第三話くちん 👹

「ほうれ」

 建物の中、大きな広間にきたかと思った瞬間、桃太郎たちはたるごと投げ出されてしまいました。

「いてて……。あ!」

 たるから転がり出た桃太郎たちは驚きの光景を目にしました。桃太郎たちの周りを6尺ずつ離れて列を成し、マスクをした鬼たちが取り囲んでいるのです!

「しまった、ばれていたか」

「侵入者発見しました!」

 先ほどたるを運んでいた鬼が叫ぶと、列の後ろの方にある玉座から仏像ほどある大きな赤鬼が立ち上がりました。赤鬼もマスクをしています。

「お前か! 疫病を流行らせたのは!」

 桃太郎はマスクを外して怒鳴った。犬、猿、きじは臨戦態勢を取った。

「館内ではマスク着用でお願いしたいですねえ。お兄さん方。わざわざたるに入ってまで違法入国するとは。いったい何のおつもりですかねえ?」

 赤鬼は丁寧な口ぶりながらも顔は完全に反社会のそれでした。猿は縮みあがってしまいました。

「しかもありもしないことを」

「お前が流行らせたんだろ? みんなを疫病で苦しめようとしているんだ!」

 桃太郎だけがひるんでいませんでした。彼は震える手で赤鬼を指さしました。

「ふはは」

 赤鬼は死んだ目で羊みたいに口だけを動かして笑いました。

「我々は厳格な感染体制を敷いている。ただそれだけだ。むしろ疫病が広がらないようにしているのですよ?」

「いんせいしょうめいもあるのにみんな鬼ヶ島に入れない。鬼は出入りできるのに。何か隠してるからじゃないか?」

「隠してなどない! 私は、私はアアアア!」

 その瞬間赤鬼が大きく咳をしました。咳はとまらず口からどんどん黒い煙がもくもく出てきました。

「マズイ、マズイぞ!」

 鬼たちがどよめき始めました。

「何だ? 何なんだ?」

 桃太郎たちも異様な光景に釘付けになっています。

 赤鬼は倒れ、黒い煙はもう一体の鬼の形になりました。

「スベテノセイメイ、ワガハイガコロス」

「来るぞー!」

 黒鬼が暴れ始めました。右に左に腕を振り回して鬼たちを吹き飛ばしていきます。

「あれは何なんですかぁ?」

「あれこそ俺たちを絶滅においやろうとしている疫病の根源だよ」

 鬼の一人が答えました。

「ひええ」

 きじは桃太郎の後ろに隠れてしまいました。見ると猿も縮み上がり、犬にいたってはお漏らししています。一方この男だけは違いました。桃太郎は鬼たちに手を広げ、呼びかけました。

「鬼のみんな、僕は勘違いをしてたみたいだ。僕は疫病に仇を打ちに来たんだ。鬼じゃない。だからここは一緒に戦わないか?」

「侵入者の言うことはあまり聞きたくないがな」

さっきの鬼がしばし考える素振りを見せました。

「今は仕方ない。お前らやるぞ!」

 鬼が振り向くと、おうっと他の鬼たちも拳を突き上げ応じました。

「ありがとう」

 そうこうしている間にも黒鬼はこちらに迫ってきています。

「さあいくぞ!」


 桃太郎に鬼たちは必死に戦いました。さっきはひるんでいた2匹1羽も戦いに加わりました。しかし一向に黒鬼が倒れる気配がありません。

「くそっ! どんだけ殴っても倒れねえ!」

「わーん! キバが……」

「ウキ! こんなの無理ですぜ旦那」

「ケーケン! しばらく休みたいですぅ」

 みんな疲労困憊しているようで、床にへばりついています。ただこの男だけは諦めていませんでした。


「ダメだ。僕は仇を打つと誓ったんだ。ここで諦めるわけにはいかない!」

 桃が割れてから数十年、幼少期はみんなに疎まれながらもおばあさん、犬、猿、きじ、鬼のおかげでここまでやってきました。その記憶が走馬灯のように駆け巡ります。もしかしたら黒鬼を倒すことが使命だったのかもしれない。もしそうなら、ここはなんとしてでも勝たなければならないのです。


 桃太郎は黒鬼をよく見ました。黒鬼はずっと口をあんぐり開けています。外からダメなら中から。

「よし、みんな。僕をあの鬼の口の中に投げてくれ」

「ど、どういうこと?」

 犬が目を細めました。

「いいからいいから」

 残った鬼たちが胴上げの体勢に入りました。そこへ黒鬼が迫ってきます。

「そうれ!」

 桃太郎は黒鬼の口めがけて飛びました。そして見事飲み込まれました。辺りは一瞬静かになりました。

「え?」

 みんな黒鬼の様子をまじまじと見つめています。

 すると黒鬼の腹辺りから、

「うおおお!」

 という雄たけびが聞こえました。次の瞬間、黒鬼が呻き始めました。

「グオオオオ」

 桃太郎が中から体を切り裂いているのです。黒鬼が痛みに耐えかねて地団太を踏むもんですから建物ごと大きく揺れました。


 数分の格闘の末、腹から穴が開き、桃太郎が出てきました。全身黒い液体まみれです。

「勝った……」

 黒い怪獣と桃太郎が倒れるのはほぼ同時でした。仲間たちは一斉に桃太郎に駆け寄りました。もう社会的距離のことなど誰もが忘れていました。


 翌日、桃太郎は目を覚ましました。昨日の一件で鬼ヶ島も港も大騒ぎになっていましたからみんな胸をなでおろしました。疫病の根源を倒したことで桃太郎と仲間たちは一躍有名になりました。黒鬼の残骸から特効薬が作られ、わくちんもより強力なものになりました。疫病はさほど脅威ではなくなり、みんなマスクを取って自由に暮らしましたとさ。


 め で た し め で た し







話くちん接種お疲れ様でした。接種後は激しい運動は控え、安静にしてください。

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【ガイドライン遵守】感染対策済桃太郎 ケーエス @ks_bazz

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