第35話 最後は同時に捨てる



 


 最初、異変を感知したのはラフレーズだった。悪夢に落とされ眠るヒンメルの手を握って目覚めを待っていると不意に知っている魔力を感じた。荒々しく怒り狂う感覚は出会って日が浅いラフレーズでも誰か間違えはしなかった。ヒンメルの手を離してベッドに置き、窓へ近付いてより強くなった怒りの気配に目を見張った。怪訝な声で父に呼ばれるも気配がする方向が気になって目が離せない。隣に立ったクイーンも同じ気配を感じ取った。「行ってみるか」とラフレーズを見ずに問う。遠くからでも肌が刺す強い魔力から察するに、余程の強敵と戦っていると見れる。ヒンメルの治療に専念する父に断りを入れ、窓を開けてクイーンと共に現場へ急行した。箒なしの飛行術をシトロンから習っていて良かった、あの場に箒はないから。

 ラフレーズを気遣いながらも速い速度で飛ぶクイーンについて行くのが精一杯。進んでいくと刺す感覚は全身に痺れが走る感覚へと変わった。強くなる魔力に負けず現場に接近したラフレーズの目には、殺傷能力が高く、私闘や学院での使用が禁じられている魔術式を展開するマリンと。満身創痍で体のあちこちから煙が出ているクエールと即席の結界を貼って対抗しようとする大きな牛の精霊がいた。

 あっという間に距離を縮めたクイーンが両者の間に立った。マリンの腕を掴み魔力の流れを相殺、即効性の催眠術で眠らせ空中に浮かせたまま拘束した。



「クエール!」

「クワワ~」



 焦げた箇所から上る煙が美味そうな匂いとクイーンに揶揄われたクエールが怒っている姿から、重傷だが元気一杯のようで。駆け寄ったラフレーズが治癒術をかけていく。一緒にいる牛の精霊はモリーといい、よくファーヴァティ家の庭で草を食べていると教えられた。黒い鳥の精霊を見張るのに協力を頼み、こうして共闘してくれた友達だと紹介される。自己紹介を終え、結界に閉じ込められた瀕死の黒い鳥の精霊と気絶させられたマリンを城へ運ぶとクイーンの転移魔術によって一気に飛んだ。

 場所はヒンメルが眠る部屋。まだ室内にはリチャードやシトロンがいた。突然何処かへ行ったかと思ったら、マリンを連れて戻ったクイーンとラフレーズは説明を求められた。

 マリンを騎士に託し、手当をした後尋問部屋に入れろと命じたクイーンは外へ出るように言う。



「適当な部屋に入るか。どこ空いてる」

「私の休憩部屋でも使いますか。そこで話を聞かせてもらいます」



 リチャードの提案で執務室の隣に設置された休憩部屋に決まった。執務室より狭くても5人が入るのには十分なスペースはあった。ラフレーズとメーロ、シトロンとリチャードを座らせたクイーンは壁に凭れた。



「俺がラフレーズにした頼み事でも話そうか。ファーヴァティ夫人は、ベリーシュ伯爵夫人に精霊を視る目があったのは知ってたか?」

「ええ。学生時代、よくお話をしてくださいました。ラフレーズさんも精霊が視えるとは知っています」

「なら良い。俺がラフレーズに頼んだのは、精霊の衰弱原因を探る調査の協力だ」



 約10年以上前から衰弱した精霊の姿を見掛け、その度に救出をしてきた。時に精霊の助けを求める声に応じて助けてきた。ラフレーズやヒンメルが入学した辺りから数が激増し、本格的な調査をしようと腰を上げる前にラフレーズに協力を頼んだ。同じ精霊を視える者、人数は多い方が良いからと。



「お前達には見えないが今此処に精霊が3匹いる」



 その内の1匹は『魔女の支配』に大きく関わりがある精霊と話すとラフレーズ以外の3人の顔が強張った。



「大昔の事件は精霊が関わっていたのですか?」とシトロン。

「まだ分からん。その精霊からは確かに『魔女の支配』から感じた魔力と同じものを感じるが……」



 肝心の精霊が瀕死の状態で集中治療が要り、回復に時間がかかると話す。先程ラフレーズとクイーンが外を見ていたのは、精霊同士の激しい魔術のぶつかり合いを感じ取ったからだ。

