第14話

ちっぽけな僕の、ちっぽけな人生は。


ささやかな火曜日の、たった2時間で成り立っている。


今日も僕は、馳せる思いを指先に乗せ、


宇宙と交信をする。


キーボードをたたいてメールをする。

もちろん、それだけの話なんだけど。


海を越え、山を越え、

気が遠くなるくらい離れた到達点だけを見据えて、あふれる気持ちを飛ばす。


僕にとっては、ロケットで宇宙に行くことと、見えないところに飛ばす紙飛行機の価値は全く同じなのだ。


そうやって、今日もコクーンに座る。


先週は木曜の夜に時間が取れたこともあって、いつもほど間伸びしなかった。


突然に連絡をしてみたのだが、最初の1通が返ってくるまでに少し時間があったことを考えれば、京香も火曜日を多分待ってくれているらしかった。


「どうしたの!?まだ、木曜だよ!」


まだ、という表現に引っ掛かりを感じる僕。


ひょっとすると、京香も僕と同じように焦がれるような日を過ごしてくれているのかも知れない。


いや、それは多分、勘違いで。


なんとなくだけど、僕は京香のことを知っている。


たった1枚だけど、顔も知ってる。


とびきりの美人ではなかったけど、かわいい顔。


それでいて大人を感じさせる、くっきりとしたメイク。


ストーカーみたいで誰にも言えないんだけど、僕はその写真をプリントアウトして、こっそり持っていた。


これさえあれば。


ちっぽけな自分が、ほんの少しだけ大きくなった気がするんだ。


そして、いつだって京香の輪郭をなぞることができるんだ。


だけど、僕はまだ写真も見せていない。未だ得体の知れない存在だ。


京香にとっての僕は、世界中のあらゆる人とそんなに大きく変わらない、取るに足りない存在であるはずだ。


僕は、この事象を埋め合わせる為に、精いっぱいの背伸びをしながら、自身を有名なスポーツ選手に例えてみたりした。


何ともむずがゆい行為である。


相手に対して1対1で、自己評価を披露するのだ。


芸能人に例えるなら、みたいなパズルゲームをみんなはよくやっていたが、俳優などに自分を称えるほどの自信はなかった。


かといって、演技派のおじさんなどを当て込むほどの個性もなかった。


そして、芸人をなぞるほどのユーモアもなかった。


なんとなくのイメージだ。


芸人に似てるというと、じゃぁ面白いんだ?みたいな言い方をされてしまうこともあるし、期待に添えなかった場合は面白さだけを差し引いた廉価版のように見られてしまう気がした。


他方、スポーツ選手を挙げた場合は、単に見た目だけのものとして自然に処理される。


なので、スポーツ選手あたりがちょうど良かった。


もともと色んなことを深く考えてしまう僕ではあったが、とにかくこのやりとりには人一倍の神経を使った。


この幸せを、つなぎ止めるために。


火曜日を守るために、僕は恥ずかしさを必死にこらえた。


「よく知らなくて調べてみたけど、結構かっこいいじゃん!」


京香はそう言ってくれた。


とあるF1レーサーにに自分を重ねてみたのだが、別に背伸びをしたわけでもなく、年に2回か3回は似てると言われることもあって、ありのままの自分を見せたつもりだ。


背が高いわけでもなく、見た目の良さが第一にフィーチャーされるわけでもない選手。


それでいて、それなりに知名度もあるのがまたちょうどいい。


これがまた超有名な人だったら、自称の域を出ない可能性もあるし、聞き手の心象的にも信じやすいんじゃないだろうか。


いずれにしても、この選出は攻めすぎず、守りすぎず、我ながらあまりにも素晴らしいと思う。


柔らかい雰囲気がにじむレーサーなんて。


そんな逆説的な存在が、当人の背景をミステリアスに見せるし、攻守あわせ持った男らしさを感じさせる。


風貌以外は全く違う。


だけど、そんなスーパーマンにほんの少しだけ似た自分が、何とも言えず誇らしいような気持ちになった。




そして、僕と京香が1番違うところ。


京香の周りにはたくさんの異性がいて。


男子校に通う僕の周りには京香しかいなくて。


京香にとって、僕は大多数の中のたったひとり。僕には京香しかいない。


僕は、たったひとりの女の子だから気になっている?その子しか知らないから夢中になってる?


もし、僕が京香と同じ立場だったとして。


毎日同じ教室で落ち合って、色んな話を聞いてくれて、授業終わりにはたまに街に繰り出したりするような異性が身の周りにいたとして。


僕は、同じ道を選ぼうとするんだろうか。


会えない時間にやきもきする選択肢を取るんだろうか。


そう考えるうちに、なんだか僕だけが勝手に話を飛躍させていて、見えない相手にすがりはじめていることに気づいた。


京香にだけは悟られたくないことだ。


世間は、これらを「重い」という2文字で表現するようだが、尤も重さを感じさせていいのはおそらく付き合ってからなのだ。


その前段階でこういった気持ちを知られてしまうと、最悪の場合ストーカーという横文字変換をされてしまうことだってあるのだ。


それらを丸呑みし、恥ずかしさをかき消すように、あえて大きな音を立てながら返信メールを打つ。


「たまに言われるくらいだけどね。けど、テレビで見るとたまに自分でも少し不思議な気持ちになる時があるよ笑」

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