第1章

第1章 01 「五月蝿いねあるて! 埋めるよ!」

 街から帰宅したあるてはそのまま自室に向かい、ベッドの上に倒れ込むように突っ伏した。

「何なの……」

 そして小さく呟く。当然考えているのは道瑠のこと。

 他人――本当にそうなのか? 好き――絶対無いけど気にはなる。疎遠に――でもまた会いたい気もする。

「まずこのマフラーも返さないとだしな。借りパクは……したくないし」

 彼に関する全ての考えがどっち付かずで、考えれば考える程あるての中の平常心は徐々に蝕まれていく。

(取り敢えず……)

 ベッドから起き上がったあるては部屋を出た。


「……よし」

 手洗いとうがい、そして顔を洗って戻って来たあるては一度両手で両頬をはたき、机の上のタブレットとペンを取ると再びベッドへとダイブした。

(これで気を紛らわそう)

 タブレットの電源を入れるとすぐに画面はイラスト制作ソフト――描きかけの絵が映っていて、その上にあるてはペンを走らせる。絵に集中するあるて。今の彼女は先程までの悶々とした様子は見られない。

「――てー! あるてー!」

 部屋の外からあるてを呼ぶ声がするが、あるての耳には入らない。徐々に大きくなる足音、そしてノックさえも。そして――

「あるて! いるんなら返事するんだよ!」

 あるての母・顕子あきらこがドアを開け、部屋に一歩足を踏み入れる。

「あーごめん。ちょっと集中したかったから。で、なーに?」

 それに対しあるては謝るが視線もペンを握る手もタブレットから離さず、その声も感情が籠っていなかった。しかし、その後タブレットとペンを置き、溜息交じりにその身を起こした。

「『なーに?』じゃないよ。何、何か嫌なことでもあった?」

「そうじゃないけど、思春期真っ只中の女子高生の複雑な心をわかり合えそうに無さそうな人に話してもなあ……」

「まあ失礼な子だね! お母さんだってそう言う時期があったってのに」

「えー? じゃあその頃のお母さんの話聞かせてよ」

「黙りな小娘が。年齢と彼氏いない歴が一緒の若いのに、あたしの話ゃあわからんよ」

 顕子の口が若干悪いが、それはいつものこと。あるてと、顕子にとっても至って普通の親子の会話が繰り広げられる。その最中、あるてのスマートフォンから通知のバイブが鳴った。

「はあ。まあ、何があったか知らないけど変な男にだきゃあ気を付けるんだよ。何かあったら家から追い出すからね」

「ごめん、そこは冗談でも護って欲しい」

「っと、いけない。ご飯出来たんだった。ほら、行った行った」

「はーい……あ、待って?」

 あるてがチラッとスマートフォンの通知を確認する。

「ごめん、これだけ返したら行く」

「ちゃんと来るんだよ?」

 そう言いながら顕子はドアをそのままに、1階へと降りて行った。


しじみ

こんばんは。今日は強引なことばかりしてしまいごめんなさい

でも、お話出来て良かったです。またお会い出来たら嬉しいです


「変な男……か」

 この道瑠からの文章を見ながら呟いたあるては、ふと今日あった道瑠との出来事を思い返してみる。

 ナンパされていた所を強引にだが助けてくれたことから始まり、一緒に喫茶店に行き、あのチャラ男が変装だったと知り、別れ際にマフラーを貸してくれた。

「……否定し切れないな、これ」

 結果、このような結論が生まれた。

(さて、どう返すかな)

 夕飯の前に道瑠に返信しようと思ったものの、これといった言葉がすぐに浮かんで来ない。

(しかし……)

 この道瑠からの文面には何処か不器用さを感じ、あるては不意にクスッと笑った。

「可愛いな、ちょっと」

 そう小さく呟いたあるての指はその言葉の通りにスワイプされており、そして誤って道瑠に送られてしまった。

「!? えっ、ちょっ、いやあああ取り消し! 取り消し! って既読付くの早いよ馬鹿ぁッ!!」

「五月蝿いねあるて! 埋めるよ!」

 あるての叫び声を聞いた顕子が怒り声と共に再び部屋に現れ、強制的にあるてをリビングへと連行させたのだった。

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