25 今田 麻衣花


「麻衣花、本当に良かった... 」


気がついた時に居た男の人に、勧められた車の後部座席に座っていた私たちは、くっついて 渡された お酒を飲んでた。


「うん... 美希、ありがとう」


言っても言っても、言い足りない。


でも、さっきまでのこと... 及川くんに呼ばれて、地下に居た時のことが、遠い昔のことにも思える。

寒さと恐ろしさと、哀しさに震えながら、夢を見ているようでもあった。


及川くんと 同じにならないといけない と、思っていて。

それでも、絢音に抱きかかえられた時は、胸の音と体温で、“絢音だ” って 分かって。

“最期に会えた” なんて思ってしまいながら、急な お別れを謝ったりもして...


美希の声が聞こえた時は、体操服を着て、小学校のグラウンドを走った時のことが甦ってきて。

私も、美希が大すきで。

“今、私が選ぼうとしていることは、間違ってる” って 分かったのに、もう、口も身体も動かなくて...


及川くんが、虎太郎くんに移ったのも分かった。

でも、骨の中から冷やされて、お腹の皮膚の内側も支配されたままで、声も出せなかった。


美希に抱きしめられたまま、抱きしめ返すことも出来ずに、“絢音は? 虎太郎くんは?”...

どうしよう... 神さま、神さま...  って、祈るばかりで。


あの男の人に何か飲むように言われた時は、私の中から 及川くんの心が反発してるみたいだった。

ひどい味の お水に思えたけど、飲まなくちゃ とも強く思って...

ごめん って、心の中で 及川くんに謝りながら、何とか飲み込んで。


男の人が、神さまに捧げる詞を読み上げると、骨の中からも、お腹の皮膚の内側からも、何かが消えて、やっと 夢から覚めた。


私も美希も泣いていて。

虎太郎くんも 絢音も 助けてもらえる... って、確信もあって。

男の人にも、普段 祈りもしないくせに、こうして助けてくれた神さまにも、心から感謝をした。


でも 及川くんは、どうなっちゃうんだろう... ?


名前を 口にするのは、まだ怖い。

だけど、知らない人に殺されてしまったことは、あの地下室で分かった。


「そうだ! 病院に連絡しなくちゃ... 」


美希が言って、私も、あ!って思った。

入院するはずの病院から 出ちゃったんだった...

なのに、私も美希も スマホを持ってない。


「虎太たちも お祓いしてもらったみたいだから、絢音くんに連絡してもらおうか?

“家に帰っちゃってた” って」


美希に頷いて、二人で車を降りると、絢音たちからも 手招きされて、もう 一度 あの病院へ入る。

でももう、怖くなかった。


中には、細くて小柄な男の人も居たけど、私たちの お祓いをしてくれた人の お友達みたい。

お祓いしてくれた人と違って、少し怖い。

部屋着だし、髪が跳ねてるから、寝起きに連れて来られちゃったのかな?

その人が 私たちに向いて、口を開いた。


「あのね、被害者の子を送ろうと思うの」


え?... 女の人?


美希と目を合わせた後に、絢音とも目を合わせると、頷いてる。

つい、ジッパーを開いてるパーカーの間のシャツの胸元を見ちゃったんだけど、私より大きそうだった。 女の人だったんだ...


「本当は、ここからは こっちだけでやることなんだけど、同級生みたいだし、気になるでしょ?

深く関わっちゃったしね」


絢音や虎太郎くんも、“ハイ” って感じで頷いてるし、気になるのは確かだから、私と美希も頷く。


「今から もう 一人 出てくるけど、それは気にしないで。

出てくる人も、私に憑いてる人だから」


憑いてる... ?

守護霊 っていう人じゃないのかな?


「サミー」


女の人が呼ぶと、その後ろに いきなり背の高い外国の人が出現して、虎太郎くんや美希が

「えぇーっ?!」「なんで?!」って 声を上げちゃってる。

私も驚いたけど、声も出せなくて。

絢音は「ちゃんと予告されたのに」って言った。

そうだけど、そうじゃないと思う。


サミーって人は、波打つブロンドの長い髪をしていて、黒いスーツを着て、サングラスを掛けてて。

みんな、“夜なのにサングラス” なんて言わなかったのに、女の人の隣に移動しながら

「盲目なんだ」って、日本語で言ってる。

どこの国の人なんだろう? 見当がつかない。

あ、でも “憑いてる” ってことは、人間じゃないんだよね... ?


「今、取り入れた男だろう?

