第31話 私は不倫なんてしていない。

〔アルフィン担当官ティンク・フォン・リトルス男爵夫人の視点〕

王都の高等科を卒業して早8年。

法衣貴族だった夫と結婚して地元に戻り、人材発掘課に配属された。

転生係は人気がないので担当になれた。

ヤッホー!

何て、そんな風に意気込んだ時期もありました。

高等科で異世界文学に填まった私は新しい異世界文学を求めて人材発掘課を希望したのに来る日も来る日も受付に座る日々を過ごした。

転生者なんて100人に一人しかいない。

その内、残されるのは10人に一人だった。

3万人の城壁町では毎年300人の赤子が生まれるが、ぶっちゃけ3年の一人しか転生者の担当官は必要とされなかった。

もちろん、私に声が掛かる事はなかった。


「今日の作業の方ですね。ここにお名前は書けますか? 書けないならば、私が代筆致します」

「書けねぃから。代筆をお願いする」

「では、お名前とお住まいも言って下さい」

こんなハズじゃなかったのに、とほほほ。


 ◇◇◇


年が明けると係長に呼ばれた。

2年前に二等士官から一等士官に上がったばかりだ。

次の昇進には3年はある。

異世界転生者の担当になるという夢を果たせずに別の係に転属は嫌だなぉ。

私の他に先輩の准士官と1年後輩も呼ばれていた。


「去年は転生者が非常に豊作な年だった。君達には転生者の担当者になって貰う。準備を始めるように」

「私ですか?」

「嫌かね」

「むしろ、嬉しいです」

「宜しい。すでに承知しているだろうが、今年付けで部下二人が総務課と外交課に抜かれた。我が人材発掘課は人材を発掘する場であって新人を教育する課ではないが、実際はそうなっている。人材不足だ。通常の業務を行ないつつ、転生者の管理も行なって貰う。そう心得てくれ」


ヤッター!

私の番が回って来た。

人材発掘課は毎年1人が配属されるかも怪しい仕事場だ。

我が課は他の課の下請けのような仕事を引き受けて、その場を利用して有能な人材を発掘している。

他の課からすれば、常に手伝いをしているので即戦力として使える人材がいる課なのだ。


私も生活福祉課の手伝いをして、そこの係長から誘いがあった。

もちろん、私は断った。

私はまだ生の異世界文学に触れていない。

でも、人事を決めるのは私じゃなく、人事課だ。

係長に呼ばれて諦めかけていた。

なぜならば、転生係に去年に続けて、今年も新人が入って来ていた。

二人引き抜かれたが、それでも我が係は8人だったからだ。

他の係が6人で回している。

暇な転生係の人数が多いのは可怪しい。


「ふん、それはない。去年は3人も転生者が発見された。人手不足になる事が判っている我が係から引き抜く事はできない」

「二人、引き抜かれていますが?」

「アレは本人らの希望だ。人事課主体ではない。人事課もそれを見越しての増員だ」

「意味が判りません」

「二人は転生者の担当になると知って逃げたさ」

「へぇ?」

「君も知っているだろう。転生者が起こした問題は担当官が責任を負う。今回は領主の一族と下層民と農奴だ。どれを担当しても厄介事に巻き込まれる」

「いやいや、私は転生者が3人も誕生しているなんて聞いていません」

「当然だ。全体会議に出席できない者が知る情報ではない」

「ですよね」

「だが、気にしているなら、資財調達課に魔法具の台数を確認すれば、数を知る事くらいはっできるぞ」

「それは気が付きませんでした」


准士官の先輩が色々と教えてくれた。

課の全体会議は准士官以上でないと出席できない。

そこで得た情報を漏らす馬鹿もいない。

転属を願い出た二人は領地一族の馬鹿が問題を起こして責任を取らされたくないので逃げたそうだ。

確かに、下級士官が最上級の貴族である領主様に意見するなど恐れ多い。

だが、准士官の先輩はこれを機会に領主に顔を覚えて貰い、立身出世の足掛かりにすると待望を述べる。

実に頼もしい。

本来ならば、熟練の3人が転生者に手を取られるので、係長と新人のみで転生係を回す予定だった。

だが、二人が抜けて、私らが担当と新人らを教育しつつ通常業務を熟す予定に変わった。

忙しそうで嫌だなぁ。


 ◇◇◇


異世界転写の君に心を弾ませて仕事に打ち込んだ。

打ち込んだ。

打ち込んだ?

