第2話『太陽の少女と月の少年(中編)』

 入学式まで特に何事もなく日々が過ぎた。

 サシャはまだのりが固いベージュ色の制服と、太陽の紋様入りのオレンジ色のローブを羽織って晴れの日を迎えた。

「いってきまーす」

「いってらっしゃい! 頑張るのよ!」

「はーい」

駅で父と母とご近所さんに見送られ、サシャは首都行きの列車へ乗り込んだ。


 今日ばかりは大人よりも子供が多い列車内。車内販売のワゴンも大盛況のようで販売員のおばちゃんは笑顔が絶えない。

 サシャは適当な席を見つけてほかの生徒から離れたところに座った。六人がけのボックス席は母親と息子の親子連れと、相席しただけのサラリーマンが二人。OLらしき女性が一人という状態だった。

 親子連れが首都より手前の駅で降り、大人に囲まれていたサシャはボックス席をのぞき込む不躾ぶしつけな生徒の視線に気付いて眉をひそめた。

 火属性には赤毛や茶髪が多い。かく言うサシャも母からの遺伝かオレンジ色に近い赤毛だった。赤毛の生徒たちはサシャが太陽属性の女子と知っていてからかいに来たのだろうか? が、都合よく窓際にいるサシャは見知らぬ大人たちのおかげで彼らから奇襲を受けずに済んだ。

(いい席座ったかも)


 首都に着くと同席した大人たちも各自のホームへ降りていった。サシャは魔導学院の制服を着た集団へ加わる。オレンジ髪の少女が生徒の中へ紛れるとサラリーマン二人とOLは柱の陰で合流した。

「こちらE班。対象は無事生徒たちと合流した」

「了解した。D班へ引き継がせる」

大人たちはまた何事もなかったかのように街中へ散っていった。




 太陽属性を主張するオレンジ色のローブを羽織っているサシャは、あちこちから飛んでくる視線に溜め息をつきつつようやく魔導学院高等部へと足を踏み入れた。

 学院は基本的に入寮制。属性ごとにまとまった生徒たちはさらに女子と男子にわかれ、基本は半々となる。しかし太陽属性では女子がほぼおらず、月属性には男子がいないことから、太陽女子は月属性という名の女子寮と決められていた。

 火、水、風、土、光、闇がそれぞれの塊になっているのを横目に、サシャは月の紋様の紺色ローブを身に付けている、月属性の集団を探した。

 彼女たちはすぐに見つかった。そして、その中で頭ひとつ高い男子を見つけ、サシャは目を見張った。シルバーグレーの髪をした男子生徒は、似た色を持つ女子生徒たちと一緒にサシャに振り向いた。

満月をそのまま降ろしたような白銀の瞳。髪とお揃いの色をした凛々しい眉。整った薄い唇。

少年もまた、サシャに見惚れているようだった。

 サシャははやる気持ちを抑えながら少年の元へ駆け寄った。

 少女が膝折礼カーテシーをすると、月の少女たちも同じように返し、月属性の少年はうやうやしくサシャに右手を差し出した。差し出された手に手を重ねると、サシャの鼓動はより早くなった。

「お会いできて光栄です」

「こ、こちらこそ」

 少年はそばにいる双子の少女に手を向けた。

「ご紹介します。こちらアガサ・ティアラ様、アリス・ティアラ様」

「サシャ・バレット様ね? お名前はお伺いしております」

「こちらのマシュー・レイン共々よろしくお願いしますね」

 月の少年はマシューと言うそうだ。サシャが見上げると少年は月光のように柔らかく微笑んだ。

「改めて、マシュー・レインです。よろしくお願いします」

「さ、サシャ・バレットです。よろしくお願いします……」

 貴族の名家らしき三人と挨拶あいさつを終えると、周りの月の少女たちもサシャへ挨拶あいさつをしてくる。誰が誰だかわからなくなるほどの人数と言葉を交わしたサシャは、完全に月属性に囲まれた状態で寮へと入った。


 王立魔導学院の寮にはちょっとした噂があった。寮は通常、四人部屋。一学年につき二つから四つ六人部屋が与えられる。そしてその六人部屋は角部屋で、四人部屋と違って小さな簡易キッチンがあり、広くていい部屋なのだそうだ。

 荷物をさくっと片付けたサシャは、自らの寝床となる寝室にそなえつけられた天蓋てんがいつきのベッドを見てうなった。

「月のお姫さまたちと同じ部屋だとこうなるのかぁ……」

 六人部屋の一番いいところは寝室が個室になっていて独立しているところだ。他人が出す音を気にせず眠れるいい部屋は常に生徒たちの憧れだが、角部屋に入れるかどうかについては保護者や生徒は全く関与できなかった。噂では教員たちが運任せに占いやくじ引きで決めているとか。

