第30話 城壁の事はバレていました。

小麦などの夏に向けて作付けが終わった5月中旬だった。

我が家に牛肉がやってきた。

魔術士が家族に何か持ってくるなんて初めてだった。

包み紙を開いた台所が大騒ぎだ。

魔術士がこんな気の利いたモノを持ってくるなんて、逆に俺は警戒感が増した。

何でも去年から続く後始末でまだ忙しいそうだ。


「今年、何も無ければ、秋には終わる予定だ。呼び出しがない事を祈っている」

「何ですか。その含みのある言い方は?」

「城壁を爆破しようとしたテロがあったらしい。心当たりはないか?」


俺は営業スマイルで知らないと言い張った。

ちょっとした騒ぎになったが、壁が老朽化して手抜き工事が原因で崩れ落ちたという事になった。

後ろで肩を竦めている担当官さんからそう聞いた。

領軍と土木課が双方で城壁の再点検に大忙しだそうだ。


「俺も報告書を読んだ。その後で現地を確かめたが、溶けたような石とガラス状になった破片がわずかにあった。どうすれば、石が溶けるような手抜き工事が出来るのか。不思議な事もあったモノだ」

「俺には判りません」

「そうか。それはよかった。そのまま隠し通せ」

「何の事ですか?」

「気にするな。人目を避けるに都合がいい林があると思っただけだ」


魔術士は完全に俺を疑っているが証拠はないハズだ。

俺から暴露するつもりはない。

何故、城壁が爆発したのかの推測は付いていた。

打ち出し速度は音速の20倍近くになり、空気抵抗で鉄球が溶け出して貫通力を失った。

壁の中に埋まった鉄球は辺りを溶かし、辺りが気化して水蒸気爆発が起った。

恐らく、そんな所だ。

この城壁は両面を石垣で積み上げていたが中央は土を盛っていた。

全部が石ならば水蒸気爆発は起らなかったが、雨が石の間を通って中に漏れれば、土が湿っていても不思議ではない。

魔術士もそれ以上の追求をしない。


「その件は問題ない。誰もお前を疑っていない。だが、おめでとう。この町に素晴らしい転生者が誕生した事がバレてしまった」

「バレたって?」

「あぁ、こちらに来たら行政副長官と領主の執事が面接を求めて来た。名前が売れてよかったな。牛肉はその祝いだ。王都に伝わり、呼び出しを受けた時は覚悟しておけ」

「ちょっと待て。俺は言われた通りに魔法の事を隠しているぞ」

「判っている。誰も使えないが新しい魔法の可能性があるので楽しみにしている」

「ならば、どういう事だ?」

「行政に関わり、土地を富ませ、多額の寄付を教会に送った。行政と教会の中を取り持った行政手腕が評価された」

「評価されたって?」

「安心しろ。行政と領主は俺が抑えてやる。だが、教会にはコネが利かん。司祭がどう動くかでお前の運命が決まる。最後の晩餐と思って、良い食事を楽しいでくれ」

「ふざけるな。俺は母さんと離れる気はない」

「俺に言われても困る」


魔術士が持ってきた牛肉にそんな意味があったのか。

最後の晩餐にして堪るか。

何か、方法があるハズだ。

考えろ。

諦めるな。


「そう焦るな。この程度の寄付で司祭が報告する事はない」

「なら、何故そんな事を言うんだ」

「教会の人事に口を挟めん。ここの司祭が王都に戻れば、お前を王都に呼ぶ。それを避ける為に魔法省はお前を王都に呼び出す。俺では止められない」

「いつだ。司祭の人事異動はいつだ?」

「来年かもしれんし、10年後かもしれない。教会の内部の事を俺が知る訳もない」


ちぃっと俺は舌を打った。

今更、寄付を止める訳にも行かない。

待て。

司祭が報告しないのは何故だ?

俺がこの町から居なくなれば、寄付が無くなる。

この町の司祭に取って損失だ。

だから、報告しない。


「考えて所で答えなど出ないぞ」

「でも、何か方法が・・・・・・・・・・・・」

「ない。お前は絶対に一度は王都に行く事になる。だから、もしこの町に戻りたいならば、優秀さを示し続けろ」

「魔法の論文でも書けと?」

阿呆あほう。王都に知られたら意味がない。領主と行政長官と司祭には知られてしまったのだ。三者を巧く使えば、町に帰る手立ても生まれる。そういう交渉をやった事はなかったのか?」

「ある。いや、あった」

「そうだろう。だが、今はまだ何もできない。まずは飛び級だな」

「飛び級?」

「初等科で2年は飛び級で高等科に進学しろ。優秀な者ほど選択権が生まれる。6年も掛けて卒業するような奴は、最初から王都の下っ端役人にされて一生飼い殺しだ」


異世界転生人は要注意人物なので不用意に王都から出さない。

監視下に置かれる。

だが、優秀者はその限りではない。

学校も選べるし、師匠も選択できる。

注目を集めれば、各省庁から推薦状が届く。

領主からの援助も貰える。


「高等科を卒業時に複数の省庁からお呼びが掛かるならば、逆に条件が出せるぞ。例えば、我が人材発掘課ならば、セプテム地方の配属を希望するとかだ」

「そうするとどうなる?」

「決まっている。俺の部下になり、担当場所を交代してやる」


俺も魔法省外局人材発掘課に所属すれば、一年に四回は帰省できると魔術士が言った。

所属は王都だが、完全にこの町から出ずに済む。

飛び級をすると町を離れるのが早くなるが、その3年後に戻って来られるかもしれない。

魔術士の言っている事が本当ならばだ。

逆に11歳までここに居れば、一生戻ってくる事はない。

こちらは事実だろう。


「どちらがいいかは坊主に任せる。良い返事を聞かせてくれ」


そう言って魔術士は早々に帰って行った。

俺が考えていると、姉さんが横に座って何も言わずに居てくれた。

察しが良すぎる。

母さんは肉をタダ焼くだけなのに、初めての牛肉に悪戦苦闘していた。

ステーキ皿もなければ、鉄板もない。

一口サイズに切った方がいいのか、分厚い一枚で出した方がいいのか?

上の兄と下の兄が言い合いになる。

結局、母さんは二人を台所から追い出し、フグの刺身のように薄く切って大量の大盛りの皿を出してきた。

これでいいのか?


夕食に最高級の牛肉を食べて、その美味しさに大騒ぎになる。

噛まなく肉汁が口中に広がる。

塩味のみで胡椒がないのが残念だ。

一枚を取る母さんの手が震え、親父は無神経がガツガツを食べた。

上の兄と下の兄は涙を流す。

姉さんも美味しそうに食べていた。


「ア~ル。美味しいね」

「うん。そうだね」

「何だ。イラねいのか? それなら俺が食べてやるぞ」

「ウェア。ア~ルのお肉を取ったら、その手を刺す」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「ちぃ。今日は止めてやるよ」

「当然」


皆、美味しそうだ。

上の兄と姉さんは睨みながら、下の兄が無くなった肉の皿をいつまでも舐めていた。

母さんは自分の残りを三つに分けて上げていた。

母さんらしい。


俺だけがゆっくりと味わっていた。

でも、その肉が美味しく感じられない。

最後の晩餐にして堪るか。


さて、どうしたモノかな?

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