#27 保身

 事務所に無断でインタビューに応じたKO-H-KIコウキの映像は、リアルタイムで放映された。事務所にいた社長から、香里かおりのスマホに着信があり、幸樹こうきが呼び出された。射水いみず邸のサロンで、坂下さかしたも聞いているため、香里は着信をスピーカーに切り替えた。社長の方でもそうしているだろう。


「どういうつもりなんだ」

 志原しはらの声は、怒りをかろうじて押し殺している。

「すみません。ですが、今隠しても、いつかばれると思います」

 幸樹は正直に答えた。


「射水隆二りゅうじのDVは事実ですから。今ごまかしても、いずれまたどこかから吹き出します。それなら早いうちに認めてしまった方が、傷が浅くてすみます」

「しかし――」

「それに……逃げ回っていたら、母を捜し出して、インタビューするかもしれません。もう捜し始めているでしょうが……」

 スマホの周囲で、社員たちが小さくざわめく。

「母を……母をこれ以上、巻き込んで、苦しめたくないんです」


 嘘だ。


 幸樹は自分の嘘を見抜いていた。

 母さんを巻き込みたくない、苦しめたくない……違う。オレは母さんに……会いたくないのだ。怖いのだ。母の真意を聞くのが怖い。自分はやはり捨てられたのだと認めることが怖い。


 母は自分を見捨てたのだ……そう思っていた。いつからか、父の暴力からかばってくれなくなった。父の死後、オレに何も言わずに黙っていなくなった。……だけど、オレだって、母さんを見捨てたことがあるじゃないか? オレが内鍵を取り付けた部屋にこもるようになってから、父さんはオレを殴れなくなったから、かわりに母さんを殴っていたんじゃないか? オレが助けに行ったことがあったか? 母さんが殴られていることをわかっていながら、部屋から出ようとしなかったじゃないか? ……オレは母さんを見殺しにしていたんだ。今度は母さんがオレを捨てる番じゃないか。


 母さんがけがをしたのは、耳が不自由になったのは、この家にいられなくなったのは――オレのせいだ。


 やっぱり、母さんを巻き込みたくない。巻き込むのが怖い。

 母さんが無理やり引っ張り出される前に、オレ自身で片を付けなくては――。


「ただ、……どのみち、射水隆二のイメージ悪化は、避けられないでしょう。楽曲の使用などにも深刻な影響が出るかもしれません。事務所の屋台骨も揺らぐかもしれませんが……それでも、不名誉な形で叩き潰されるより、覚悟の上で揺らぎに対応する方が、まだいいと思うんです」

 社長の沈黙が何を意味するのか、幸樹はとっさに判断しかねた。

「お願いします。結局これが、一番ダメージが小さくてすみます。そのかわり、これっきりで、沈静化させますから」


「幸樹」

 香里が、通話に割って入った。

「何か、誤解していない?」

「え」

 幸樹は戸惑い、香里を見返した。


「あのね、そうすることで、一番つらいのは――あなたよ」


「…………」

 息がつまった。

「過去の傷口を徹底的にえぐられるような、つらくて悲しい思いをすることになるのよ」

「――覚悟は、しています」

「……社長。私は、幸樹の覚悟を、尊重したいです。実際、今はそうするしかないですし」

 幸樹は香里の目をのぞきこんだが、それはスマホの画面に注がれていた。


「――そこまで自分で決めたのなら、それでいい」

 志原の声は静かだった。

「むしろ我々は、射水隆二の所業になんとなく気づいていながら、きみと真理子まりこさんを守ろうとせず、手をこまねいていたという落ち度がある。もっと早く介入していれば、少なくともきみと真理子さんの心の傷は、ここまで深くならなかったかもしれない。その責任をとって……今のきみの決断を、全力でバックアップする」


「そうそう。なんなら、射水隆二の曲と心中だ」

「それで、これからどうなさるんですかぁ」

 ほかの社員たちの声が、それぞれに飛んできた。

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