第9話 エンドラグナロク

「何をしたか知らんが機功竜人では不足のようだな」


 空中の私を見上げながら、ガルガームは不敵な笑いをこぼした。

 にしても私、ずいぶんと高くジャンプしたもんだ。

 ステータスによる身体能力の強化、おそるべし。


「ここに来るまでにいた機功竜人は、全部倒してきた」


「そうか。ならこちらも少し本気を出そう」


 ガルガームの視線が上を向く。

 逃げようと体を動かす素振りはない。

 もう少しで手が届く………!


「来い。機功竜マシンドラグ壱号機・モデル『毒竜ヒドラ』」


 突如、上から巨大な物体が降ってくる。

 飛び上がっていた私は、その大きな何かによって地面に叩きつけられた。

 まあノーダメージなんだけど。


 機功竜マシンドラグという名の通り、見た目は完全に竜だ。

 3つの頭を持ち、体は紫色で粘液に覆われている。

 多分、あの粘液も毒なんだろう。


機功竜マシンドラグは、本物の竜の死体から作った俺の機功戦士の最高傑作だ。これでひねり潰してやる。【毒霰ガトリング】」


 毒竜ヒドラが3つの口を開き、紫の弾丸を乱射した。

 無数のあられのように降り注ぐ毒の弾丸だ。

 威力はもちろん、毒性もかなり強そうだね。

 ティガスを避難させておいて良かった。


「ふーん……?」


 攻撃が止まると、ガルガームは不思議そうに言った。


「人間なら、一発でも食らえば即死の猛毒だ。全部避けた……ってことか」


 本当は【毒無効】のおかげ。

 何発か当たってはいたけれど、効かなかっただけだ。

 でもまあ、無駄に手の内を明かすこともない。


「まあいい。【巨毒砲キャノン】」


 毒竜ヒドラが再び口を開く。

 さっきみたいな量で押す乱射じゃないけど、今度は一撃一撃が大きい。

 これはいいね。使える。


「【収納ストレージ】!」


 私は放たれた巨大な紫色の毒弾を、アイテムボックスへとしまった。

 さらにもう一発、もう一発と撃たれる弾を収納していく。


「なっ……!?」


 私が次々に攻撃を消し去る様子に、ガルガームはカッと目を開いた。

 触れれば即死の毒に自ら手を伸ばして、無傷なばかりか消滅させるんだから驚くのも無理はない。


「……毒は効かないんだな?」


 じろりとこちらを睨むガルガーム。

 ようやく気付いたみたいだ。


「なら実力行使だ」


 その言葉と共に、毒竜ヒドラがこちらへ突進してくる。

 毒が効かないから、物理的にバラバラにしようってわけだ。

 まあそれすらも効かないんだけど……


 右から、左から、正面から毒竜ヒドラの頭が迫る。

 私は素早い動きで左右からの攻撃をかわし、正面の頭の下へともぐりこんだ。

 そして長い首に手を触れる。

 ううっ、毒の粘液ってねちょねちょ感がすごいなぁ。

 それでもダメージを受けることなく、私は毒竜ヒドラそのものを収納した。

 にわかにガルガームが慌て始める。


「人間ごときがぁ……! 機功竜マシンドラグはこれだけじゃないぞ!」


 そういえば毒竜ヒドラは壱号機って言ってた。

 それなら弐号機があるはず。

 私はさっき毒竜ヒドラが降ってきた上部を見上げる。


機功竜マシンドラグ弐号機・モデル『雷竜サンダードラグ』! 参号機・モデル『鋼竜メタルドラグ』!」


 同時に2体、大きな体が降ってくる。

 黄色の体、雷竜サンダードラグは、地面を待つことなくその口を開いた。


「【雷電一閃サンダースピア】!」


 一筋の強烈な稲妻が、私の頭頂部から足元までを高速で貫く。

 あー、【電撃無効】を取っておいて良かった。

 無傷無傷。死なない死なない。


「【鋼体直降デスプレス】!」


 安心したのも束の間。

 鋼竜メタルドラグの方はといえば、自らの硬さと重さで潰しにきた。

 あえなく、私は巨体の下敷きになる。


「ふぐっ……!」


 痛くはないし怪我もしないんだけど、すっぽり完全に乗っかられたせいで息ができない。


「死んだかぁ!?」


 ガルガームの声が響く。

 バカ言っちゃいけないよ。


「うおえーい!(【収納ストレージ】!)」


 私は覆いかぶさる鋼竜メタルドラグを収納して脱出する。

 そこへ襲ったのは雷竜サンダードラグの一撃。

 それもまたアイテムボックスにしまうと、本体の足を掴んだ。


「【収納ストレージ】!」


 機功竜マシンドラグ3体。

 その全てを失い、ガルガームは忌々し気にこちらをみる。

 しかし、その体はわずかに震えていた。


「さてと」


 私は鋭い視線と共に、一歩前に出た。


「血をもらうよ」


「くそっ……!」


 ガルガームは戦うのではなく、逃亡を選択した。

 洞窟の天井を突き破り、地上へと向かう。

 さては、戦いに自信がないんだな?

 だから機功戦士や機功竜マシンドラグに、戦闘を任せて自分は高みの見物をしていたんだ。


「ん?」


 ガルガームが飛び上がった衝撃で、カランカランと何かが転がり落ちてきた。

 これは……機功竜マシンドラグの操作盤だ!

 しかもご丁寧に、どこをどうすれば動かせるのかが書いてある。

 これはしめたっ!