 メーロがふと「クイーン様やラフレーズさんが見ている景色を私達に見れるようにしてもらえますか?」と、精霊から直接話を聞きたいと申すも。クイーンは首を振った。



「残念だが精霊を視れるのは最初から精霊を視れる奴だけだ。昔、同じ事を言われて試してみたが駄目だった」

「何時の間に」

「そこの国王が王太子だった時に精霊が視てみたいって駄々こねられてな」

「まあ」



 意外そうな眼がリチャードへ集中し、恥ずかし気に咳払いをしてリチャードは話題を変えた。



「他の精霊の傷は大丈夫なのですか? おじ上」

「1匹は重傷だが今もう1匹が治療している。死ぬ心配はしなくていい。問題は今からだ」



 尋問部屋へ入れたマリンが目覚めたらすぐに尋問を始められるよう、準備を進めるべくシトロンは先に退室した。



「クイーン様、陛下、マリン嬢の尋問の場に私も同席させてください」

「分かった。特別に許可しよう」

「ありがとうございます」



 どうしても知りたい。精霊の力を借りてまでヒンメルとメーラを結ばせようとしたマリンの目的を。『魔女の支配』は異性の現実を改変する能力。なら、マリンがヒンメルと結ばれる現実を造り出せる。敢えてそうせず、他人を使ったのか知りたい。



「ラフレーズ、ヒンメルはどうする? 目覚めるにはまだ時間が掛かるだろうよ」

「許して頂けるなら、殿下が目覚めるまで側にいさせてください。私は目覚めた殿下に謝りたいです」



 どれだけ気持ちが怒り狂っていようが他人に放って良い言葉の範疇を超えていた。傷付き、悲痛な声でラフレーズの名を叫んでいたヒンメル。悪夢に落ちた原因に自分が関わっているのなら他人事じゃない。

 目覚めるまで声を掛け続けたい。




 ――ヒンメルの眠る寝室へ行ったラフレーズがいなくなると寂しげに笑ったメーロは「強い子」と零した。



「私なら、無理だわ。どんな事情があるにせよ、浮気をした時点で論外だもの」

「そなたの場合とラフレーズの場合は違うからな。あんなのと婚約を続けなくても、もっと他に相手はいたではないか」



 筆頭公爵家の長女と王太子だった2人は幼い頃から付き合いがあり、何でも話せる間柄でメーロが時折騎士に結界魔術の指導を行っていると会話をする。

 あんなのとは、夫を指す。名前を呼ぶのも嫌だとリチャードの顔に書かれており、相変わらずの嫌われ振りに笑った。



「あんなのでも婿としては必要なので。旦那様、はクイーン様や陛下と同等なので、生まれて来る子が不細工にならないならいいと妥協しました」

「顔の問題なのか……」

「中身を重きに見ても、顔も大事ですわよ?」

「そのせいで要らぬ問題が起きたのではないか?」



 痛いところを突かれ、深く溜め息を吐いたメーロは困り気味に眉尻を下げた。メーロとて後を考えない底抜けの間抜けとは見抜けなかった。



「私とアップルが双子の姉妹だからって……はあ……」

「次女は知っているのか?」

「いいえ。旦那様は言うつもりはないみたいですし、私も余計な騒ぎを起こしたくないので言うつもりは

「引っ掛かる物言いだな」

「もう決めました」



 黙って聞いていたクイーンに聞き返され、少し前の花祭りから考えていたこれからを口にした。



「旦那様やメーラにこれ以上ファーヴァティ公爵家に居られても困りますので――2人揃って捨てる事にしました。アップルは南国のハーレム王に嫁いでしまったので家族3人は無理でも、父と娘がいれば寂しくはないでしょう」






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