第6話 バイト開始

 初めてのお客様をテーブルにお迎えし、大和さんが注文を取ったあと、指示に従いお水とおしぼりを二枚づつ持っていく。雨で濡れたようだったので。


 茶髪のお兄さんがブレンドを注文したので、カウンターに案内してカップを選んでもらう。やっぱりテンションが上がっている。わかるわかる!


「うおー! こんなカッコいいカップで飲めるの〜キンチョー!」

「くそ、オレもホットにすれば良かった! また来よう!」


 そうこうしてるうちに、珈琲卜部のモーニングセット……トースト二枚にバターにゆで卵に飲み物とセットで450円……が出来上がり、二人がモリモリ食べ出して、ホッと一息。


 私のバイト仕事は片付け、掃除と接客だ。私はカウンターの中で、食事の終わった食器や残飯の片付け方を教えてもらいながら大和さんに聞く。


「あの、さっきの話なんですが、碧子様の旦那の子孫がどっかにいるとして、その人が呪いをいっときでも引き受けてくれる確率って少ないんじゃないでしょうか?」


 突然知らない男がやってきて、見たことなどない遠い昔の祖先がやらかしたから、一旦呪わせてくれ? と頼まれたら……私なら怪しすぎて、速攻ポリス呼ぶ。


「もちろん、そんなこと言ったら捕まるね。だからやるとすればこっそりだよ」

 こっそり?

「こ、こっそりって、もしこっそり呪い移して、払うの失敗したらどーするんですか⁉︎」


「私、失敗しないので」

 大和さんはニコッと笑い、どっかのドラマのセリフをパクった。


 大和さん……自信家? いや違う、ホンモノの実力者なんだろう。

 私なんて、この世界にここ最近足を突っ込んだばかりのど素人。全てお任せするしかない。バイトしながら。

 でも、そんな実力者の大和さん、どうしてこんな地方都市にいるのだろう?


「大和さん、そういえばご家族は? 結婚してるの?」

「俺? 結婚してないよ。なっちゃん何歳? 俺は27」

「私、24です。」

「三つ違い、ちょうどいいね。ここは二階が住居スペースで、一人暮らし。家族は両親と兄貴。なんと三人ともお堅い公務員! 京都に住んでる」


 何がちょうどいいのかよくわからないけれど、ひとまず質問を続ける。


「え、神社とかお寺じゃなくてサラリーマン一家? 大和さん見てると意外……でもなんで大和さんだけここに引っ越してきたの?」

「ああ、ここはね、水が綺麗なの。コーヒーを美味く淹れるのに一番大事」

 たしかに我が故郷の一番の自慢は水。一般的に火の国と言われているけれど、その阿蘇のお山のおかげで伏流水があちこちで湧く水の国でもあるのだ。


「なっちゃんの遠いご先祖たちが、都を追われたとき、この地に落ち着いたのも、その理由だと思うよ。なっちゃんの神社一帯に水脈がある。水脈は龍そのもの」


 うちの社の欄干には数々の龍が飛んでいる。龍だけが。そして碧子様の塚の池にはこんこんと水が湧き出ている。


 私よりも高山家のことを知ってる風な大和さんにゾクッとして、また話題を変えた。


「どうやって、碧子様の旦那の血筋、探しましょうか?」

 宛がなければ検索もできない。


「名前わかったから、今頃加賀さんが知り合いに当たってくれてるよ」


 名前? そういえば……

章嗣あきつぐ様って言ってましたね」

「藤原章嗣だね」

「何でフジワラ?」

「碧子様の時代の貴族は藤原姓じゃないほうが珍しいんだ」

「ひょ、ひょっとして、かの藤原道長と血縁?」

「なっちゃんロマンチックだね」

 関係ない模様……。


 でも、ここまで無知な私にも丁寧に色々教えてくれて、ふっと力が抜けた。なんとか……なるかもしれない。


「大和さんがバカにしないで私の話聞いてくれて、どんだけ救われたか……キチンと言ってませんでしたね。手助けしてくれてありがとうございます」


「なっちゃん……ふふふ、俺の方こそ救われてるよ。特異な俺を怯えず受け入れてくれて」

「それはお互い様です。厄介ですねえ」

「そ、俺たちは先祖に振り回される同類だ。仲良くやろう」

「はい! よろしくお願いします!」


「……この地に誘ったいざなった神託の意味がようやくわかった。人として扱われることが、これほどに癒しになるとは……この歳になってようやく……」

「え? 何ですか?」

「いや、人に話せない超常現象を話しあえる仲間がいるって、楽だし……心強い」

 それはおっしゃる通り!





 ◇◇◇





 月曜から金曜まで仕事をし、土日は喫茶卜部でバイトする日々を過ごして一カ月経った。

 まだ残暑厳しいものの、秋の気配が濃くなり、日もずいぶんと短くなった。


 〈珈琲 卜部〉、お客さんはびっくりするほど少なくて、大和さんがこれでどうやって生活しているのか謎だ。店が暇な時間は器の名前を教えてもらったり、コーヒーの利き飲みさせてもらったり。

 未だ肝心のコーヒーは全く触らせてもらえないけれど。


「だってウチのウリはコーヒーだからね。俺はとことんこだわってるの」

 大和さんのコーヒーは確かにクセになる。


 往復車で2時間という通勤は疲れるけれど、たどり着きさえすれば、のんびりまったり過ごさせてもらっている。


 そんなある週中の夜、お風呂上がりに缶ビールを冷蔵庫から取り出すと、東京のスミレから楽しそうに飲んでる写真付きのSNSが届いた。彼女はいつも飲んでいる。


『有楽町のビールフェアで飲んでる! 那智がいなくてつまんない。そういえばさ、那智の代わりに異動してきた副主任、なんと中里さんと付き合いだしたよ! 最近の中里さん、異動前の那智への態度といいガッカリだわ。今頃那智は何で異動したんだ? とか私に聞くのよ?』


 ズルッと手からビールが滑り落ち、裸足の甲にゴンッと落ちた。

「い、いったーい!!!」


 中里さんが、私のことを聞く。それは私のことを思い出したということ。


 それはつまり……もう、両思いではなくなったってことだ。


「そうよね。新しい彼女出来たって書いてあるじゃん……」


 プツンと、私のなかの何かがちぎれた。心臓がぎゅっと引き絞られる。


「痛い……痛いよ……うう……」


 私は、クッションに座って、真っ赤に腫れた足をさすって……ハラハラと泣いた。





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