「逃がさない! 【解放リリース】! 噛み付けぇ!」


 さっき収納したばかりの雷竜サンダードラグに、ガルガームの尾へと噛みつかせる。

 そして私自身は、雷竜サンダードラグの尻尾に掴まった。

 振り落とされないよう必死になりながら、ガルガームに続いて地上に飛び出す。


「痛えなぁ!」


 ガルガームは強引に尾を振り回し、雷竜サンダードラグを払いのける。

 崖に激突した黄色の機功竜マシンドラグを、私は再び収納した。


「なぜ生きていられる……! なぜ毒も雷も重さも効かない!?」


「効かないよ。無効なんだから」


 何事だと、洞窟から次々に人が出てきた。

 そしてガルガームを見ては、中へと引っ込み入口から様子をうかがっている。

 みんな、奴隷として連れてこられた人たちみたいだ。

 思ったよりも多いな。

 でも複雑な地下王宮を作るためには、これくらいは必要なのかもしれない。


「悪いけど、手加減するつもりはないから」


 私はガルガームに一歩一歩近づいていく。

 向こうの方も、大口を開けて牙をのぞかせた。

 逃亡に失敗した今、最後の悪あがきってところだろう。


「【竜頭炎射フレイムスロワー】!」


 ガルガームが放った炎の柱が、こちらへ一直線に伸びてくる。

 自分で火を噴いたんじゃない。

 火炎放射器みたいなものを、口の中に仕込んでいたみたいだ。

 さすがは機功の竜ってところだね。


「燃え尽きろぉぉぉぉ!!」


 ガルガームの咆哮と共に、火の勢いが一層強まり私を吞み込んだ。


「やばい!」

「お嬢ちゃん!」

「ミオォォォォォン!!」


 洞窟の奴隷たちから心配する声が飛ぶ。

 私の名前を知ってるってことは、ガン、グル、ギアもこれを見ているんだね。


「【合成シンセシス】」


 豪炎の中で、私は静かに呟く。

収納ストレージ】に【解放リリース】、【解体ディセクション】や【増幅アンプリフィケーション】に次ぐ第五の機能。

 アイテムボックスの中に入っているものを掛け合わせる【合成シンセシス】だ。

 ゲームでは、アイテムを作るのにずいぶん役立った。

 今回合成するのは収納しておいた攻撃たちだ。

 サラマンダーの毒炎、毒竜ヒドラの毒弾、雷竜サンダードラグの雷撃。

 そして……


「【収納ストレージ】。【合成シンセシス】」


 ガルガームの炎もまた、収納して合成した。


「た、立ってる……」

「おいおい。焦げ一つついてないぞ!」

「ミオンって何者なんだ……」


 どよめくギャラリーの奴隷たち。

 渾身の攻撃をもってしても私を倒せなかったガルガームは、ぶるっと体を震わせた。


「【増幅アンプリフィケーション】」


 私はガルガームに向けて、すっと右手を伸ばした。


 ティガスの戦いを。

 フェンリアの苦しみを。

 ニナの強がりを。


 全てを終わらせる時だ。


「【解放リリース】」


 かざした右手の先に現れたのは、収納してあった攻撃を全て合成して増幅した最強の一撃。


「【炎毒雷竜啼落エンドラグナロク】!!!」


 炎も毒も雷も全てが混ざり合った柱状の攻撃が、ガルガームの腹部を貫く。


「ガアアアアアアアア!!!!!!」


 断末魔の咆哮をあげて、ガルガームは地面に崩れ落ちた。

 そしてもう、ピクリとも動かない。

 巨体が倒れた衝撃で舞った土埃が晴れて数秒後。

 奴隷として働かされてきたみんなが歓声を上げた。


「ガルガームが死んだぁぁぁぁ!」

「やったぞ! 解放だ!」

「こんなことが起きるなんて!」

「信じられないけど現実だ!」


 私はガルガームの死体へ近づくと、丁寧に血を採取した。

 これがあれば、フェンリアの病気を治すことができる。


「みんな!」


 私は振り返って、歓喜に沸く元奴隷たちに声を掛けた。


「ここから出たいでしょ?」


「うおおおお!」


 男たちが歓声を上げる。

 絶壁に囲まれた深い谷底。

 さて、脱出方法は……


「【解放リリース】!」


 私は2体の機功竜マシンドラグ雷竜サンダードラグ鋼竜メタルドラグを取り出した。

 操作盤があるし、これに乗って脱出するとしよう。

 毒竜ヒドラには、みんなを乗せられないね。

 触った瞬間に即死だ。


 新たな竜の出現に驚いた元奴隷たちも、「機功竜マシンドラグか」と落ち着きを取り戻した。

 この竜たちは有名だったみたいだ。

 それにしても、なかなかいい武器を手に入れたよ。


「二手に分かれて竜の背に乗って!」


 巨大な体のおかげで、谷底にいた全員が乗り切ることができた。


「漏れた人はいない?」


 私は後ろで鋼竜メタルドラグの背にしがみつくガンに尋ねた。


「ちゃんとそろってる。誰も置き去りはいないぜ」


「よーし!」


 私はわずかにのぞく空を見上げると、2体の機功竜マシンドラグを飛び上がらせた。

 一目散に、崖の上へと飛び上がっていく。


「行くよ~! 脱出だぁ!」


 一刻も早く、村に帰ってニナを安心させないとね。

 そして竜の血をしっかり届ける。

 お父さんという最高のプレゼントと一緒に。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る