春が過ぎ、夏が過ぎようとしても顔合わせの予定が入らなかった。

私の担当は第6区の下層民シュド・パウパーの子でアルフィンと呼ばれる異世界転生者だ。

始めての担当が異世界人と聞いて胸が弾んだ。

第一印象は大切だよね。

お土産はいるかな?

どんな子だろうか?

遅い。

後輩ちゃんは春の内に顔合わせを終えた。

先輩も夏に領主と謁見して紹介された。

私はまだだった。

そして、秋になってやっと会えた。


 ◇◇◇


ウチのアル君は凄いのです。

ロッドを使わずに私と同程度の旋風の魔法が使えた。

私は水属性ですけど。

しかも、あの不遇の未完作『マリかの』の続編を書ける転生者だった。

ヤッホー!

天は私に味方した。

神に感謝を。


何?

アル君は凄過ぎた。

空き地で菜の花畑を作りたいと言うので開発課と相談して、無償で草刈りをするのを条件で利用を認めて貰った。

以前、お世話になった担当者が橋渡しをして助かりました。

現在の居住区には空き家が多く、拡張計画が頓挫しており、空き地の儘で放置されていた。

空き地は見渡す限り、雑草が生い茂る状況が続いていた。

草刈りの予算も付かない。


そこに草刈りをしてくると言う子供が現れた。

草刈りをして貰えるだけで開発課は助かる。

居住区の家庭菜園として利用して貰っても構わないと許可を貰った・・・・・・・・・・・・えっ、これって家庭菜園なの?

私が視察に行った時は、広大な菜の花畑と立派な菜園が完成しつつあった。

アル君曰く、予定の八分の一も進んでいない。

どこまで増やす気なのよ?


水の魔法で水まき、風の魔法で草刈り、土の魔法の開墾?


規模が可怪しい。

子供の遊びで終わらない規模だった。

私は控えめに報告書を書いたら大騒ぎだ。

魔法省外局人材発掘課の課長がやって来て尋問を受け、本当に魔人の容疑の命令書が届いて、アル君の家に同行され、帰り際に恫喝された。

密かに暗殺とか何ですか?


しばらく平穏に写本が進んで喜んでいると、突然にシスター長が役所に乗り込んで来て、アル君の作業を確認すると、私を非難した。

どうして教会と揉めているんですか?

空き地の責任者である開発課の課長と私の上司でさる人材発掘課の課長が対応し、シスター長に説明するが、信じられない言葉が飛び交った。


「王都の課長の命令で、便宜を図る必要もあるのです」

「そのような言葉で騙されません」

「実は、彼女は愛人なのです。どうか我々の立場も・・・・・・・・・・・・」


うまぁぁぁぁぁ、シスターは役所中に聞こえるような大声で私を『愛人ですって』と何度も名指しで叫んだ。

私は愛人のレッテルを貼られた。

違います。

何度言っても信じて貰えない。

どうして?


結局、アル君は教会に油を寄付する事で役所と教会の関係を修復した。

でも、私の名誉は戻らない。

夫にも知れて、ギクシャクしていた。

針のムシロだ。

王都の課長であるリーライハン・ビルムがやって来て、夫に秘密を暴露して協力を得る事が出来た。


「あのリーライハン様。本当に妻と・・・・・・・・・・・・」

「私はこれでも色気があって、巨乳の上、尻が大きい女性を好む。彼女は女に見えん。それに比べて我が妻は美しい。乳も尻もデカい。色気が少し足らんのが不満だが、伯爵様の顔を潰すような愛人など作れるモノか」

