第二十七話 ニアとシルヴァ 五 依頼

「今回はまともに挨拶が出来なかったことへの謝罪と、依頼でございます」

「謝罪と依頼? 」


 マッチョな付き人がそう言うとニアが首を傾げ、すぐにイケメン冒険者に目を向けた。

 威嚇いかくする彼女を抑えながら「一先ず座りたまえ」とうなが着席ちゃくせき

 細身のほうは、やはりというべきかソファーに座る動きがなめらかで貴族ぜんとしている。

 これで彼は隠しているつもりだろうか?

 いやボクも人の事は言えないのだが。


「まず……。本日初対面にもかかわらずあのような態度をとってしまい申し訳ありませんでした。心よりおおわび申し上げます」


 屈強くっきょうな御付きがそう言うと「申し訳ありません」と細身冒険者ことシルヴァが頭を下げる。


 これは意外だ。

 軽く目を開き、すぐに戻す。

 てっきり頭を下げないとばかり思っていたのだが……。もしかすると彼の、どこか敵意てきいのようなものはニアにのみ向けられているのかもしれないな。


「こちらこそバトラーとニアが申し訳ない。バトラーはどうもボクに関わる者に対して好戦的でね。これを過保護と呼ぶのか、愛情と呼ぶのか、はたまた他の何か名称があるのかわからないけれども……まぁ失礼な事をしたのはこちらも事実。おたがい様だ」

「そう言っていただけるとさいわいです」

「してエラルド殿。確か以前にお会いしたことがあると思うのだが……」

「ええ。やかたで」


 彼も覚えていたか。

 まぁ夜中に子爵邸に飛び込む不審者ことSランク冒険者なんて忘れようにも忘れられないだろうからね。

 印象的だったんだろう。


「しかしエラルド殿。一つおうかがいしたいのだが……」

「何でございましょうか? 」

「この二人は接点せってんがあったのかい? 」


 ボクがそう言うと金色の瞳をボクから外して青く短い髪を少しらしながら隣を見た。

 そこには目で威嚇いかくし合う二人の姿が。


「……私が知る限り、ニア殿とシルヴァさ……シルヴァが会ったような覚えはありませんね」

「ならば初対面、いや二度目、ということか」

「そうなります。しかし何故ここまで……」


 そう言い今にも喧嘩けんかに発展しそうな二人を見つつ観察する。

 このまま放置したらそれはそれで面白いことになりそうなのだが、さてどうしたものやら。


「バトラー。どうしたらいいと思うかい? 」


 そう言うとソファーの後ろから声が聞こえる。


「……物理的にどう、という話ではなさそうなので放置でいいのでは? 」

「ふむ。それも良い……が。まぁボクとしては軽くここらへんで喧嘩けんかをしてくれたらそれはそれで面白いのだがね」


 カラカラと笑いながら頭だけ後ろにやりバトラーを見上げる。


「二人共なにやら双方そうほう不満ふまんがあるようだし、いっぺん吐き出すのもいいんじゃないかと思うのだが? 」

喧嘩けんかする程なかがいい、とも言いますしね」


「「仲がいいはずがない!!! 」」


「おや、おそろいだ。面白いね、君達は。あれだけ「不仲ふなかです」という雰囲気を出しているのにこういう時声を合わせるとか。もしかして恋仲こいなかかな? 」


「「断じて違います!!! 」」


「ははは。ほ~ら。また一緒。本当に違うのかい? 」


 バトラーから視線を戻して二人を向き、少々揶揄からかう。

 すると二人共息を合わせたかのように反論した。


 ここまで息が合うとなると、「本当は幼馴染で」とか邪推じゃすいしてしまうね。

 ま、過保護に育てたであろうカーヴの事を考えると貴族子息と合わせるようなことはしていないとは思うが如何いかんせん子供。ふとした時にどこかで面識めんしきがあってもおかしくない。

 剣呑けんのんな雰囲気からもはや今にでも喧嘩けんかをしそうな感じにまでボルテージが上がっている。

 愉快ゆかい愉快ゆかい


「お、お前真似をするな……」

「このバトラーさんを狙うイケメン冒険者め! 」

「……何故いつの間に私は狙われているのでしょう? 」


 バトラーが何を言われているのかわからないような声を出し、ついに二人は口喧嘩げんかを始めた。


「さてエラルド殿。依頼とも言っていたがそっちは何かね? 」

「え? 二人を置いておくのですか? 」


 ボク達の近くでは壮絶そうぜつな口喧嘩げんかが行われている。

 しかも二人共誤解をしたうえで。


喧嘩けんか相手がいるというのは、恐らく君が考えているよりもずっとめぐまれていることだよ」

「しかし流石にこのままでは」


 エラルド殿はその体格に似合わず二人の、というよりも主人の子供の言動げんどうにどうしていいか狼狽うろたえている。

 豪快ごうかいな体つきをしているにもかかわらず細かいねぇ。

 ルーカス子爵からすればこういう色々なところに気が回る所が頼りになるのだろうけれども所詮しょせん子供の喧嘩けんか

 喧嘩けんかは出来るうちにしていた方が良いし、何より彼——シルヴァは権力を振りかざすタイプではないと見た。

 ならば安心してニアのストレス発散はっさん相手になってもらおうか。


「にしても……。ボクが見る限りなかが悪いというより、むしろとてもよく見えるのは気のせいだろうか? 」

「私にもそう見えますね」

「……私の口からは何とも」


 不思議なことにそれぞれの主張はことなりすれ違っている、というよりも的外れな喧嘩けんかをしているにもかかわらず意気投合いきとうごうしているようにも聞こえる。

 本人達は気付いていないようだが……。これは言わない方が良いかもしれない。

 言うことで面白い展開に発展する可能性も高いのだけれども、あえて言わない事で二人の関係がどう発展していくのか見届けるのも案外面白いかもしれない。


「さ、依頼だ、依頼。あれは放置で行こう。貴族社会というせまく息苦しい場所で過ごすことでたまった鬱憤うっぷんを吐き出す相手がいると思えばいい。犯罪に走るよりも、こうして口喧嘩げんかをしている方がよっぽど健全けんぜんだろ? 」

「確かに」


 余程真面目なのか顎に手をやり、考え、二人を見て、そしてこちらに向き直した。


「……こちらなのですが」

「剣? いや魔剣か」


 エラルド殿が腰からさやごと机の上に出した剣を見て気付く。

 さやの上からでも軽く魔力をびているのがわかる。


「私の家系は代々ルーカス子爵家に仕える騎士でございます。そして当主が受けぐ剣なのですが」

「家宝、ということかね? 」

「いえ。そのようなだいそれたものではございません。受けぐと言っても途中破損はそんして新しい物をそのあかしにすることもあるので……。家宝というよりも実用性をねた当主のあかしの様のような物と認識していただければ」

「で、これがどうしたのだい? まさか破損はそんしたから直してくれ、というわけでもないだろう? ボク達は魔技師であって鍛冶師ではない。剣自身がぽっくり行ったら流石にボクもお手上げだよ? 」

承知しょうちしております。なので今回していただきたいのは剣の――点検てんけんです」

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