第10話 恋愛ラブコメはお好きですか?


「さて、ミーナの鼻の出血は収まったけど……」


 ロクサスは幸せそうに気絶しているミーナを見る。

 しばらくは目を覚まさなそうだ。


 しかし、もう急ぐ必要もない。


「マーリン様とクー・フーリン様が一緒に来てくださるなら、この地獄のような土地からも出られそうですね! 本当にありがとうございます!」


〈おや? 他の英霊たちは所有せんのか? まだまだ居るぞ?〉


「いえいえ! みな様、僕なんかには過ぎた方たちです……というか、そんなに何十人も僕の身体に入れたら……パァン! って破裂しません? 身体か頭が」


〈せんわ! 本当に臆病じゃのう……しかし、お主の言い分にも一理ある〉


 ヒミコはまた自分の大きな胸を持ち上げるようにして腕を組んだ。

 霊体でもやっぱり重たいのだろうか。


〈他にもついて来てくれる英霊は多いじゃろうが、英雄はプライドが高い者もおる。お主みたいな小心者の持ち霊となることを拒む者もいるじゃろう〉


 ヒミコが言ったとおり、強面の英霊の何人かがロクサスの前に出て口を開いた。


〈あぁ、失礼を承知で言わせてもらうが、ロクサス殿は我が主君となり得る器があるとは思えぬ。ロクサス殿が使役する英霊になるということは、この精神を捧げるということ。そうやすやすとは決められんのだ〉


 ロクサスは頷く。


「そうですよね……こんなすごい方たちを率いて良いような才覚、僕は持っていませんし……」


〈――しかし、心より感謝している。墓を綺麗にしてくれたことも、我らの為に祈ってくれたことも、こうして我らの相手をしてくれたこともな〉


 そんな言葉をかけてくれた強面の英雄たちに、ロクサスは頭を深く下げて敬意を表した。


「僕たちが今、こうして生きているのも、暮らしをしているのも先人である皆様あってこそです。僕の直接のご先祖様はどうやらこの人(ヒミコ)だけみたいですが、このように恩返しをして、口で直接お礼を言える機会がいただけたことを僕も嬉しく思います。本当にありがとうございます!」


 自分の子孫であるロクサスの言葉に感激し、ヒミコがホロリと涙を流す。


 散々、醜態を晒したロクサスではあったがこの言葉である程度の威厳は取り戻しただろう。


 ロクサスがそんな手ごたえを感じていると、深く下げた頭を上げる際に懐から漫画がこぼれ落ちた。

 兄のアダムに押し付けられた例の漫画をロクサスは懐にしまっていたのだ。


 荘厳な英霊の皆様の目の前に、美少女たちが並んで立っている萌え萌えな漫画の表紙が晒される。

 タイトルは……『胸キュン100%!!』、どうやら学園ラブコメの漫画のようだった。


(おぃぃぃ!? あいつ、こんなんが好きなのかよぉぉ!? 最悪のタイミングで出てきちゃったんですけどぉ!)


 歴戦の英霊といえば陽キャであることは間違いない。

 そんな中でオタク君が萌え萌え漫画を出したらどうなるか……。

 100%、地獄のような空気になるだろう……とロクサスは肝を冷やす。


 ――しかしそれを見て、強面の英霊たちが意外にも純粋な興味を示す。


〈それは……現代の書物か?〉


「あ、あはは! ただの漫画ですよ! いやー、間違えて懐に入っちゃってたんですかね~!? ほんと、俺はこんなの全然興味ないんですけどね~!?」


〈マンガ……?〉


 ロクサスは英霊(陽キャ)たちの晒し者にされないように早口で言い訳をするが、それも完全に陰キャを露呈していた。


 強面の英霊たちは萌え萌えの表紙の漫画に近づいてじっくりと見つめる。

 そして、感嘆した。


〈――なんと煌びやかな絵だ〉

〈これは、巻物ではないのか……?〉

〈お前の時代にはまだなかっただろうが、これは"本"だろう〉

〈しかし、人物の表情が豊かで本当に美しい。これほどまでに絵画の技術は進化しているのか〉


 気持ち悪がられることすらも危惧したロクサスだったが、興味深々な英雄たちの様子を見て恐る恐る尋ねる。


「えっと……じゃあ、中身も見てみますか?」


〈ぜひとも、お願いしたい〉


 見えるようにロクサスがページを開いていくと、英霊たちは驚きの声を上げる。


〈何というワザマエ!〉

〈四角い枠で囲われた絵がまるで生きているかのように物語を紡いでいる……〉

〈文字は読めんが、とにかく興味深い……〉


 そんな様子を見て、ヒミコが口を挟んだ。


〈ロクサスの中に入れば、こやつの頭を介して文字も読めるぞ〉


〈なに!? ぜひとも読ませて欲しい!〉

〈我ら、武人であれども教養もおろそかにはせぬ!〉

〈武芸に秀で、書物で知識を蓄える。これこそが天下無双に至る道程なり!〉


(青春ラブコメは蓄えるべき知識や教養ですか……?〉


 考えてみればそもそも彼らの時代には萌えだとかオタクだなんて文化はまだ存在していない。

 彼らにとって書とは正に学びを得るためのシロモノなのだろう。

 そんなことにギャップを感じつつ、ロクサスは考える。


(まぁ、ミーナもまだ寝てるし……英雄の皆さんと一緒に俺も読むか……せっかく布教された漫画だし)


 こうして、その場にいる全ての英雄たちを身体に取り込んだロクサスは『胸キュン100%!』を読み始めた。


       ◇◇◇


〈気になるな……この若人二人の恋の行方はいったいどうなるのだ!?〉

〈主人公の鈍感さにヤキモキするが、不思議とそれも面白いな!〉

好敵手ライバルも手ごわそうだ。主人公のハルトを手に入れる為ならどんな手でも使ってくるぞ!〉

〈よし、続きだ! 続きの本を早く読ませろ!〉


 漫画を読み終えると、英霊たちは大興奮だった。

 特に強面のおっさんたちがタイトル通りに見事にキュンキュンさせられている。


「あっ、続きは今持ってないんですよ。3巻までしか渡されなかったので、続きを読むにはここを出て、王国に行って本屋さんで買わないと」


 ロクサスがそう言うと、英雄たちは押し黙った。


 しばらく沈黙したのち、彼らは地面に膝をついて頭を垂れる。


〈……ロクサス殿。そなたを我が主君に足るべき器と判断した。我が武芸、英知、魔術、鍛えられし技の数々を己が覇道に役立ててくれ〉


 英雄たちは急に態度を変えて、ロクサスと一緒にここを出ていく判断をくだす。


〈――そして、本屋なる場所に行って書物を読み漁り、英知を蓄えることもゆめゆめ忘れることなかれ! ゆめゆめ! 忘れることなかれっ!〉


「……はい」


 歴史に名を残す一騎当千の英傑たちも、漫画を読んでる途中の「続きが気になる!」という感情には勝てなかった。


――――――――――――――

【小話】

僕も恋愛ラブコメの漫画を出していたりします。

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英霊使いの劣等生~最強の元英雄は正体を隠して平穏な学園生活を送ります~ 夜桜ユノ【書籍・コミック発売中!】 @yozakurayuno

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