第27話 不可解



「はあ……」

「す……すみません」



 昨日の今日で悪い報せを折角背中を押してくれた人に報告しないといけないのはラフレーズとしても心苦しかった。下手な意地を張らずあの場にいても自分が見たのは心が張り裂けるのをただひたすら耐えるだけの地獄。なら、待たず、逃げて正解だった。かもしれないし、間違いだったかもしれない。噴水広場でメーロに会ったのは幸運だった。意外な話を聞かされるもメーロに対しての気持ちは変わらない。下心があったにせよ、それは邪なものではない。メーロの場合は既に過去として割り切っている。

 メーラが登場し、迫るメーラを拒否しないヒンメルを見て惨めになって髪飾りを置いて行き、居場所がなくて落ち着いた噴水広場にいるところをメーロと会ったところまで全て話したら、今日も行きの馬車に勝手に乗っていたクイーンは深い溜め息を吐いた。こればかりはクイーンも呆れ果てても言い訳の仕様がない。

 ラフレーズが謝ると違うとクイーンは首を振った。プラチナブロンドの前髪を煩わし気に掻き上げる仕草は妖艶な大人そのもの。手を離すと鼻頭まである特徴的な前髪ピョロンと元の位置に戻り何だか見ていて面白い。



「なんつうか、タイミングが悪いというか、余程お前達の仲を拗らせたいんだろうな」

「メーラ様がですか?」

「ファーヴァティ公爵令嬢というより、マリン=コールドの方だな」

「……」



 クイーンと共にいる場面を何度か見られており、彼女が隠れてほくそ笑むのをクイーンは見ている。何度か考えてみた、ヒンメルとメーラの関係が良好であればマリンが何に得をするのか。

 何も思い当たらない。


 友人の恋を応援したいだけの友情とは違う。似ているようで確実に何かが違う。その何かがラフレーズには分からない。クイーンに相談するもクイーンも分からないと匙を投げた。



「マリン=コールドの件は後回しだ。今はヒンメルの馬鹿だ。あの後、遣いの奴は来たか?」

「いえ……」

「そうか」

「殿下も今回ばかりは私に愛想を尽かしたでしょう……」

「なあラフレーズ。お前はヒンメルとどうなりたいんだ?」

「……」



 クイーンに偽の恋人を頼んだのは、メーラ恋人に夢中なヒンメルに一泡吹かせたかっただけ。婚約解消になっても後悔はない。散々、冷たい態度を取られ、邪険に扱われ、挙句長年の婚約者よりも学院で作ったメーラ恋人を優先する始末。



「私、ずっと殿下が好きだったんです。その気持ちに嘘はなかった。今はもう……本当に殿下が好きだったのかさえ分からなくなっているんです」

「ラフレーズ……」

「……お父様やお兄様、メリーくん、クイーン様とは楽しい思い出があるのに。私、殿下との楽しい思い出って何1つないんです」



 吃驚ですよねと気を遣わせないよう笑って見せてもクイーンは同じように笑ってくれなかった。寧ろ、痛々しいものを見る目でラフレーズを見つめていた。



「自分だけが必死に殿下を追い掛けて、殿下は追い掛ける私を振り返らない。追い付いても自分の勝手だと言って手を払われました」

「婚約解消をしたって問題ない。隣国の王も事情は知っているらしい。婚約解消の件は既にリックが話を通してある。王女とベリーシュ伯爵の政略結婚で隣国との関係はかなり改善されたからな、お前達の婚約は更なる強化だが……こんな状況だ。隣国の王はこの国の王家やラフレーズの意思を尊重すると言った」

「陛下が……」

「こんな時くらい伯父さんって言ってやれよ。偶に会っても伯父さんとラフレーズが呼んでくれないと嘆いていたぞ」

「まあ、それを言うならお兄様だって陛下と呼んでいますわ」

「ああ、お前達2人に対して嘆いていた」

「まあ!」



 亡き母フレサや自分と同じストロベリーブロンドを持つ伯父はとても茶目っ気たっぷりで伯父として接する時は、姪や甥に構いたくて仕方ないらしく、他人行儀にすると涙目になられる。為政者としては非常に優秀だと隣国であるこの国に話が届くのに。



