新人案内人、リン

第6話 新人の案内人

「新人案内人リン」

「はい!」


 ここは現世と切り離された世界。


 その名も天界。


 輪廻転生の輪によって魂を適した場所へ転生させるために、天使と呼ばれる存在達が休む間も惜しんで働く場所だ。


「今回は事前に報告した通り、実技研修だ。内容は分かっているな?」

「はい! 与えられた区域で一定数成仏を行うのが研修内容と存じてます!」


 そして今会話をしている彼らはその天使のうち、輪廻転生の窓口へ案内する者。


 その名も輪廻転生窓口案内人。


 あまりにもそのまますぎる名前ではあるが、どんな仕事か想像しやすいという事で一部では好評を得ているようだ。


 そんな案内人達が会話をしているこの場所は、天界のある一角。


 案内人事務所。


 日々案内人達の仕事をサポートし、時には評価や罰則を与える天使達が働く場だ。


 しかし今回の仕事はサポートでも評価でも、ましてや罰則でもない。


 新しい案内人を教育する、新人研修だ。


 そういった仕事もまた、事務所で働く天使達の領分なのである。


「そうだ、そして今回君に任せるのは……」


 白い服に黒のローブを羽織る初老の天使は、綺麗に切り揃えられた顎髭を触りながら黒の和服に身を纏う新人に研修内容を告げる。


 その新人の名はリン。

黒の和服にピンクの帯をつけた彼女は、よほど緊張しているのだろう。


 ただ研修内容を伝えるだけにも関わらず、初老の天使が言葉を発すると、それを合図かのように姿勢をピンとさせる。


 まるで軍隊の一般兵が軍曹の命令を待つかのような仕草に、初老の天使は苦笑いを浮かべる。


「……あまり緊張するな、今行っているのは研修内容の報告にすぎん」

「す、すみません……」


 しょぼんとする新人の姿をみて、下手なフォローは逆効果と判断しだのだろう。


 天使は早々に研修内容の報告を行う。


「……無駄話はこれくらいにしよう。君の研修内容はF地区での除霊。ポイントは20ポイントだ」

「F地区での除霊!? それも20ポイントもですか!?」

「何か異があるのか?」

「あ、い、いえ……」


 リンは驚きのあまり、目の前の天使が大先輩である事も忘れ声を荒げてしまう。


 しかし、それは当然の反応だ。


 F地区はまだ都市開発が進んでいない、いや自然との調和のためにあえて都市開発を進めていない地区。


 そのため人口は非常に少なく、もちろん比例するように幽霊の数も少ない。


 そんな地区で今回言い渡された内容は20ポイント分の除霊。


 幽霊の成仏1体につき1ポイントで換算するので、求められる数は計20体ほどになる。


 その数が多いか、少ないかと言うと……。


「……まあ君の意見も当然といえば当然だ。並の案内人でも月5体除霊できればいい地区で、1ヶ月の間に20体除霊しろという指示だからな」


 当然、多いのである。


 それも新人研修とは思えないほどに。


「だが上からの指示だ。それも新人案内人の現場教育を任されている俺よりもな」

「……」


 リンはその言葉を聞いて、苦虫を潰したような顔をする。


 普通大先輩の前でそんな顔をするのは失礼以外の何物でもないが、天使は気にした素振りもせずに話を続けた。


「研修期間はいうならばテスト期間だ。君は他研修結果が軒並み悪かったからな。この期間に良い結果を出さないと……」

「分かってます……」

「そうか……なら、準備をして出発するといい」

「……はい」


 案内人は常に人手不足のため、希望を出せばその日に採用というのはザラな話だ。


 だが適性がない人間をいつまでも働かせていれば、いずれ組織は内側から腐り果ててしまう。


 その対策として今回のリンのように、適性が無いと早々に判断された場合、研修期間中に無理難題をかけて解雇する口実を作ることが多いようだ。


 おそらくその事情を知っていたのだろう。


 リンは悔しそうに歯を食いしばりながら事務所を後にするのであった。



♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎



「おーい、サナー! 幽霊は見つかったかー?」

「うん、見つけたよー! あっちに1人!」


 シミズさんの成仏を行ってから数日。


 あらかたの説明を終えたと判断した俺は早速サナに手伝いを依頼した。


 今行っているのは幽霊の身軽さを利用した、幽霊による幽霊のための幽霊探しだ。


 成果は上々で、開始してからたったの数分で1人目の幽霊を見つけたらしい。


「了解! 案内してくれ!」

「分かった! じゃあ今降りるね!」

「いや、そのままでいいよ!」


 俺は降りようとするサナを静止し、ある仕事道具を使う。


「え……ぷぷっ……な、なにそれ? 羽?」

