第1章 03 「やっほー! 彼氏だよー!」

あるて

こんにちは。

マフラーをお返ししたいので、またお時間の合う時にお会い出来たらと思います。


 あるてが道瑠に連絡を入れたのは、帰りのホームルームが終わった後のこと。

「じゃーねーあるちゃん。部活頑張ってー!」

「ありがと、灯夜も生徒会頑張って。……さて」

 灯夜と別れ、そのままあるては所属している美術部に参加すべく、美術室へと向かった。


 今はコンクール等は無いため、自己研鑽するも良し、気ままに何か描いたり作ったりも良し、自由な時期である。

「………………」

 ある部員は無言で人物画デッサンの練習をし、

「で、ここに生首を生やして……。あっははははは、ちょっと待って何このクリーチャー……」

 ある部員たちは談笑しながら1枚の紙を囲んでカオスな落書きをしている。他の部員たちも思い思いに活動していて、その中であるてはタブレットを用いて、昨日も描いていた絵の続きに黙々と取り掛かる。

(大丈夫。このペースで行けば間に合う……!)


 ――無心でペンを走らせること、どのくらいの時間が経っただろうか。冬の日照時間は短く、空も既に暗くなっている。

「あるてさんあるてさん。進捗どうですかー?」

 同学年で部長の板屋いたや夏絵なつえが後ろからあるてに声を掛ける。

「…………」

「おーい、あるてさーん」

 しかしあるては絵に集中していて、2度の呼び掛けにも気付かない。

「そこの大和撫子、弁天娘ー」

 しかしあるては絵に集中していて、3度の呼び掛けにも気付かな以下略。

「むぅ……」

 これには夏絵も頭を悩ませ――何かを思い付き、両手を合わせた。

「彼氏が来てるわ――」

「彼ッ!?」

「うわぁっ!」

 これには反応してガタッと立ち上がり、夏絵はそんなあるてに驚く。

「やっほー! 彼氏だよー!」

 美術室の入口にいたのは、生徒会の活動が終わった灯夜だった。手を高く挙げて、あるてに向けて振っている。

「あのさあ……」

 あるてが大層呆れた声で夏絵に言う。その間に遠慮無く、灯夜があるてと夏絵の所にやって来た。

「ごめんごめん。ぴよちゃんが見えたから呼んでたんだけど気付いてもらえなかったから。冗談のつもりだったんだけど、まさかそこまで反応するとは思わずー……てへぺろ?」

「ぴよもぴよで悪ノリしない」

「えへへ。帰ったらお風呂にする? ご飯にする? それとも――」

「今からぴよの身ぐるみを剥いでデッサンのモデルにしてやろうか?」

 尚も悪ノリをやめない灯夜に対し、『それとも』の後をあるてが提案する。

「えぇー酷いよあるちゃん! ここには男子もいるし、あるちゃんも刑法第176条に抵触しちゃうよう!」

「あーはいはい」

 灯夜がここぞと言う時に刑法ネタを使うのはあるてにとって聞き慣れたもので、適当に受け流す。夏絵はスマートフォンで刑法第176条を検索した。

「ほー、強制わいせつ罪だね。因みに174条が公然わいせつ罪、175条がわいせつ物頒布等の罪……なるほど。あるてさん……何かあったら私ワイドショーのインタビューにモザイクとボイチェン付きで応じるからね?」

「はぁー……もうツッコむ気も起きん。好きにして」

 ツッコみを放棄したあるてに、灯夜と夏絵はハイタッチをする。

「ところで板ちゃん。もうじき18時で部活終わりの時間だし、あるちゃん待っててもいいかな?」

「あと5分か。よーし、じゃあ部長の特権だ。今から5分間だけ、ぴよちゃんは美術部員だ!」

「わーい職権乱用! じゃあここにいるね!」

(あー、ぴよと板屋さんが並ぶとロクなこと無いや……)

 こう思いながら溜息をつく。そんなあるてのタブレットに映っている描きかけの絵を、灯夜が覗き込む。

「……ねえ、あるちゃん」

「ん?」

「あるちゃんの絵ぇ私は好きだけど、何て言うのかな。柔らかい表情とか極端な話垂れ目とか、そんな感じの絵って描かないよねぇ」

「あー確かに。クオリティは高いと思うんだけど」

 灯夜の指摘に夏絵も同意する。

「否定出来んなー完全に。……手癖なのかもしれない。将来的に絵で何か仕事をしたい以上、そう言う表情も描けないといけないのに」

 今描いている絵も例に漏れていない。片付けのためあるてがタブレットをスリープモードにすると、黒くなった画面にはぼんやりとあるての顔が映った。

(私の目付きがこんな悪くなかったら、描けていたのだろうか……?)

 室内の部員たちがゴソゴソと片付けをしている中、あるてもタブレットとペンを鞄の中にしまった。

(……あ)

 それと入れ替えでスマートフォンを鞄から取り出し通知を見る。来ていた通知をスワイプしようとしたが、それを見て灯夜に何か察せられるのも何か嫌だったため、後で確認することにした。

「あ、ぴよちゃんぴよちゃん。ちょっと良い?」

 夏絵が灯夜を美術室内の一角へ呼び出す。

「あの、あるてさんって彼氏いるの?」

「まっさかー。いてもおかしくないけど絶賛フリーの優良物件だよぅ」

「そっかー」

 そこで2人はコソコソと小声で話をする。その様子をあるては席から見ていたが、また碌でも無い話をしているんだろうなと思った。


 ――数分経って、18時。夏絵の一声ひとこえと共に、この日の美術部の活動は終わった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る