第6話 転生者が普通にいる世界

意識が浮上して目を覚ますと月明かりで母さんが夜鍋の繕い物をしている。

最近はこのパターンにも慣れて来た。

姉に付き合っていると魔力が尽きるより早く体力が尽きて人形のようにパタリと動かなくなる。


「うひぃ、うひぃ、アールがうごかなくなっちゃった」

「大丈夫。お眠しただけよ」

「ほんと?」


涙目になった姉が母さんに助けを求め、宥められてから母さんは俺を抱きかかえて揺り箱に収める。

そして、意識が浮上するのは真夜中だ。

俺が起きるまで母さんは破れた服などの繕い物をして時間を潰す。

俺が起きるとオムツと寝着を交換だ。

この時間が一番恥ずかしい。


俺はまだ自分で起き上がる事も体のコントロールもできない。

昼間はおぼつかない手で離乳食をスプーンで食べるが、夜中は母さんに食べさせて貰う。

俺が食べるのを待っていると寝る時間が削られるからだ。

最後に口を洗われて、揺り箱に収められる。


揺り箱は国から支給品であり、魔道具を回収しに来た日に置き換えられた。

下の引き出しには寝着とオムツ用の布が入っている。

魔術士に言わせると俺は貴重な知識を持つ国の備品だそうだ。

養育費として、月に銀貨1枚が支給される。

俺の衣服や食料も毎月送られてくる。

月の終わりになると、離乳食が消えて芋スープになるのは兄がこっそりと俺の離乳食の固形物をおやつとして食べているからだ。


この離乳食は非常に栄養価が高く、一食で死なない程度の栄養が取れるらしい。

まるで家の惨状を見透かしたような仕様だ。

しかし、家の惨状を見透かしたのではなく、孤児院がここより酷いだけだった。

朝食は無理矢理でも起こして取らせるが、昼と夕に起きていないと食事を与えない。

シスター達は赤子の為に生活を変えない。

酷い環境らしい。


別にシスターが悪い訳ではなく、親のいない孤児が死のうが生きようが領主にとってどうでもいい事だ。

だが、国の命令で孤児院に寄付せねばならない。

孤児達は教会の下働きになるので教会にとっては貴重な労働力だ。

孤児を大切にしたいという気持ちはあるのだろう。

だが、予算がない。

シスターも日々の仕事をしなければならないので、普通に放置される。


「加えて言うならば、転生者は領主にとってお荷物でしかない」

「お荷物ですか?」

「そうだ。月銀貨1枚や支給品の費用も領主持ちだ。孤児院に入れておく方が安くつく。だが、孤児院の子供は教会が所有権を要求する。国として避けたい」

「だから、国王は領主に命令する。親元で育てるようにとな」


なんと、俺は領主が経営する初等学校に5歳から通えるらしい。

学費や衣服など、すべてが無償だ。

そして、優秀な生徒は王都の高等科に進学する。

転生者である俺は進学する率が高い。

領主は高い金を払って俺を育てながら、王国の備品という扱いで国に奪われる。

領主に残るのは無能と普通の出涸らしだけだ。

うま味のない。

転生者は領主にとって厄介者だった。


「もちろん、例外もある」

「例外?」

「貴族の転生者ならば、礼金が貰える」


最初は意味が判らなかったが魔術士の説明で納得した。

転生者は別に異世界人という訳ではない。

むしろ、異世界人の方が珍しい。

貴族や聖職者、騎士、大商人の生まれ変わりであった場合、その本家が養子として引き取りを願い出される場合が多い。

そのとき、領主は手間賃として礼金が入ってくるのだ。

伯爵家以上の転生者となると、その金額は町の年間予算と同額になる場合もある。

まぁ、そんな美味しい話もあるらしい。


だが、大抵は平民だ。

それなりの名を残した市民であれば、魔道具を取り付けられる。

これで王国は優秀な人材を確保する。

領主は王国への貢献として金を吐き出さねばならない。

大抵の領主は金喰い虫と転生者を嫌う。


「領主の事など気にするな。お前は優秀さを示す方が大事だ」

「余り嬉しい話に聞こえないが?」

「あぁ、嬉しい話はではない。優秀な者は厄介事に巻き込まれる。しかし、無能の烙印を押されれば、奴隷落ちして肉の盾としてこき使われる。どちらがマシか、よ~く考えておけ」


優秀な者として、高等科に進学して政争に巻き込まれるか?

無能な者として、奴隷落ちし、魔物と闘う肉の盾として領主に奉仕するか?

俺の将来は暗い。

世知辛せちがらい事を言われた。


「おっさんは俺に親切に話してくれる。何かあるのか?」

「当然だ。お前が高等科に進学してくれないと、無能に魔道具を与えたと俺の進退に関わってくる」

「なるほどね」

「これは同郷の先輩からのアドバイスだ。初等学校を2年飛び級で卒業すれば、選ばれる側から選べる側に変われる。少しは自由を得るチャンスが生まれる」

「一年飛び級では駄目なのか?」

「一年飛び級は優秀な者ならば当然だ。選ぶ権利は与えられない。領主一族の側近として高等科に通う事になるだろう。禄でもない者に付くと苦労する事になるぞ。連座と連帯責任がある世界だ。選べないのは辛いぞ。加えて言っておこう。満年で卒業した者は兵役科になる。盾役からスタートだ。余り良い環境とは言えない」


進学せねば奴隷落ち、進学しても厄介そうだ。

転生者が普通にいる世界だ。

マヨネーズを作って自慢するような馬鹿な事はするなと忠告を受けた。

転生知識チートはないらしい。

代わりに異世界の知識が普通に売り買いされている。

技術職であれば、かなり優遇される。

しかし、残念ながら俺は商社マンであり、技術者でない事を告げた。


俺には賢者の記憶を持っていた時期がある。

これは貴重だ。

だが、前世の前世の記憶は取り出せない。

それを知っているので、魔術士も深くは聞いて来ない。

まだ賢者の遺産の事は話していない。

こちらは価値がありそうだが、商社マンだった俺が簡単に手の内を晒すような真似はしない。

3ヶ月に1度やってくる魔術士の話は非常に貴重だ。

俺はまだ口がおぼつかないが、魔術士とは念話が使えるので込み入った話ができる。

色々な事を思い出しながら、俺は今日も真夜中の日課を始め出した。

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