「うるさい! なに笑ってるんだ!」


 俺が使った仕事道具は天使の羽。

幽霊と同じように空中を自由自在に移動する事ができる仕事道具だ。


 俺はその羽を背中につけて、サナの元へと向かう。


「うっぷぷ……こ、コウ? な、なんでそんな可愛い羽があるのに、ぷぷっ、私を使ったの? ぷぷぷっ」

「……笑いすぎだサナ。この仕事道具は飛べる時間が限られているんだよ。だから探索には不向きなんだ」


 仕事道具、天使の羽は幽霊の浮遊と同じように好きな時間、好きなだけ飛ぶような事はできない。


 一定時間しか飛べず、しかもその一定時間終了後には妙な脱力感が続く。


 再使用もその脱力感が終了後で、脱力期間は平均して大体30分。


 基本的に疲れをしらない案内人にとっては、足を使う移動手段の劣化に過ぎない。


「ご、ごめんだってそれ、なんかすごく似合ってないんだもん、ぷぷっ」

「そんな事知ってるよ。ほら散々笑ったろ、いい加減案内してくれよ」


 天使の羽の見た目は、ふわふわとした純白の羽毛が無数に連なりできた楕円形。


 もっと簡単に言うと人間界で描かれた天使によくついている白い羽だ。


 人間界で描かれた天使達は皆、美少女かイケメン、もしくは純粋無垢な子供のため、それら全てに該当しない俺がつけると違和感この上なく、受けを狙ったコラ画像にしか見えない。


「ぷぷっ……は、はいは――」


「助けてくれーーー!」


 ――ッ!


 な、なんだ今の悲鳴は!?


 方角的にはサナが幽霊を見つけた方だな!


「サナ!」

「うん、すぐに案内する!」


 俺はキリッとした真面目な顔のサナを追いかけ、現場へと急行した。



「ちょっ! 騒がないでよ!」

「離せ! 俺には使命があるんだ!」

「うるさいわね、黙って私の言う事を聞きなさい! あーもう、抵抗しないでよ!」

「誰がお前の言う事を聞くものか! 俺は……負けない!」

「きゃぁー! 汚い口で齧らないでよ!」


 んーなにこれ。


 和服の女性が一軒家の屋根から黒のチェーンを、ふよふよと浮いた男子高校生の体に縛り付けている。


 だが縛られた男子高校生はもちろん黙ってなどいない。


 脱出をするために逃走とチェーンの破壊を試みる、そんな場面だ。


「えっと……なにやってるの? あの人達」

「……」


 もしシチュエーションさえ最高であれ悪の女帝に捕まった一般民衆が、脱出を試みる場面であろう。


 だが、緊張感の無いセリフと山に囲まれた場所、そして2人の服装の3種が俺達の力を抜いていく。


 かたや和服の少女。


 かたや黄色の半袖に紺のジーンズを着た、おそらく高校生くらいであろう男子。


 本当になんなんだこの場面は。


 まさか、天使の羽の効果中に脱力感を感じるとは思いもしなかった。


「ねぇ、あれ、もしかして……」

「あぁ……」


 だが黒のチェーンが仕事道具である事と、少女の姿が案内人の制服である事から、この場面がどういう状況かは、ある程度の予想がついていた。


 だから俺は困惑するサナに、顔を押さえながらこう答えた。


「同業者だ……悲しい事にな……」



♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎



 くっ、なんなのよこの幽霊!


 早速見つけた幽霊相手に仕事道具、亡者の楔を使って動きを止めたはずなのに!


「誰がお前の言う事を聞くものか! 俺は……負けない!」

「きゃぁー! 汚い口で齧らないでよ!」


 信じられない、私の仕事道具を噛みつくなんて!


 いくら幽霊には噛む力も唾液もないからって、口に咥えられていい気がするわけないじゃない!


 もう許さない。


 動きが定まらないから使えなかったけど、なんとかして当ててやる!


「くらいなさい! 強制成仏のお札!」

「痛っ!?」


 うそっ!成仏しないですって!?


「なんで成仏しないのよ、もう! なら2枚目よ! くらいなさい!」

「いたっ、痛いって! なにすんだ変質者!」

「誰が変質者よ!」


 くっ、なんでこのクソ生意気なガキは成仏しないの!?


 もう10枚は当ててるのに!


「あーそこの君、新人案内人かな?」

「なによ! 今いいところなの! 邪魔しないでく……れ……」


 あ、あの人は……!


 いえ、アイツは……!


「未練が強い幽霊は強制成仏のお札が効かない。だから悪戯に使うのはやめるんだ」


 間違いない!

 

 昨日見た効率の悪い方法で成仏させる案内人!


「あなたベテラン案内人のコウね、ならそこで大人しく見てなさい。私が成仏の見本を見せてあげる!」


 ふん、隣にいる幽霊すらも成仏できない案内人に指示されるなんて真っ平だわ。


 むしろ腐ったベテランに見本を見せてやるんだから!



♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎



「あなたベテラン案内人のコウね、ならそこで大人しく見てなさい。私が成仏の見本を見せてあげる!」


 えぇ……。


 なんかあの案内人、話聞かないんですけど……。


「見本って……いいの、コウ?」

「うーん……」


 亡者の楔をぐちゃぐちゃに絡ませてる点や、イレギュラーの幽霊にうまく対応出来てない所から新人かと思って話しかけたが、違うのだろうか。


 自信満々に答える彼女の様子は、それこそベテランそのものだ。


 だとしたら俺の言葉は、彼女のプライドをいたく傷つけたのかも知れない。


 ここは黙って見ておくのが賢明か。


「ここは様子見をしよう」

「ふーん、了解。……ところでコウって、あの人とどんな関係なの?」

「ん? いや初対面だけど……。あれ? そういえばなんで彼女は俺の名前知ってるんだ?」

「またまたとぼけちゃって〜。ほら誰にも言わないから言って!」

「だから他人だっての! てか俺以外に喋る奴いないだろ!」


 とは言いつつも、もし旧友だとしたら申し訳がない。


 俺は記憶を巡らせて彼女に近しい人物を探し当ててみる。


 しかし……どうにも見当がつかない。


 でも相手が俺を知ってるって事は、どこかしらで合ってるはずなんだよなぁ。


「あっ、また札なげた」

「もうあの幽霊札だらけじゃないか……仕方ない。あまりやりたくはなかったけど」

 

 知り合いだった時のために傍観していたが、流石にいまの状況は案内人として酷すぎる。


 知り合い云々よりも、同業者として異を唱えるべきだろう。


 俺は彼女と同じ仕事道具、亡者の楔を取り出して和服の女に声をかけた。


「そこの案内人! 名をなんという!」

「はー? あなたに名乗る名なんて無いわよ!」

「そうか……では名のない案内人! 今のあなたが行なっている行為は悪戯に幽霊を痛めつけている行為だ! 見過ごせない!」


 俺は亡者の楔を大きく掲げ、言葉を続ける。


「今すぐその幽霊を解放するんだ! 従わないのなら実力行使にでる!」

「はっ! やってみなさいよ!」


 あーやっぱりあの案内人、話を聞かないタイプだぁ。


 普通であれば、このタイミングで冷静になってくれるんだけどなぁ。


「ならばっ!」


 俺は掲げた腕を一気に下ろす。


 反動によって大きくしなった楔は、鞭のように彼女を襲う。


 そして――


「はにゅん」


 彼女はその攻撃を、抵抗する事なく受け入れた。


 いや、抵抗すら出来なかったというのが正解か。


「くそっ、やっと取れた。なんなんだよアイツ!」


 どうやら俺の攻撃は相当効いたらしい。


 彼女は気を失いどさりと倒れる。


 そして彼女の亡者の楔も、その意識と同じようにスーッとその場から消え去った。


「あっ、逃げた!」

「もちろん逃がさない」


 俺は尋常じゃないほどつけられた札に、嫌悪感を示す男子に亡者の楔を振るう。


 しかし今度のは攻撃を目的としていない。


 縦ではなく横に振った亡者の楔はスルスルと男子の体を這うように移動して、縄のように捕縛した。


「またかよー! はなせー!」

「はいはい、離すよ。そらっ!」


 そして今度は後ろへ腕を引くと、捕縛した男子は俺の手元へと引っ張られる。


「ほい、いっちょあがりっと」


 俺は手元まで移動した男子の服を掴み、逃げられない事を確認して亡者の楔を消失させた。


 亡者の楔は捕縛した対象の抵抗が強ければ強いほど、引き戻す力も必要になる。


 だからこの一連の行動は、迅速に行わなければならない。


 当然さっきの彼女の光景は、それが出来なかった故の結果だ。


 しかし不思議だな。

 

 亡者の楔は習得必須とされているはず。


 あんなヘマをするようでは、現世には行けないはずなのだが……。


「おおー、すごいすごい、さすがベテラン!」

「馬鹿な事言ってないで、そこで倒れてる彼女を連れて一旦地上に降りるぞ。手伝ってくれ」

「はいはい、まあコウが気絶させたんだけどね……」


 俺は最後の言葉を聞かなかったことにして、地上へと降り立つ。


 はぁ、体力が無尽蔵の体のはずなのに、彼女と関わった所為かめちゃくちゃ疲れた気がする。


「で、どうするのこれから」

「とりあえずこの案内人が起きるまで待つつもりだ」

「そ、そんな! 俺には使命があるのに! こんな頭のおかしい女と関わってる暇なんてないんだ!」


 俺はそう言いながら暴れる男子に、心底同意をしながらも業務を優先して諭す事にした。


「気持ちは分かりますが、この場から去ってあなたの使命は果たせるものなのですか?」

「あっ、分かっちゃうんだ」

「うっ……俺だけじゃ、果たせない……です」

「ならその使命を果たせるように私達が協力しますから、今は待っていてください」

「て、手伝ってくれるんですか!? な、なら待ちます!」


 そういうと幽霊は抵抗をやめ力を抜く。


 うん、これならこの場から幽霊が立ち去る事はないだろう。


 俺は幽霊を掴んでいる手を離し、彼女の復活を待った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る