中で少し、話は聞いた」


わからないんだけど、わからない内に、サミーさんが「喚ぶぞ」って言って、お祓いをしてくれた男の人が 私たちの前に立った。


「カイリ・オイカワ」


名前を聞くだけでも、ドキッとしてしまう。


女の人の前に、及川くんが立った。

でも、お腹は元に戻っていて、灰色の肌になってた。


「さて。お前を殺した者共だが。

何とタイムリーな事に、事故死している」


... どういうこと?

及川くんを殺した犯人が ってこと?


「ある山のカーブを曲がり切れず、車ごと海にダイブした。

奇妙な事だが、まだ発見されていない。

殺人テープを売り、誘拐した人間も売り。

散々 悪事を働いたようだからな。

狙っていた被害者は、お前だけじゃなかった。

総合された怨念 というものに捉われたようだ」


殺人テープ?... じゃあ、及川くんも、そういう事のために殺されちゃったの... ?

そんな、ひどい勝手な事で...


「そいつ等を捕まえさせてある」


サミーという人が指を鳴らすと、灰色の肌の男の人と、女の人が出現した。


男の人は、一見 目立たない風に見えるけど、異質な人だった。何かが欠けてるような気がする。


女の人は、すらっとしてて 美人だけど、やっぱり何かが欠けていて...

この人、見たことがある気がする。

横向きだったけど、駅で見た人だ。

迷いなく颯爽と歩いてて、すらっとして いいなぁ なんて 思って...


この人たちが、及川くんを?

あの時、駅で 私のスマホを拾ったの?

それで、呼び出して...

“いいなぁ” なんて、思ったことまで くやしい。

涙まで滲む。


犯人の男の人と女の人は、ぼんやりとして立ってた。

“なんで ここに居るんだ?” って感じで。

死んじゃったことにも、気付いてないのかもしれない。


「お前が願い続けたのは、復讐することだったな。自分がされた事を やり返す事だった」


サミーって人が、上向きにした片手を軽く上げると、床の下から黒い鎖が伸びてきて、犯人の 二人の人の両手首が、後ろ手に繋がれた。

それから衣類が消えて無くなって、鎖に引っ張られて 床に座らされてる。


手を開いて、お医者さんが使うようなメスを出現させた サミーって人は

「果たせ」って、及川くんに それを渡してる。


「だめ... 」


つい口を出してしまって、サミーって人の顔が 私に向いた。


「カイリには、お前達が見えもせず、声が届く事も無いが、何故 止めた?」


“何故” って、どうして聞くの?

止めるのは 間違ってる事なの?

だって、及川くんは そのあとに、もっと苦しんじゃうと思う。

そこから抜け出せなくなってしまう。

なのに、周りで見ていて、わかっていて

“やられたんだから、やり返すのが当然”って勧めるの?


メスを受け取った 及川くんは、座らされた 男の人の前に しゃがみ込んだ。

じっと眼を見てる。


『... あぁ、テープの奴か。そこそこで売れた』


軽い声で、男の人が言った。

何を言っているのか、よくわからない。

夢を見てると 思ってるの?

それでも、そんなこと...


『復讐って訳?

あんた、ひとりじゃない。誰が撮るの?

私のは もっと高く売れると思うわ』


女の人は、ケラケラと品の無い笑い方をした。

どうだっていいの?

もしかして、自分の死すら... ?

この人たち... こんな人たちがいるなんて。

胸が ぎしぎしする。

滲んでいた涙が零れた。


「殺らないのか?」


サミーって人が 及川くんに聞くと、虎太郎くんが

「やめろ」って言った。

目は、男の人を睨んでる 及川くんを見てる。


「窓を割ったりしたのに、俺や麻衣花ちゃんの腹は裂かなかった。

やろうと思えば出来たんだろ?」


私も、そう思う。

及川くんは、地下で私の髪を掴んだ時に、ドアが閉まると、手を離した。

それから、絢音たちが来るまで、黙って立ってた。

本当は、誰かに知ってほしかっただけなんじゃないの... ?

とっても、怖くて、哀しかったって。


「その人たちと... 」


美希が喉を鳴らして

「及川くんは違うよ。同じにならないで」と 続けた。


「私だって 同じようにされたら、すごく悔しくて悲しいし、相手を恨むと思う。

でも、ごめん。されてないのに勝手な事を言ってるんだろうけど、しないでほしい」


及川くんに、声は聞こえてない。

聞こえてないけど、絢音が

「見えなくて聞こえなくても」って言った。

心なら...