「確かに妻は貧乳で尻も小さいですが、そこまで言う必要はないでしょう」

「事実だ。顔も美人とも言えんし。異世界文学などという奇妙なジャンルに填まる変人に興味はない」

「確かに変人ですが、可愛い所もあるのです」


夫に変人と言われてしまった。

アル君の秘密を共有したので、何かあった場合は夫も暗殺の対象になると脅された。

この課長様は何気に性格が悪い。


「今度、君乃初等科に入学する子供に魔力循環を1日中させるように指導しろ」

「それは重要秘密ですよね」

「占い師が言ったとでも言え。実際に魔力が増えるかが問題だ。俺の息子らにもするように命じたが、もうすぐ成人なので効果は期待できない。情報は少しでも多いほど良い」

「息子を巻き込まないで下さい」

「お主に協力を求めた時点で対象者の一人だ。黙って協力した方が良い。それとも局長のお願い状を貰って来てやろうか?」


王都の局長の命令書なんて絶対に欲しくなかった。

魔力循環で実際に魔力が増えるかどうかは、関係者と課長様の部下のみで実験するそうだ。

私ではなく、我が家も関係者にされてしまった。

転生者の担当になると、面倒事が増えると言われていたが本当だった。

誰も教えてくれなかった。


翌日から行政府の副長官との面接、領主館で執事との密会、テロが遭ったと噂される現場を領軍の軍団長の案内で視察などを行なった。

何故か、ずっと私の同行を求められた。


「なるほど、よく判った」

「何が判ったのですか?」

「判らんと言う事が判った」


この課長様はよく判らない人だ。

でも、何かを企んでいた。

それだけは判った。


「では、最後に教会に金貨50枚を寄付に行く」

「金貨50枚ですか?

「少ないか? では、100枚にしよう」


私の月給は金貨2枚だ。

金銭感覚が可笑しくなりそうだ。

そう言えば、アル君に魔法陣を10個も記録できる魔術具を上げていた。

あれも金貨100枚は入りそうな奴だ。


「では、先に役所に帰っておきます」

「何を言っている。お前の顔見せ料だ。お前が付いて来なければ意味がないだろう」

「わ・た・し・の?」

「司祭は顔を出さないだろうが幹部が挨拶に来る。しっかりと顔を覚えて貰え。俺の名代だ」

「えっ、まさか!?」

「やっと気が付いたか。行政府、領主、領軍、教会だ。誰が俺の名代かをハッキリさせる為に同行させた。これからは王都と繋がりたい奴らが繋ぎを入れてくるぞ。しっかりと連絡しろ」


ひぇ~~~~!

何か、凄い事を言った。

王都の課長って、行政副長官か、領軍団長の次に偉い人ですよ。

一方、私は下級一等士官ですよ。


「あははは、これから子爵くらいなら頭を下げてくるな」


目眩がしてきました。


 ◇◇◇


翌日から通常の業務を再開し、生まれた赤子の調査を行なう。

当然のように同行を求められた。

周りの目が痛い。

調査は非常にスムーズで機械的に終えて行く。

魔法具を付ける者はいなかった。


「こんなモノだ。当りなど滅多にない。転生者は3人いたが、すべて農民で対象外だ」

「農民はダメですか?」

「使い物にならん。育てるだけ意味がなかった」

「なかった? ないではなく、なかったですか?」

「坊主が言っていた事が事実ならば、貴族で財力に余裕があるならば、魔力を増やす為に転生者は色々と都合がいい条件がある」

「条件とは?」

「0歳から自我がある転生者と3~4歳まで自我がない子供とどちらが魔法を習得できると思う?」

「転生者ですか?」

「何故、首を捻る。答えは1つだろう。坊主のような王族クラスの魔力量を持つ奴が一気に増える」

「大変じゃないですか」

「だから、世界がひっくり返ると以前も言った」


課長様は通常業務を終えると、アル君に会いに行った。

まず、テロの犯人をアル君と決めつけた。

判らなって言っていたよね?

アル君も知らないと答えていたが、課長様は意味深い返事を返した。

やっぱりアル君が犯人なの?

