第5話 天敵な姉?

この家には親父より恐ろしい天敵がいる。

それが俺の姉のアネィサーだ。

親父はじょりじょり攻撃しかやって来ないが、姉は揺り箱から俺の手を引っ張って引き摺り出すと背後から抱き締めて『飯綱いづな落とし』という脳天から落とす殺し技をやってくる。

ズドン、俺は脳天から木の床に落ちた。

俺はわずかしかないありったけの魔力を使って、魔力循環から肉体強化へと瞬時に行った。

そして、頭から首のあたりを集中的に強化して衝撃に耐えた。

初めては肉体強化のぶっつけ本番だった。

俺が普通の赤子ならば、最初の一撃で死んでいただろう。


「は~い、ア~ル。おねぃちゃんですよ。かわいいですね」


落ちた俺を抱き上げて、お人形を抱き締めるようにハブをしてくる。

姉の愛情表現だ。

どうやら姉は俺を殺したいのではなく、一緒に遊びたいのようだった。

それは判った。

だがしかし、ハッキリ言って付き合いたくない。

あの『市中引き回しの刑』ならぬ、『部屋中引き回し刑』でぐいぐいと俺の腕を引いて部屋中を案内してくる。

ぐげぇ、腕が抜ける。

綺麗に掃除されて、ワックスが掛かったような床板ではない。

大根あろし板の上を引き摺られているような状態で引き摺られて擦り傷だらけだ。

あちこちが痛い。

さらに俺の体はあちらこちらに置かれている物にぶつかって体中が多数の打撲になる。

だが、姉は俺の事を気に掛ける様子はない。


「ア~ル、つぎはあれのうえからとぶのよ」


俺は全力で『Noooooo~!』と鳴き叫ぶが、小箱、椅子、片付け箱と順番に引き上げられた。

姉はとても2歳と思えない力持ちだ。

箱の上に上がった姉は俺の腕を持った儘でジャンピングをする。

ズドン!

俺は飛ぶのではなく、落ちるだけだ。

顔から全身打撲だ。

もう一度言おう。

じょりじょり攻撃など比ではない。

生きているのは肉体強化様々です。

賢者の知識でマジ助かった。


「アネィサーちゃんがア~ルと遊んでくれたの?」

「わたしはア~ルのあねですからとうぜんです」

「ありがとうね」

「あねですから」


にぱぁと胸を張ってヒマワリのような笑顔を白い歯を零して笑う。

会話の意味は半分しか判らなかったが、姉は俺と遊んでいるつもりだ。

母さんはそれを喜んでいる。

姉の頭を撫でていた。

母さんも大変なのだ。

貧しい靴屋の嫁は親父の手伝いと家事一切を行う。

さらに、大きくなってきたお腹を抱えて、俺の世話処では無くなって来ていた。

俺の世話を姉が見てくれるのを喜んでいる。

俺を助けてくれる女神はいない。


「さぁ、お食事にしましょう」

「あ~い」


俺専用の椅子に座らされて離乳食をスプーンで掬って食べる。

食事の時間になると姉さんより大きな兄が帰って来る。

ウェアニーと呼ばれていた。

蒸かし芋をガツガツと食べ、食べ終わると俺の皿を取って水を飲むように、俺の離乳食を飲み込んだ。


「ウェア、それア~ルのぉ」

「うるせい。俺は腹が減っているんだ」

「それア~ルのぉ」


兄と姉の喧嘩が始まった。

兄は体が一回り大きいが、姉の馬鹿力は負けていない。

姉は兄を椅子から引き摺り降ろすと兄が床に落とされる。

しかし、すかさず姉を殴りかかった。

見事なパンチが姉を吹き飛ばす。

だが、それで引く姉ではない。

凄い勢いで戻って頭突きを兄の顔に決めた。

痛そうだ。


膝を付きながら兄も姉を掴もうとするが、その腕を姉はすっと躱す。

躱しながら膝蹴りを腹に決めていた。

だが、余り利いていない。

兄は腕を振り回し、やみくもに姉を殴ろうとする。

姉はそれを右に左にとステップで躱す、兄はブサイクなデンプシーロールを放っているように見えた。

五発に一発は姉の体にヒットするが、反撃の頭突きと蹴りが炸裂する。


「ちょこまかと」

「ウェアに負けないモン」

「生意気な奴だ」


あっ、兄が大振りになった所にカウンターの頭突きが顔面に入った。

これは利いたみたいで鼻血が出ている。

姉がパンチを出さないのは体格が違うからだ。

兄は4歳で、姉は2歳だ。

2歳しか変わらないが、兄は身長が1mを越え、姉は80cmに満たない。

この20cmは大きい。

手を振り上げても顔に届くか怪しいので、姉はパンチを使わないのだろう。

自然と届く頭突きになる。

蹴りもどちらかと言えば、ローキックだ。

踏み込む瞬間に軸足を狙っていた。

兄が何度もバランスを崩されて膝を付いた所に蹴りか、頭突きが炸裂する。

兄は作戦を変えて捕まえようとするが、姉はちょこまかと逃げた。

掴まると姉は引っ掻き攻撃で再び逃げた。

どうやら純粋な力では敵わないらしい。

だから、ヒットアンドアウェイに徹する。

姉は天賦てんぶの才でもあるのだろうか?

俺の目には姉の方が優勢に見えた。


「二人とも止めなさい!」


台所から母さんが戻って来ると終了のゴングがなる。

兄はふんっと顔を逸らして、外へ逃げた。


「まったく、兄ちゃんと仲良くできないの?」

「ウェアがア~ルのごはんをとった」

「もうあの子ったら」


母さんは困ったという評定で頬に手を当てたが、お代わりが出てくる事はなかった。

食事を終わるとお昼寝だ。

俺専用の揺り箱に入れて貰う。

わずかな平和な時を楽しもうと思っていると、狭い揺り箱で一緒に寝ようと姉が潜り込んできた。

成長していない1歳児でも狭いのに、2歳の姉と二人で寝る余裕などない。

はみ出す足を猫のように曲げて入ってくる。

自然と俺は端に追いやられる。

押しくら饅頭まんじゅうを楽しむ趣味はないが、それだけならば幸せだ。

姉が寝息を立てると俺を抱き枕にしようとする。


「ア~ル、だいしゅき」


すやすやと寝言を言いながら手が伸びて来た。

体に巻き付くと肺が潰れるかと思うくらいに、あるいは、中身が飛び出るような万力で締め付けてくる。

過激な愛情表現だ。

魔力循環だ。

意識を持て、肉体強化で体を守る。

だが、これはマシの方だった。

うっかりウトウトとしていると首を掴まれた。

ぎゅっと締め付けてくる。

ギブ、ギブ、キブアップ!

姉は2歳と思えない馬鹿力だ。

腕を叩いて、放すように促すがスヤスヤと寝ている姉は気づいてくれない。

ヤバい。

首が絞まって意識が保てなくなった。

死んだかと思った。


「ア~ル、おひるねはおわり」


一瞬の気の緩みで天国に直行だ。

再び引き回し刑が始まる。

遊ぶのを嫌々しても無視される。

俺の抵抗など空しい。

ゴーイング-マイ‐ウエー(我が道を往く)な姉に前は通用しない。

毎日が絶体絶命だ。

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