 お貴族様の体調に合わせてなのか、入学式は昼食を兼ねて食堂で行われるためまだ時間がある。サシャはせっかくなのでその辺を探索してみようと思い寝室から出た。すると、同室となった双子のティアラ姉妹がキッチンで何か支度を始めていた。

「ん? 何か作るの?」

「ええ、お茶を淹れようかと」

「サシャも座って。お茶菓子は小さなクッキーにするわ」

「え? あ、うーん。わかった。何か手伝おうか?」

「大丈夫よ、二人で出来るから」

 部屋に着くまでにすっかり打ち解けた三人は、堅苦しい話し方を早々にやめてお喋りを始めた。

「じゃあマシューは二人と幼馴染なんだ?」

「血筋の近い親戚でもあるの。気持ち的には兄弟よ」

「マシュー、ちょっと奥手なのよね。遠慮せず彼に声をかけてあげてね、サシャ」

「う、うん」

ティアラ姉妹の調子に引きずられ、サシャは午前からまったりとお茶を楽しんだ。


 サシャは両手に花と言おうか、ティアラ姉妹それぞれに両腕を絡め取られ部屋を出た。

「月属性の女の子たちみんな美少女でびっくりしちゃった」

「あら、サシャだって凛々しく美しいわ?」

「や、やだ〜。そんなストレートに褒められたことないんだって。耐性ないのー」

「まあ、ほっぺたがリンゴみたいよサシャ。ふふふ」

 そのまま再びマシューと合流し、サシャは月属性の女子生徒に取り囲まれた状態で食堂まで進み、違和感を覚えて振り返った。

「あれ?」

「どうしたのサシャ?」

「……ほかの太陽属性の女子は?」

試験では五、六人、同属性の女子生徒を見かけたのにここに来るまで全く顔を見ていない。ティアラ姉妹やマシュー、ほかの月属性の女子生徒たちも首を傾げる。

「そう言えば、バレット様の他にもいらっしゃるはずよね?」

「でも寮ではお見かけしなかったわ」

「あら、本当?」

「そちらのお部屋にもいらっしゃらない?」

「いいえ? お見かけしていません」

 月の姫たちは不思議に思いつつも、もしいたら教室で合流できるから、とサシャに告げた。

「うーん、まあそうね?」

「ちなみにだけど、月属性で男子は三学年通して俺だけだよ」

「えっ、ほんと!?」

「うん」

「ひえ〜、大丈夫? 寮で周り全部太陽じゃん。暑苦しくない?」

「ふふっ、大丈夫だよ。ルームメイトには幼馴染もいるから」

「あ、ほんと? よかった」


 月属性と太陽属性は同じ長テーブルを半々に使うため、サシャとマシューは強制的に月属性と太陽属性の境目に座らされた。向かい合わせとなったサシャとマシューはお互いの顔を見て頬を赤く染めた。

「まあ可愛らしい」

「うふふ」

 サシャは生徒であふれる食堂で太陽属性の女子生徒を探す。すると一人、当てはまる女子生徒を見つけた。

「えっ」

「どうしたのサシャさん?」

「太陽の子火属性のところにいる……」

 サシャがあそこ、とこっそり示すとマシューやティアラ姉妹、近くにいた月の姫たちも視線で追う。サシャの言う通り、太陽属性の女子生徒は火属性に囲まれふくれっつらで頬杖をついていた。

「何故わたくしが火属性の寮なんですの……おかしいですわ……。本当なら今頃あちらに……あっ」

太陽属性の女子は月属性の寮生が座るテーブルにサシャが混じっていることに気付き、サシャを思いっきりにらみつけた。

「ひえー」

サシャは隣に座っているアガサの背中へ頭を隠した。

「まあ、太陽が月の後ろへ隠れてしまったわ」

「あらあら、出ていらっしゃいな。太陽がいないと精霊たちが悲しむわよ」

からかわれたサシャが笑って顔を出すと、双子は“無事日食が終わった”と微笑んだ。


 ガリア王国に住まう者なら、王立魔導学院高等部キャンパスの学長オルバス・アグトリアの名は必ず聞くだろう。世界で最も有名な魔法使いと言っても過言ではない彼は幾多の魔法を開発し、人々の生活に貢献してきた。王からの信頼をたまわり、学長の座を得たアグトリアは今日も厳しくも優しい顔で生徒たちへ語りかけた。

「諸君はわしの嫌いな物を知っているかな?」

生徒たちがかぶりを振るとアグトリア学長は微笑んだ。

「校長先生の長い話じゃ」

生徒がドッと笑ったのを見て、アグトリア学長は高等部における生活について基本的なことを説明した。集会は必ずこの食堂兼大ホールで行われること。消灯時間は夜九時。各屋敷からの贈り物は必ず郵便室を経由して受け取ること。

「一番大事なことは、この学院での生活に慣れていただくことじゃ。作法についてはわしのほうが学ぶこともあろう。だが勉学において貴君らは常に学ぶ立場にあることを忘れぬように」

アグトリアは火属性の寮生に囲まれた太陽の女子をチラ、と見た。

 サシャが学長の意味深な視線に気付いてそちらを見ると、太陽の女子は顔を真っ赤にして静かに怒っていた。

(あの子何かあったのかな……?)

