MilkyBlueー後編ー

・・・・・・気まずい。


『そういえば、二人きりで話すの初めてだった。…失敗したなぁ…あぁ…これから先どうしよう。』

食事を始めてまだ5分たらず。明らかに不自然な会話で切り出し、二人を取り巻く雰囲気が妙に緊張感を孕むものに変わっていた。

沈黙を避けるように私は次の会話を探した。そう、この人…笹木さんに繋がる話を何とかしなくては。


「あっ、そういえば連勤明けでしたよね…本当にお疲れさまです。二人でご飯なんて、なんか不思議ですね。」


ぎこちない言葉が不自然極まりなく口を突いて出た。自分の中でやけに反響する。変な流れになってしまったが、実際そう思っていた。笹木さんと私が二人きりで食事なんてあり得ない。

そう…いつもなら彼女のすぐ隣には彼が居る。でも今日は…この場に青葉先生はいない。二人きりで会っていることも、たぶん知らないだろう。何となく知られたくはない…どうしてか解らないけれど。


「そっそうですよね!いやぁ~天音さんは下手したら未成年じゃないかと思ってました。…こうして一緒に飲めるなんて…。」


突拍子もない台詞に一瞬固まってしまった。


「えっ…未成年…?私が、ですか。」


咄嗟の事に不信感と疑念丸出しの口調で切り出してしまった。


「ああっ…すいません!もしかしたらと思っただけですよ。その、天音さん可愛いから…ね?」


先程の態度とは一変し、ちょっと親父臭い言い回しで返してきた。今の彼女には取り繕う素振りもない。


「…は…はぁ。そんなことはないですけど…。」


「ところで、今更なんですが…おいくつですか?」


押し切られるように質問されてしまった。そういえば女同士とはいえ、お互いの年齢も詳しく知らずに食事している。しかし、今の質問…笹木さんの口調では配慮に欠ける…。というより、この人にデリカシーはないのだろうか。全く悪びれもしていない。…童顔は私にとってかなりのコンプレックスなのに。可愛い可愛くないの問題ではない。ただ酷く気になってしまう。


「えっと…今25です。」


渋々答えた。当たり障りなく返したつもりだが、かなり落ち込みが声色に出ている。自分でもわかる。自覚したくないけれど…

腑に落ちない気持ちを押し流すつもりで、私はカクテルグラスに口をつけた。


「えっ…25ですか。へぇ~意外に歳近いんだ…。私はにじゅうは…あっ、もうすぐ29になるんですよ~。」


「お待たせしましたー!鉄板チキンソテーとトマトのモッツァレラ、それと海老のアヒージョになります。」


彼女が言い終わるのも束の間、若い女性店員が意気揚々と出来立ての料理を運んできた。腕捲りしたミルキィブルーのシャツを纏い、器用な手つきで皿を並べていく。


「鉄板が熱くなっておりますので、お召し上がりの際は充分ご注意下さい。」


束ねた明るい髪に白地のバンダナが生える。青ストライプのエプロン姿で此方へ笑いかける。


「追加の注目がお決まりになりましたら、こちらへお申し付けください。ごゆっくりどうぞ。」


てきぱきとこなして颯爽と厨房へ去っていった。

テーブル上には鉄板が音を立て、湯気が香ばしい香りで鼻先をくすぐる。目先には光沢を帯びたチキンソテーが狐色に輝いていた。白皿を背景に艶のある海老達は綺麗に整列させられ、濃茶色の器に熱々のオリーブオイルが湛えられている。刻みバジルを被り、オレンジ灯に照らされたトマトは、赤みをより増して食欲をそそる。


「うわぁ~美味しそう!頼んで正解でしたね。」


目を輝かせながら子供の様に振る舞う姿も、私が見るのはこれが初めてだ。彼女のこんな表情も青葉先生は見慣れているんだろうか…。一瞬、胸の奥で何かが疼いた。


「そうですね…。あっ、チキン切り分けますね。笹木さんは好きに取って食べてください。お疲れでしょうし…私は少なくていいので。」


チキンにナイフを入れる。パリッと小気味良い音を立てて皮が弾けた。小皿に2切れずつ取り分け、同じ鉄板にある人参などの野菜ソテーを添える。特に大きな肉を一切れ、彼女の皿に盛って差し出すと、嬉々として受け取った。


「いいんですか!?すいません、ありがとうございます!いや~青葉先生の所に籠りっきりで、ずっと食事抜きだったんですよ。やっとありつける~。頂きます!」


締め切り明けで相当疲れているのだろう。笹木さんの箸は空腹を満たすため、口元まで肉をスムーズに運んでいく。反面…私の方は食欲があまりなく、箸が進まない。


「美味しい!これ当たりですね~。ここにして良かったぁ…。こういうお店には疎くて、滅多に入らないんですけどね。」


余程気に入ったのか、次の品にも箸を伸ばす。もはや独りでに楽しみ始めているようだ。


「良かったです。やっぱりネットで探して正解ですね。前から人気があったみたいですけど、入るのは始めてで。建物も可愛いし、雰囲気もいいし…。家から近い所にこんなお店があったなんて…。」


「!?…こっ、この近くに住んでるんですか…?」


何故か盛大に驚かれているが、そんなに意外だったんだろうか…?


「そうですよ。出版社も近いですし、何かと便利ですから。」


次の飲み物をと思い、無造作にメニューを取り上げ、カクテルの欄に目を通す。


「あぁ!そうですよね。…そういえば、『Hatman』もここから近いか…。」


ぼそぼそと朧気に続ける彼女の眼前に、メニューの飲み物欄を広げた。



「ドリンクのお代わりどうですか?私もそろそろ頼もうと思ってるので。」


いささか先程の感情をひきずっていて、無理に会話を続ける気にもならずメニューに気を反らせた。


「あぁ、どうも。次は…ハイボールにしようかなぁ、それともワイン…。あっ、ここ種類豊富!悩むなぁ~。」


『お酒選びも楽しそう…』

夢中でアルコール欄を眺める彼女を横目に、私はまたも思いに更ける。カクテルが少し利いたのか、周囲の賑やかな雑音に意識も薄らいでいく。身体が軽くなるようなふわふわした心地よさ。微睡みながら1人考えを巡らせ、心のおりさらってみる。

ビアグラスには綺麗な泡のリングが3つ…仕事の解放感からか彼女は顔を綻ばせ、料理に手を伸ばす。始終笑顔のまま何か話している。どうしてそんなに楽しそうなんだろう。普段の笹木さんからは想像もできない…解れた前髪に手櫛を当てながら、目尻を下げ頬が薄紅に染まっている。仕草や会話の端々に高揚している様子が伺えた。

…青葉先生の隣にいる女性―その姿とは似ても似つかない…

今日の笹木さんには違和感さえ感じる。時間を掛けて話すのもこれが初めて。モヤモヤの正体が解りかけて全身がピリピリと張り詰めた。頭では理解できても心が拒絶する。そう、私がもっとも嫌いな、この世で一番受け付けたくない感情…



『―嫉妬だ。』




同時刻

笹木はこれ以上ないであろう至福を噛み締めていた。



---神様さまありがとう!!---


今日は邪魔者がいない!あの嫌味の権化(青葉先生)につつかれることもない!

…勝った…!!

今日という今日は、この笹木薫(28)に勝機あり!見てろよミルクティヘッド!

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