、アミーカとフラターが太陽神の杖として復活したと聞いた店主オーレリアン・コルトーはホッと胸を撫で下ろした。

(双子の自覚が出たのであれば、今後無茶はしないはず……)

 コルトーは今宵こよいも人のウワサを聞きに来るアミーカを待った。

 ツンとした表情のカラスが首に白いスカーフを巻き、左右の瞳の色が変わった状態で顔を出し、コルトーは一瞬固まった。

(ん? あれ?)

「アミーカくん……だよね?」

左目が金色のカラスはふっと口の端を上げた。


 同じ頃。サシャ・バレットもとい太陽神ソルは夜遅くに月属性専任教師オーレリア・ミューアの教室を訪ねていた。瞳がいつもより金色に近い少女は読んでいた書類を膝の上に置いた。

「つまり、あまり詳しくはわからなかったのね」

「は、大変申し訳なく……」

ミューアは目の前のソファに腰を下ろしている己の主人に騎士の礼をする。

「仕方ないわ、一所懸命やった結果なんですから。引き続き調べてちょうだい」

 約一ヶ月前、オールドローズ通りで起きた強盗未遂事件。やはりあれは太陽神の生まれ変わりであるサシャを狙ったものだったらしく、太陽騎士団は引き続き警戒していた。

「でも、時期的に変だと思わない? これから夏至げしよ?」

「はい、みな妙だと感じております。我らが主人あるじはこれより夏至げしへ向けてお力が増大する季節。お命を狙うのであれば半年後の冬至とうじのほうが相手にとって都合がいいはずです」

「そうよね……」

太陽神の力が弱まるのは冬が深まる冬至とうじ。単に命を狙いたいのであればサシャ、ソルの力があまり出ない時期のほうが都合がいいはずなのに。

「うーん……まるで夏至げしに合わせたいみたいな……」

 考えても答えが出ないため、ソルはやめよう、と書類から手を離した。

「考え事は、おしまい。寝るわ」

「お部屋までお送りいたします」

「大丈夫よ、アミーカがいるし。貴女も早く休みなさい」

「は、ありがとうございます。かしこまりました」


 サシャもとい太陽神ソルはカラスの騎士を連れて廊下を歩く。

「まだイタズラしてるの?」

「せっかく双子の感覚取り戻したからな。しばらく遊べる」

「全く、周りの人に呆れられても知らないわよ」

 ソルが月寮まで戻ってくると清掃員は花壇の周囲でホウキを動かしていた。

「貴方、こんな時間まで掃除をしているの?」

 太陽神ソルが話しかけると太陽騎士団の男は振り向いてさっと膝をつき、帽子を取った。

「顔をお上げ」

男の頭部にはまぶたの上から頭の後ろへかけて一直線、大きな切り傷があった。戦いの跡であることは明確であったため、ソルはあえて何も聞かなかった。太陽はその傷にそっと触れる。

「まだ痛むの?」

「いいえ」

「そう? 本当かしら?」

少女は騎士の傷を指の背でゆっくり撫でる。

「仕事は切り上げて、早く寝なさい」

「は……」

 清掃員は己の主人が部屋へ完全に入ったのを見届けてから、顔を両手でおおって天をあおいだ。




 晴れの日の精霊喫茶エスピリット・カフェ。白いスカーフを巻いた右目が金色のカラスが、にこやかに皇太后こうたいごうを迎えると高貴な婦人はふっと口元を押さえて微笑んだ。

「私が可愛がってるカラスちゃんじゃないわね?」

 声を出す前に一目でバレてしまい、アミーカは笑顔の下こころのなかで舌打ちをした。

「おかえりなさいませご主人様。ご婦人も一回ならだまされてくれるんじゃないかって思ってたんですが。俺もあいつも」

「あら、の観察力の高さを舐めてもらっちゃ困るわ」

 アミーカは皇太后こうたいごうと席へ座ると、ご婦人の計らいでサシャが太陽神の杖を取り戻せたことを報告した。

「そう。それでお目目が金色と宝石に?」

「はい」

「その固い口調やめない?」

 じゃあ次の話題、と皇太后こうたいごうは人差し指を立てる。

「ワイン祭りは知ってる?」

「ボルドーワインフェス? もちろん。あなた、違った。あんたも楽しみにしてるのか?」

「ええ! 全国どころか最近は国際規模のお祭りだもの。各地の美味しいワイン、楽しみだわ」

皇太后こうたいごう来賓らいひんとして、現地の大会場に顔を出すそうだ。

 立ち並ぶ店を歩き、ワインの試飲を楽しめる四日間のイベントはワイン好きにはたまらない。夜になれば花火もある。

「憲兵どもも大変だな」

「カラスちゃんたちは来るの?」

主人あるじを連れて行ってやりたいが、どうにもきな臭いんで、今年はやめようかと思ってる」

「あら、あなたお酒好きそうなのに」

「好きなんだけどな。主人あるじ優先だ」

「それは残念ねえ……。でも会場で会えたら嬉しいわ」


 太陽の娘サシャは休み時間にオルフェオたちと談話室に集まっていた。

「ワインフェス、BARの人も出店側で出るんだって」

「我がベルフェス家もワイン畑は有していてね。出店側だ」

レイン家うちも出るよ。畑持ってるから。ティアラ家もそうなんだけど」

「ええ、毎年必ず」

「土地持ってるとすごいなぁ……」

加えて皇太后こうたいごうも訪れる、とアミーカから聞いてサシャは溜め息をついた。

「尊い方とこの学校の人ほぼ顔出すって考えていいよね……」

「そうなりますね」

「サシャもいらっしゃいな。楽しいわよ」

「でも私たちお酒は飲めないでしょ?」

「飲めなくても、次期後継者は父や母の補佐として動く」

「それもうお仕事じゃん……。遊ぶ感じじゃない……」

誘われているから行きたいものの、行ったところで次期後継者たちは基本親について仕事の手伝い。暇をすることは確実だった。

(かと言って寮にポツンと一人でいるのも……)

 サシャが参加を渋っているのを見て、マシューはポンと手を打った。

「じゃあ、ガールフレンドとしてうちの母へ挨拶あいさつを」

「えっ!?」

「それがいいわ」

「ああ、そうだな。機会としては丁度いいと思う。君も一人にならなくて済むし……」

「ちょっ、みんな私がレイン家にお嫁へ行くの確定だと思ってる……!?」

「違うの?」

 マシューが「ん?」と笑顔を向けるとサシャは頭を真っ赤にしてぷすぷすと湯気を出した。

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