第7話 ティガスの真実

 一夜明け、お昼くらいになって谷の上部へと到着した。

 竜がいるというのは谷底。

 かなりの深さがあるようで、谷底は暗く様子はほとんどうかがえない。

 ただ、時おり地鳴りのような音がしていて、振動が私の立っている場所まで伝わってきていた。


「よし、行くか」


 【落下無効】を盾に、私は深い谷底へと飛び降りる。

 数秒間の自由落下の後、両足で地面に着地した。

 普通は全身の骨が粉砕されてるところだね。

 偉大なり、【落下無効】。


 谷底は太陽の光が十分に届かず、かなり薄暗い。

 竜はどこにいるんだろ……。

 取りあえず歩いてみるか。


 特にあてもなく進んでいると、ぽっかりと口を開けた洞窟を見つけた。

 そこまで大きなものじゃない。

 勝手なイメージだけど、大人の竜のサイズじゃ入れなそうだね。

 でも何か手掛かりがあるかもしれないので入ってみる。


「うーん、真っ暗」


 さすがに洞窟の中ともなれば、太陽の光が全く入らず真っ暗だ。

 夜目を活かして歩いていると、奥から話し声が聞こえてきた。

 複数の人間がいるらしい。

 敵か味方か、足音を殺して慎重に近づく。


 洞窟の行き止まりにいたのは、3人の男だった。

 全員、ぼろぼろの服を着ていて、顔は土埃で汚れている。

 まだ私には気付いていないみたいだ。


「こんにちは」


 私が声を掛けると、男たちは驚いてその場から飛びのいた。

 そしてツルハシやらハンマーやら、手元にあった工具をこちらに向けて構える。


「だ、誰だっ!」


「おっと安心して。私は今のところ、あなたたちに危害を加えるつもりはないから」


「ん、あ、人間じゃねえか……。それも女だ」


 男たちは私の姿を認識して、構えていた工具を降ろした。

 そして地面に腰を下ろす。


「あんた、名前は?」


「ミオンだよ。みんなは?」


「俺はガン」


「俺はグル」


「俺はギア。みんなここで働いてんだ」


「ガンにグルにギアね。ちょっと教えてほしいことがあるんだけど」


「おう。何でも聞いてくれ。さらわれ者同士、お互いに助け合っていこう」


「さらわれ者?」


 私が首を傾げると、男たちもまたきょとんとした。


「お嬢ちゃん、さらわれてきたんじゃねえのか?」


「違うよ」


「じゃあどうやって来た?」


「どうやってって……自分の意思で来たんだけど」


 私の返答に、男たちはますますきょとんとする。

 ガンが言った。


「バカなこと言うんじゃねえ。ここは深い深い谷底だぞ? それも四方八方を崖や大岩に囲まれてんだ。自分から入ってくるのは不可能だぜ?」


「じゃあみんなはどうやって来たの?」


「さらわれたんだよ、竜に」


 竜。

 やっぱりこの近くに竜がいるんだね。

 そして彼らはここへ連れてこられて、働かされているようだ。

 竜についてグルが教えてくれる。


「竜、名前はガルガームという。このガルガームに限らず、竜は人間を見下してる。だから労働力として適当に人間をさらってきては、奴隷としてあれこれ働かせるんだ。俺らは運悪く、その奴隷に選ばれてしまったってわけだよ」