「麻衣花を 助けてくれようとして、ここに入ったんだよな?

感謝してるよ。本当に。ありがとうな」


絢音を見上げた。本当なの... ?

私が、ここで困ってる と思って?


及川くん...


怖がって、ごめん。

ただ流されちゃって ごめんね。

きっと それは、及川くんが 本当に望んだ事じゃなかった。

ちゃんと、話そうとしたら良かった。

もし 向き合おうとしていたら、話を聞くことだけでも 出来たはずなのに。

涙ばっかり出てくる。


どうして、及川くんが死ななくちゃならなかったんだろう?

神さまは 私たちを助けてくれたのに、今度は責めたくなってしまう。


「カイリ、どうした? お前が望んだ事だろう?

どうせ、身体ごと海の藻屑となる魂だ。

裂いて黙らせてやれ」


やめて。そそのかさないで。


「及川くん... 」


ハンドタオルも何も持ってなくて、自分のシャツの裾で 涙も鼻水も拭きながら

「ここから、出よう」って言った。


出て、お父さんや お母さんに会って。

大切な人たちに会って。

遺されちゃった方も、きっと すごく悲しい。

すごく痛いよ。

お願い。ずっと ここに居ないで。

安らかでいられる場所に居て。


男の人の眼を じっと見ていた及川くんは

『そんな顔をしてたのか。俺くらい 平凡だな』と 言って、立ち上がって、サミーという人に メスを返した。


「いいのか?」って 聞かれると

『今、やったら、いつか、父さんや母さんまで怨むようになる』って答えていて

『自分で 自分を縛ってた。

怨んでいる間、ずっと苦しかった』って...


黒い鎖に繋がれて、座り込んでいる 男の人と女の人が、床の下へ沈んでいってる。

あの人たちは、どこへ行くんだろう?

地の底に? それとも、海の底に戻るの?

深い深い場所まで。


サミーって人が、及川くんの胸に手のひらを宛てた。


「お前にある不道徳は、ごく 一般的なものだ。

罪は、往くべき場所へ行って償え」


サミーって人が 手のひらを離すと、頷いた及川くんの肌は、私たちみたいな色に戻ってる。


『父や母に、お別れが言いたい』


及川くんは そう言ったけど

「初七日まで待って」と、男の人だと思っていた女の人が答えた。

「ご両親にも、心の準備がいるでしょ?」って。


「じゃあ、まずは 月夜見大神の元へ行くことになるけど... 」


お祓いをしてくれた 男の人が行って、私たちの前から、及川くんたちが居る方へ歩いて行く。

その声に気付いた及川くんは、私たちに眼を向けた。


『今田、ごめん。原沢も』


及川くん、見えるの... ?


「ううん。助けてくれようとしてくれて、ありがとう」

「いいよ。謝らないで」


及川くんは

『二人の彼も』とも言ったけど、絢音と虎太郎くんは、頷いただけだった。

でも、落ち着いた優しい顔をしてる。


「... “謹而奉勧請つつしみてかんじょうしたてまつる 御社みやしろなき 磐境このところへ 降臨かうりん鎮座ちんざ 仕給したまひて”... 」


お祓いの人が、ノリトっていうものなのかもしれないけど、呪文みたいなことを言うと、その人や 及川くんたちが居る場所の左側に 扉が現れて、それが開いた。


中には、柔らかそうな草の草原が見えて、奥の方には きらきらと優しく輝く 星の河のようなものが見えた。

なんて 穏やかなところなんだろう...


開いた扉の近くには、お花の模様が たくさんの赤い着物を着て、金色の帯を前に結んだ とても綺麗な人が居て、結い上げた髪には、六本のかんざしを飾ってる。首には、赤いラインが入ってた。


「彼女は、界の番人だよ」


お祓いをしてくれた男の人が 及川くんに紹介すると、界の番人だという着物の女の人は

『参られよ』と、及川くんに 白い手を差し伸べた。


『同級生だった って だけだけど... 』


着物の女の人の元へ向かう 及川くんは

『嫌われたくない... 』って言った。

私と、美希に。


「うん!」

「嫌ってないし、嫌わないよ。ずっと」と 答えると、及川くんは

『ありがとう』って、はじめて笑った。

胸の中が ふわっとなる。良かった... 嬉しい。


差し伸べられた白い手に 及川くんが 手を載せて、開いた扉の境を越えると、河のほとりに、黒髪を高い位置で結んだ 光り輝いている人が見えて、ゆっくりと 扉が閉じて、消失した。

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