 次にサシャは自分へ向けられた視線に気付き、そちらへ顔を向けた。学長から離れた位置に座るユベール・シモン・ソレルと、その隣に座るいかにも闇魔法使いの黒髪黒目の教師と目が合う。二人はサシャに軽く会釈をする。

 サシャが会釈を返したことに気付き、マシューは彼女の視線を追った。

「ああ、ソレル先生ね」

「マシューも知ってる?」

「星魔法使いの一族ソレル家。光と闇の混合属性が出やすい。うちの遠縁だよ」

「あ、そうなんだ?」

「太陽系とも親戚だよ、ソレル家。太陽と月は親戚関係多いんだ。よく結婚するし」

太陽と月はかれやすい性質から、夫婦になることが多い。貴族の上位にいる彼らは、他家へ嫁婿よめむこを出すとしても自分たちの遠縁にあたる家名しか相手にしない。

「太陽属性なら火と光、月属性なら土と闇だよね」

「そう。自分たちの性質から出やすい二属性に親類がかたよってる」

太陽属性というのは厳密には火と光の混合属性。月属性も土と闇の混合属性を指す。

神話では太陽神は火・光・風、月の神は土・闇・水の三つを司っていて、二つの神の子どもたちがガリアに住む民の由来だとされている。

「貴族の親戚は貴族ってことね」

「ほとんどね。だからたまに血縁が濃すぎてお互い困っちゃうんだよね。結婚するにできなかったり」

「貴族ならではの悩みだね……」

マシューはこればかりは仕方ない、と肩をすくめた。

「ふふ、サシャが私たち誰かの家族になる日が待ち遠しいわね」

 アリスから言外げんがいにマシューとの結婚を匂わされたサシャは思わず慌てる。

「気が早くない!?」

「あら、でもわたくしたち、既にサシャを姉妹のように思っていますわ。ねえ?」

アリスの微笑みを受けアガサもニコニコとする。

「もちろんよ。楽しみね」

「わぁあ〜! 気持ちは嬉しいけどぉ……!!」

サシャが真っ赤になって照れると双子は喜び、マシューもつられて照れくさそうにした。




 昼食を終えた生徒たちは食休みも兼ねて、学長アグトリアから各教師の紹介を受ける。星魔法使いのユベール・ソレルは闇魔法の教師。隣にいた黒髪黒目の闇魔法使いはオルミル・サンデル。サンデルは魔法歴史学の教師だそうだ。

ソレル先生とサンデル先生、副校長エリザベス・パール。太陽属性の専任教師アルリーゴ・デルカ。月属性専任のオーレリア・ミューアなどはサシャへ視線を向けて会釈をした。

 サシャは太陽属性と月属性の貴族が集まるテーブルに頭を下げているのだろう、と思ったが、先生たちと妙に視線が合うのでそわそわした。

「なんか注目されてる気がする……」

「それはそうでしょう」

「推薦枠で通った太陽の姫はサシャだけなのでしょうね」

「……んっ? えっ? いやでもあの子も……」

 サシャが火属性寮にいる太陽女子を暗に示すとアガサとアリスは首を振った。

「推薦で通らなかったからあちらにいるのでしょう」

「太陽の姫で、ある程度の成績を収めていれば同じ寮になるはずだもの」

「もしくはほかの理由が」

「まあ、前例に反して寮を変える必要はあったってことだよね」

サシャはぎょっとしてしまった。

「え、そんな露骨な差別ある……?」

アガサとアリス、マシューは困ったような笑顔でお互いを見た。

いわく、推薦試験の日に“太陽の娘なら受かったも同然”とおっしゃった方がいたとか」

と言うだけで、絶対に受かる、なんてどなたも一言もおっしゃっていないでしょうにねぇ」

「ねぇ。学校はここだけではないもの」

双子はホホホ、とかげのある笑顔を作った。マシューは双子の顔を見て肩をすくめる。

「受かったようなものだから勉強の手を抜いていいってことにはならないよ」

「えっ、あっ……」

 太陽属性の娘は優遇されるからと勘違いし、推薦で落ちた彼女らは一般試験の日に受験し直し、勉強の時間が足りておらずほとんどが落ちてしまったのだろう。サシャはさっと顔を青くした。

(ちゃんと試験勉強しといてよかった……!)

「わ、わたし勉強頑張ろぉ……」

「あら、気張らずとも大丈夫よ。サシャなら」

「そうよ、大丈夫」

「あ、あは。あははは……ありがとう……」

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