第35話 カツ・レツ・キッコと言う名の冒険者

〔魔法使いキッコ視点〕

私らは少し暗い顔をして宿に返ってテーブルに着いた。

宿屋の娘が料理を運んで来る。

今日は“カツレツ”の日だった。

ウルフ肉でも、ボア肉でも揚げた肉料理を“カツレツ”と言うのは、これ如何に?

誰が付けたか知らないがそう言う事になっている。


「あっ、レツ。勝手に醤油しょうゆを掛けないでよ」

「いいだろう。俺はこれを掛けて食うのが好きなんだ」

「私はキッ○ーマンを掛けるのが嫌いなの!? 昔から共食いと言われていたのは知っているよね」

「そんなの関係ねい。売り物のキッ○ーマンを掛けた奴なんていなかっただろう。ここは使い方だ。幸せだな」

「カツもこいつを止めてよ」

「・・・・・・・・・・・・」


私の声も聞こえないのか、カツは一段と暗い儘だった。

明日で5歳になる少女に負けたからだ。

9年間、斥候スカウトとやって来た自信が砕けたと言っても良い。

その点、陽気なレツは気にしていない。


「あぁ~~~、もう私達も明日で10年目か。頑張ってきたわね」

「俺、冒険者を辞めるわ」

「カツ、今日の負けは偶然よ。あんな怪物妹弟に勝てる訳ないのよ」

「怪物くんは妹じゃないのか?」

「一時間程度で技量が追い付く妹も異常だけど、あの弟君はもっとヤバいわ」

「どうヤバいんだ?」

「カツが妹ちゃんを攻撃している間、ずっと六ツの土の魔法陣がカツを追い掛けていたのよ」

「魔力視を使ったのか?」

「えぇ、そうよ。あの魔力で土の魔法だったからアースピアスか、アースランスよ。六ツで全方位攻撃を狙っていた。発動直前で止めて、狙いを追尾させるなんて、私は1つでも出来ないからね」

「本当なら弟も化け物だな」

「本当よ。妹ちゃんには光の障壁を用意していた感じだったわ」

「ハヤト叔父さんが冒険ギルドから帰って来たら相談するか?」

「あの妹ちゃんと弟君を?」

「あぁ。あの兄貴を引き入れたら付いて来ないか」

「どうかしら?」

「・・・・・・・・・・・・」


カツ、レツ、私は戦災孤児だ。

北部の森で突然に魔物が湧いて村が滅ぼされた。

滅ぼされた近隣の村が集まって自衛団を作り、魔物と戦って騎士団が来るまで耐えた。

この闘いで生き残った戦士達を『北部英雄』と褒め讃えられた。

英雄は義勇軍を指揮して魔物らを狩り尽くすまで闘った。

隊長だった人は貴族の称号を与えられて、領都フランクで暮らしているそうだ。

私達を引き取ってくれたハヤト叔父さんも英雄の一人だ。


カツとレツはハヤト叔父さんに剣を習った。

私は魔法使いの才能があった。

平民で有りながら火と風の属性が使えるのは珍しいそうだ。

次世代の英雄の卵などと持ち上げられた。

私らも満更でなかった。

その気になっていたが活躍の場がないのが悔しかったのだ。

すでに北部の魔物は根絶やしにされた。

でも、カイ叔父さんだけは違った。


「確かに北部に強い魔物はいない。お前らでは物足りないだろう。川を渡れば、魔物は多いぞ。北の辺境では魔物の多さに開発が遅れている。もっと強くなれ」


私に魔術書をくれたのもカイ叔父さんだ。

私らは期待されていた。

違った。

期待されていると勘違いしていた。

9年前、成人間近にカイ叔父さんが私らを冒険者パーティーに誘ってきた。

以前の冒険者パーティーを解散し、エクシティウムに新しい拠点を移したいそうだ。


「エクシティウムの先代領主が亡くなった。先代は保守的な領主だったが、新しい領主は先進的だ。東に砦を二つほど建造し、東の街道の安全を図るようだ。その為に冒険者を求めている。ハヤト、躍進の時が来た。力を貸せ」

「カイ。夢を見るは止めておけ。北部の警備だけで食って行ける。この子らも警備隊に入れる事が決まっている。唆すかな」

「ここで終わっていいのか? こいつらがいれば、領主のお抱えになれる。東の街道の護衛冒険者パーティーになるのも夢ではない。ほとんど確定だ」


カイとレツがその気になった。

私もどこまで通用するか試して見たかった。

こうして冒険者パーティー『木馬』が結成された。

カイ叔父さんが言っていた通り、私らはエクシティウムの討伐隊に冒険者として参加し、名前を売る事に成功した。

辺境のエクシティウムはならず者が多く、統率が取れない冒険者パーティーばかりだった。

私らは討伐隊の隊長から重宝され、冒険者を束ねる部隊長を任されるまでになれた。

二つの砦が完成し、東の街道の安全が確保されれば、間違いなく領軍から雇われただろう。

去々年、カイ叔父さんが冒険者パーティーから離脱する事を宣言した。


「このエクシティウムはもう終わりだ」

「カイ叔父さん?」

「結局、砦が完成しない。東の街道の安全が確保できないので商隊を拡充する予定もない。ずっと臨時で雇われるだけだ」


カイ叔父さんは領主が砦の建造を諦めたと言う。

平原に巣にするアーマーアントの撲滅が出来ず、平原の確保が進まないからだ。


「ははは、進まないのでない。後退している。この5年でアーマーアントの支配地が倍に膨れ上がった。今では砦の建設予定地に食料を運ぶ事に苦労している。いずれは砦を放棄して、東の街道を南にズラす事になる。もう終わりだ」