そして、教会の件でアル君が優秀だと褒めてから脅した。

優秀故に起るトラブルを忠告し、初等科の飛び級制度を利用して、1日も早く仮成人をする事を薦めた。

課長様もアル君には親切だ。

最後に商業区のとある高級料理店に誘わないでくれると嬉しかった。


「この店は止めて下さい」

「ここの料理が不味いか?」

「料理は美味しいですが、不倫者が良く使るお店です」

「玄関まで馬車で入るので顔を見られる心配はない」

「馬車で特定されていますよ」

「不倫は公然の秘密だ。こういう店を使わないと逆に怪しまれる」

「私の名誉が・・・・・・・・・・・・」

「名誉を守って死にたいか?」


課長様はすぐに脅してくる。

今度は私だけでなく、夫と子供、さらに実母まで対象が広がったと平気で言う。

私には容赦がない。

アル君のような優しさが欲しい。


「俺が坊主に優しいと思うのか?」

「違いますか? アル君がテロの犯人ですよね」

「知らん。カマを掛けたがボロを出さなかった。坊主なら可能だという疑惑は解けていないが、証拠も確信もない。だが、あぁ言っておけば、疑っているぞと聞こえるだろう」

「意味が判りません」

「無関係ならば、無関係でも疑われると学び。関係があれば、バレたと思う。どちらでも俺に損はない」

「何ですか? 卑怯じゃないですか?」

「駆け引きと言ってくれ」

「言葉はきつかったですが、親切に導いているように思えたのに・・・・・・・・・・・・」

「あははは、嘘は言っていない。嘘を言えば、バレた時に信頼を失う。だから、俺は嘘は言わん。但し、真実を言っているとは限らない」

「どういう意味ですか?」

「ふふふ、一日でも早く王都に呼ぶ為に焚き付けた。実に都合良かった。教会と揉めてくれたので小細工をせずに済んだ。最高の結果だ」


行政府と領主を取り込むは予定通りだったそうだ。

アル君が問題を起こさなくとも課長様が仕込んで問題を起こし、行政府と領主がアル君を欲するように仕向ける予定だった。


「坊主を確実に確保したいが魔法省のみでは難しい。領主を後ろ盾にして、魔法省と密約を結ぶ方が楽で良い」

「自己の利益ですか。人で無しですね」

「自己の利益ではない。魔法省の利益だ。それに飛び級をすれば、様々な特典があるのも事実だ。嘘は言っていない。また、転生者が飛び級で入学するのも事実だ。だが、普通に初等科を卒業しても不利益を被るとは限らん。男は兵役科に配属され、奴隷落ちする者も多い。嘘は言っていない。だが、手柄を立てれば、すぐに挽回できるのを言わなかった。それだけだ」

「悪魔ですか?」

「その悪魔に魂を売ったのは誰だ? 今から正義を翳して死にたいか?」


ぐぅの音もできない。

アル君、こいつの言葉を信じちゃダメよ。

こいつ、駄目な奴だ。


「安心しろ。坊主の安全の為にこの町に何人かを入れてある。もちろん、君が下手な事をすれば、俺に知れるようになっている。その事も覚えておいてくれ」

「嘘ですね。また、脅しですか?」

「試してみるか。これは王国の常套手段だ。俺もやりたい訳ではないが拒絶もできない」

「どれが本当ですか?」

「すぐに慣れるさ。そして、坊主が初等科を卒業すれば、すべて判る」


課長様がこの町を去ってホッとした。

役所に戻っても誰も声を掛けてくれない。

居心地の良さが消えた。

係長に呼ばれて辞令を渡された。


『准士官と為し、係長補佐を命ずる。尚、課長補佐見習いを加えて命ずる』


目が点になった。

特別な事がなければ、昇進は5年に1度だ。

しかも役職と同時の昇進はない。

だから、25歳で准士官への昇進が遅れていたので、それは問題ではない。

続けて、係長補佐への役職昇進が可怪しい。

それと見習いという役職名は初めてだった。


「来年から課長補佐に昇進だ。おめでとう。儂の上司になる」

「意味が判りません」

「行政府の大会議への免罪符だ。課長補佐でなければ、議場に入室できん。王都の課長様に便宜を図られた。断る訳にいかんが、情報漏洩は場合によって死罪となりかねん。そんな危険な事を頼む訳にも行かんので、君に白羽の矢が立った。そう言う事だ」


課の全体会議でも情報漏洩は禁固一年の大罪だ。

大会議になると極秘情報が含まれるので死罪に跳ね上がる。

それを私に遣れって?

冗談じゃありません。


「ははは、君は王都の局長様の後ろ盾がある。領主様でも死罪に出来ん。君以外に適任者がおらんのだ。だが、良い事もあるぞ。来年から月の給与が金貨50枚と跳ね上がる」

「き、金貨が、ご、50枚ですか?」


金貨2枚から50枚へと給与が増えると聞いて慌てた。

目が眩んだ。

実際は准士官に昇進しただけなので金貨4枚になっただけであった。

地位が上がれば、付き合いが変わる。

上級のお茶会に呼ばれるようになり、来年まで金策に追われるとは思っていなかった。

私は、見習いと言う言葉に騙されていた。

来年になると、係長、三等左官、課官、二等左官、一等左官、課長補佐と併せて、6階級特進であった事に後で気づいた。

このとき、金貨50枚だけが頭に飛んでいた。

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