「立場ある者としての顔と個人としての顔は別物なのさ。ベリーシュ伯爵だってそうだろう」

「はい」



 戦場では常に最前線で指揮を執り、王国の守護を徹底する父も家に帰るとラフレーズとメルローの父の顔になる。時折騎士団長としての顔になるも、滅多にない。


 クイーンが話題をさり気無く変えてくれたお陰で暗く重い空気は消え失せた。お礼を言ってもはぐらかされるだけ。


 ヒンメルと会ったら、昨日の行動を謝ろう。結果がどうであれ、最初に逃げたのは自分だから。その後ヒンメルに何を言われても動じない強い精神でいよう。


 馬車が学院に到着した。

 扉を開けた馭者はクイーンがいてももう驚かなかった。先に降りたクイーンが差し出した手を取ってラフレーズも降りた。


 登校してくる生徒達も驚きは減ったが視線の数だけは減らなかった。



「教室の前まで送って行こう」

「良いのですか?」

「ああ。1日1回は敷地内に入って精霊の異変がないか、魔力の変化がないか探っておきたい」

「分かりました。授業が終わるまで私も気を付けます」

「助かるが無理だけはするな」

「勿論です」



 以前衰弱したクエールを発見して以来、弱った精霊は見掛けていない。あまり日数が経っていないのも理由があるのだろうか。

 時間が必要にしても精霊の魔力を衰弱するくらい奪う目的が不明だ。精霊に力を借りて使う魔術はない。他にあるとしたら……長く生きるクイーンすら想像のつかないナニカ、か。


 クイーンのエスコート付きで校舎の玄関まで入った。教室に行こうか、とした時、不意にクイーンが教室がある方向とは違う方を歩き出した。

 口を開き掛けると「着くまで黙っていてくれ」と言われ、仕方なく言われた通りにした。連れて来られたのは屋上。辺りをキョロキョロと見渡し、探し物をしているクイーン。



「クイーン様? 何を探していらっしゃるのですか?」

「いや…………悪い。何でもないわ」

「クイーン様?」

「俺の気のせいだ。悪かったな」



 追及してもクイーンは同じ言葉を述べるだけ。ラフレーズも辺りを見るが何もない。空は快晴が広がり、屋上には自分達以外誰もいない。



「教室まで送る」

「鐘の音が鳴るまで此方にいます。戻ってもすることはありませんから」

「そうか。じゃあ、鳴るまで俺もいよう」

「私は大丈夫ですよクイーン様。それより、屋敷に戻ってお仕事はされなくて良いのですか?」

「はは。それを言われると痛い。分かったよ。じゃあ、昼にまた来る」



 良い子でいろ、と頭を撫でてクイーンは消えた。一瞬で違う場所へ移動可能な転移魔術は高度で習得にはかなりの時間を費やする。並びに魔術の才能が非常に大切となり、並の者では使えない。

 父シトロン譲りの魔術の才能と魔力を受け継ぐラフレーズにも使える可能性はある。



「今度頼んでみましょう」



 父シトロンに。

 授業開始の鐘の音がなる直前まで長椅子に座って過ごそうと思った矢先、鋭く暗い声がラフレーズを呼んだ。まさかと抱き振り向くと――相手はヒンメルだった。


 昨日とは違う、隈が出ている目元に少々乱れた髪、顔色も悪い。たった1日で人はこんなにも変貌するものとは思えない。



「殿下……?」



 ヒンメルは応えない。

 フラフラとラフレーズに近付く。


 得体の知れない恐怖が襲いラフレーズは距離が縮まる度に後ろへ下がった。



「で、殿下……止まってください!」



 ラフレーズの声にヒンメルの足は止まった。

 が。



「……にも……そんなにもおじ上がいいか……っ」

「殿下……? 一体どうしたのです……」

「そんなに僕が嫌いか!? おじ上がいいか!? 僕の婚約者だから少し優しくされただけで勘違いしているだけなんじゃないのか!」

「っ!!」



 馬車に乗っている時の謝りたいという気持ちは跡形もなく消え去った。

 残ったのは、理由があるにしてもメーラとの関係を一切改善せず、自分の事を棚に上げて怒るヒンメルに対する――絶望と失望、そして怒りだった。



「嫌いですよ。王命によって結ばれただけで自分勝手な殿下の事なんて!!」

「――――」



 売り言葉に買い言葉とはこのことだろうが口にした以上は引き下がれない。メーラに優しく出来て自分に優しく出来ないのは、きっと本心では自分を嫌っているから。でないとヒンメルの態度は説明がつかない。

 ラフレーズに反論されたヒンメルは、瞬く間に相貌から感情を消えていった。


 どん底に落とされた人間そのものの形を成す。何故彼がショックを受け、絶望しているのか解せない。次は倍になって言い返される。心を強く持ってヒンメルの言葉を待った。




 待ってもヒンメルは呆然としているだけで何も言ってこなかった。





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