「何とか対策を打てば」

「誰がだ。領主もできない状態だ。そもそもお前に責任がある。風の魔法ばかり頼って、火の魔法が上達していない。ダブルタックを会得すれば、アーマーアントを各個撃破も可能だったかもしれん」

「すみません」

「まぁ、いいさ。もう済んだ事だ。後は好きにやれ」


ダブルタックとは、2つの魔法を同時に扱う魔法の裏技だ。

火と風は相性が良く、同時に使えれば、威力が数段上がる。

判っているが、2つの詠唱を同時にするのは難しい。

それが出来れば、私は魔法使いではなく、魔術士と呼ばれている。

独学の限界を感じた。

初等科に通えば、もしかしたら、そう思ったが、寂れた漁村では学校へ通うお金を出してくれる人はいなかった。

カイ叔父さんも魔術書を買ってくるのが精一杯だった。

カイ叔父さんは私らに見切りを付けてパーティーを抜けた。

盾役のハヤト叔父さんがリーダーに変わった。


ハヤト叔父さんはゆっくり成長すればいいと言ってくれた。

私達は冒険者として生きて行ける。

去年は月末に臨時の仕事が入るようになった。

簡単な仕事で野菜のお土産が貰え、冒険ギルドから宿屋の割引券が貰えた。

宿屋を替えて当りだった。

高価な油料理が普通に出てくる宿屋は他にない。

泊まり賃が3割ほど高くなったが、料理の値段を引くと5割ほど安い気がする。

私達はまだまだヤレると思っていた。


「凄い奴らは始めから凄いんだ。俺達は違った。それだけだ」


カツの落ち込むが深刻だ。

今日も戦士のレツはいつものように子供に剣の練習を教えていた。

昔のレツを見るような筋の良い子だ。

この一年で見違えるほど強くなった。

只、まだ5歳なので体が出来ていないのが残念だった。

2年後なら、我がパーティーに誘いたい逸材だ。


カイ叔父さんの穴が埋まれば、再び平原を目指す事が出来る。

2年後を楽しみにレツがシュタニー君を鍛えていた。

だが、この作業が最後となると、普通に会えなくなる。

今後はどう誘うかと考えていた。

最後に声を掛けるつもりだったのだ。

レツも今日は長めの練習を続け、教えられる技を伝えているように見えた。


「まだまだ、今日こそ勝つ」

「おいおい、一年くらいで追い付かれるようなら冒険者なんて止めているぞ」

「それでも勝つ」


シュタニー君は根性があった。

まるでレツより強い人を知っているかのように、レツを恐れずに飛び込んでいた。


『小僧、良く見ておけ。これが気当りだ』


ぶんっとレツが木刀を振り降ろすと見えない透明な剣の一筋がシュタニー君を吹き飛ばした。

レツは流しに、ぶち当たり、そして、気の運用まで教える。

この3つが使えれば、一流の戦士だ。

だが、思わぬ所から流れは変わった。

ハヤト叔父さんがレツの技を見て驚かない弟君に興味を示した。


「坊主は驚かんのか?」

「気を飛ばすのを始めて見ました」

「ほぉ、見えていたか」


紹介された時は3歳だった。

明日から4歳になる稚児が見えるモノだろうか?

兄さんのシュタニー君だってかなりの逸材だ。

レツまで興味が湧いたようだった。


「坊主。お前もやって見ないか?」

「止めておきます」

「そうか」

「待て、待て。この坊主はお前の技が見えていおるぞ」

「まさか!?」

「はっきりと見ておった。兄貴より強いんじゃないか」

「いいえ、三回に一度しか勝てません」

「それは凄い」


ハヤト叔父さんも察した。

この子が現場指揮者に昇格したのも異常だけれども、3割もシュタニー君から勝っていると言ったのよ。

年を考えれば、互角以上の成果だ。


「ちょっと。今鼻で笑ったわね」

「すまない。笑ったつもりはない。微笑ましい兄弟だと思っただけだ」

「ア~ル。本気なら簡単に勝てるでしょう。やってしまいなさい」

「姉さん。剣では敵いません」

「・・・・・・・・・・・・判ったわ。じゃあ、私が相手よ。ア~ルは私より強いんだから」


妹ちゃんが意味を察して、自分が出ると言い出した。

シュタニー君から木刀を預かって対峙すると、一閃で飛びかかった。

速い!