「ということは、あなたたち以外にも奴隷にされてる人たちがいるの?」


「いる。女は非力だっていうことで、みんながみんな男だけどな。俺たちはここへ来て10年になるけど、女性を見たのはミオンが初めてだ。自分から来たなんて奴も……」


 ここまで言って、グルは神妙な顔になる。

 しばらくの間の後、彼は再び話し始めた。


「自分から来た奴はミオンが初めてじゃないな。もう一人だけいた」


 私以外に竜の巣へ自ら乗り込んだ人物。

 まさか……


「それってティガスっていう人?」


 私が尋ねると、3人は驚いて目を見開いた。


「ティガスを知ってるのか!? あいつの知り合いなのか!?」


「知ってる。あなたたちも彼を知ってるんだね?」


「もちろんだ。あの高い崖を血だらけになりながら下ってきて、ガルガームに頭を下げた男だ。あまりに衝撃的だった」


 私は【落下無効】を持っているからこそ、一瞬で飛び降りることができた。

 でもティガスは、この崖を逆ロッククライミングしたらしい。

 とんでもないパワーと体力、そして精神力だ。

 想像以上に怪物級の男みたいだね。


「目的は竜血茸だよね? それで頭を下げてどうなったの?」


「竜血茸……そこまで知ってるなら、話は早いな。ティガスは自分の事情を話した。でもな、人間の妻が病気だとか、幼い娘がいるとか、竜にとってそんなことはどうでもいい。興味がないんだ。ガルガームはティガスの願いをはねつけた」


「じゃあティガスは……」


「いや、その場では死ななかったぜ。願いを断ったガルガームも、自力で谷底へたどり着いたその体力には感心したんだ。それでこんな条件を出した」


 ギアが7本の指を立てる。


「7年間、ガルガームの元で働き続ければ、血をやってもいいと言ったんだ。ティガスはその条件に同意した」


 7年間か。

 フェンリアが蛇経茸を食べてしまったのが、確か8年前のこと。

 そこからティガスが懸命に竜の巣を探し、そしてここへやってきたとすれば……


「その7年って、もうすぐ期限なんじゃない?」


「いや、もう期限は過ぎた。ちょうど昨日な」


「ていうことはティガスは竜の血を手に入れたんだね!?」


 何というタイミング。

 毒の暴走が始まったタイミングで、ティガスが竜の血を手に入れていたとは。

 入れ違いに、今ごろ彼は村に戻っているかもしれな……あれ?

 心なしか、3人の顔が暗い。


「甘いな、ミオン。さっきも言った通り、竜は人間を見下している。ガルガームは約束を破った」


「じゃあ竜の血は……」


「手に入っていないさ。だまされたと知ったティガスは最終手段に出た。ガルガームに勝負を挑んだんだ」


「結果は……?」


「さあな。昨日の時点では決着はついていなかった。恐ろしい男だぜ。劣悪な環境で7年も働き続けて、なお竜と戦えるんだからな。でもまあ、そろそろ限界だろ」


 谷の上にいた時に響いていた地鳴り、振動は、その戦いのものだったのかもしれない。

 まだ戦いが続いているなら、ティガスが生きている可能性があるなら、一刻も早くその場所に向かわないと。


「彼らはどこで戦ってるの?」


「おい正気か? 行ったところで弾き飛ばされるだけだぞ?」


「いいから早く! ティガスと奥さんの命がかかってるの!」


 私は必死に訴えかける。

 もしティガスがまだ生きていてくれたら。

 竜の血、そして父親もニナに届けることができる。

 本当に本当に、彼女が無理をして強くいようとする必要はなくなるんだ。

 少しの沈黙の後、ガンがおもむろに口を開いた。


「……分かった。場所は教える。だけど案内までは無理だ。そこは恨まないでくれ」


「それでいいから。どこなの?」


「洞窟を出て左へまっすぐ進め。そしたら右手に洞窟がいくつか出てくる。そのうち3つ目に出てきた洞窟に入るんだ。そこがガルガームの地下王宮の入口になってる」


「分かった。ありがとう」


「見張りもいるぞ。ガルガームはまたの名を“機功の竜”。奴の作った機功戦士や罠が侵入者を阻む」


「それは大事なことを聞いた。気を付けるよ」


 私が踵を返すと、背中越しにギアが尋ねた。


「ミオン、お前はティガスの家族じゃないんだろ?」


「うん。本人とは会ったこともないよ」


「じゃあなんで、そんな死にに行くようなことができる?」


「彼の奥さんと娘と約束したんだよ。絶対に助けるって。それに」


 私は振り返って笑った。


「私、絶対に死んだりしないからさ」


 私は一目散に洞窟を飛び出し、言われた通り左へ進む。

 ガン、グル、ギアの言っていた通り、文字通りの対話が通じる相手じゃない。

 残された手段は力と力の対話。ガルガームに戦って勝つことだけだ。


「もう少し粘って……死なないでね……!」


 ティガスへの願いを口にして、私は一段と加速した。

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