この動きは子供じゃない。


「この年で気も使えるのか。大したモノだ」


ハヤト叔父さんは小さく呟く。

1つ下の妹ちゃんよね。

暇を持て余していた他の冒険者が寄って来て賭けが始まった。


「お嬢ちゃんが三撃当たるのに銀貨1枚だ」

「俺は5発だ」

「レツがやり手だ。一発しか入らん」


妹ちゃんが何撃当たるかで賭け金が上がって行く。

妹ちゃんは一発撃つ毎に鋭さが増して行く。

シュタニー君のような直線的な攻撃ではなく、左右に回って、上下段も関係なく、自由自在に攻撃を放ってくる。

レツは完全に防戦一方だ。


「レツは何を遊んでいる?」


カツが呟く。

確かに剣技を放てば、妹ちゃんに勝てるだろう。

でも、それでは大怪我だ。


「レツは怪我をさせないように気を使っているのよ」

「子供だろうが関係ない。叩かれて強くなるんだ。舐められた終わりだ」

「確かに冒険者を目指している子ならそうよ。でも、あの子は違う」

「関係ない」


カイ叔父さんに見捨てられてからカツはずっと荒れていた。

同じ斥候スカウトだから憧れていた。

平原に戻れないのは、カイ叔父さんほど強くないのだと自分を責めていた。

ハヤト叔父さんは同じ斥候スカウトでも体格も持っている技も違うので、同じように強くなれないのは当たり前だと忠告する。

カツはカイ叔父さんほど強くないが速さがある。

速さを極めて行けとハヤト叔父さんは言うが、カツは強さを求めていた。

最近、カツの目が据わってちょっと危ないと思っていた。


「ヤル気がないなら俺と変われ」

「むしろ、楽しくなって来ているぞ」

「なら、グダグダやるな。こんなガキに防戦一方とかないだろう」

「このお嬢ちゃんはかなり出来る」

「何で反撃しないんだ?」

「そうよ。反撃しなさい」

「ほらぁ、このお嬢ちゃんもそう言っているぞ」

「反撃しなかったのではない。出来なかったのだ」

「なら、俺が代わってやるよ」

「駄目だ」


二人が言い争っていたが、妹ちゃんは「私は二人一遍でもいいわよ」と挑発した。

レツが降りて、カツに相手が代わった。

カツは容赦なく、妹ちゃんを襲った。

えっ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?

足下に魔力の光が見えた。

無詠唱で魔法視を起動して確認した。

魔法視は魔力を可視する魔法で魔物を探すのに便利なのだ。

カツの足下に6つの魔法陣が見えた。

妹ちゃんの足下にも1つ。

弟君が口の前に人差し指を立て黙って欲しいと合図を送って来た。

私は黙った。


結局、弟君の魔法が使われる事はなかった。

カツの攻撃を妹ちゃんが紙一重で躱した。

圧倒的な力量の差で追い詰めようとしたが届かなかった。

躱す毎に体の使いから上達し、もう最初とは別人のような動きになっていった。

一時間ほどで追い付かれた。


「ダブルスラッシュで間違いないわね」

「これが陽炎であったいるわね」

「これが空蝉か、難しい」

「ダブルステップに背後攻撃」

「あれぇ、避けた。今の技をもう一度見せて!」


カツの9年間の動きをすべて盗み、スキルも模倣してしまった。

レツの動きを模倣しないのは体格が違い過ぎ、闘い方が戦士向き出ない為だろう。

でも、レツの“流し”と“見切り”と“気打ち”もきっちりと体得していた。


「俺が負けるなど・・・・・・・・・・・・」

「甘い」


突き出した木刀を半身で避けると、腕を引っ張ってバランスを崩し、出した足を見事に払って宙返りさせて背中から落とすと、木刀を鼻先に向けた。

勝負あった。

妹ちゃんがカツにあっさりと勝った。

圧倒的な才能差を感じた。

弟君も最後の方は余裕があったのか、ハヤト叔父さんにゴブリンと比べて、カツとレツがどれくらい強いかを聞いていた。


「そうさな。一匹、二匹程度なら軽く勝てるだろう。群れは無理だ」

「なるほど、ありがとうございました」


あの妹弟がいるなら、今すぐでも平原に出て行けるような気がした。

カツが冒険者を辞めると言わせるほど心を打ち砕いた。

カツはそれから一ヶ月近くも宿に引き籠もった。

ちょっと困った。


三人で森に出るのは危険だ。

行きは良いが、帰りは誰かが獲物を持つ事になる。

私の体力では持てる荷など知れていた。

薬草刈りが精々だった。

あとは日雇いで働いたが、一ヶ月で宿賃が乏しくなった。


「辞めたいなら辞めていいわ。その代わり、全員の船賃が貯まるまで手伝いなさい」


まだ、落ち込んでいるカツを連れ出した。

森に連れ出すと、勝ち気なカツが羊のように大人しく指示に従うようになっていた。

辞めると言いながら決断が付かない。

優柔不断なカツらしい。


「ゴブリンが多くない?」

「普通だろう」

「・・・・・・・・・・・・(気にするほどではない)」

「気を付けて狩りを続けよう」


一先ず、パーティー崩壊は凌げたようだ。

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