第18話 あぶない修学旅行

「眠れん……」


 時刻は深夜。

 修学旅行先のホテルにて。


 目が冴えてしまっていて、眠れない俺は、ひとりこっそりと部屋を出た。

 巡回の先生に見つからないよう注意しながら、階段を降りてエントランスホールへ。


 ガーっとガラス製の自動ドアの開く音に驚くも、外に出ることができた。

 風が頬に当たる。

 耳たぶが凍りついたような感覚に襲われ、ぶるりと身体が震えた。

 11月の夜はやはり冷える。


 すこし歩いて庭園の入り口に出る。

 灯りが近くの木々や水面に反射して、淡い光を目に届けてくれる。

 歩みを進めるたびに、小さな丸い光がぽつぽつと点いては消える。揺れたり、滑ったり、跳ねたり、落ちたり……風の仕業だろうか。風は音楽団の調べで、光は舞踏者たち。風と光がそれぞれのリズムで合わせあって、軽やかに踊っているかのよう。

 光の精霊が深夜のパーティを開いているみたいで、とても幻想的だ。


「ん?」


 そんな場所の木製ベンチに人影があった。

 夜目をこらすと、年の頃はあまり変わらなそうな女の子だということに気づく。

 寒さもあってか俺はなんだか心細くなってきて、その子に近づいた。


「こんばんは」

「あ、はい。こんばんは」


 警戒されるかな、と思いつつ挨拶をしたのだが、普通に返してくれた。


「寒いですね」

「そうですね」


 彼女も寝付けずに出歩いていたのだろうか。

 それとなく聞いてみる。


「深夜にこんな場所でどうしたんですか?」

「眠れなかったのでこっそり抜け出してきちゃいました」

「ほう」

「深夜のちょっとしたひとり旅ですよ」


 なんと!

 彼女も俺と同じ理由だった!

 冒険心のある子だと俺は思った。

 他人とは思えず、彼女に興味が出た。


「隣、座っても?」

「どうぞ」


 意を決して申し出てみると、すんなり通った。

 辺りは頼りない灯りがかろうじて届くだけなのに、それがむしろ彼女を星のように輝かせている。


「ひとりですよね?」


 俺が聞いた。


「ええ。といっても学校の修学旅行なので、仲間はいっぱいいるんですけど」

「あ、俺も修学旅行です」


 彼女は薄明かりでもわかる大きな瞳をぱちくりと開け閉じした。


「ひょっとして同じ学校かもしれませんね!」

「その可能性は高いですね、どこの高校なんですか?」

「△△高校です!」

「あ、じゃあ違いますね……」


 俺の回答に彼女はしゅんとうなだれてしまった。

 いかん、傷つけてしまっただろうか?


「俺の高校は〇〇学園です、XX県の」

「XX県ですか、遠いですね……私の高校はYY県にあるので」


 新幹線どころか飛行機を使わないともう会う機会はなさそうなほど離れていた。

 彼女は顔を上げると、提案してきた。


「これっきりになっちゃいそうですし、よろしければもうすこしお話しませんか?」

「それはもちろん!」


 それから俺たちは教科書に載っているような地元の名産や文化を話した。

 そして段々とありきたりな日常の話題へとシフトしていく。

 彼女との会話は熱を帯びているのに、身体はどんどん冷えていく。

 さすがにそろそろ限界だ。

 彼女も身体を両手で抱えるようにさすっている。


「冷えましたね」


 俺が言った。


「すこし話が長くなりすぎましたね」


 彼女は冷静に返してくる。

 声のトーンが低くなっている気もするが。


 俺は、浴衣のポケットにスマホを入れていたことを思い出し、握りしめる。

 彼女には悟られないようにこっそりと、だ。


「あの、よければ、なんですけど」

「はい、なんですか?」

「連絡先を交換しませんか?」

「!」


 いきなりすぎたかな、と俺は後悔しかけたが。


「い、いいんですか!?」

「もちろん」


 彼女は、がばっと立ち上がって、声を上げた。

 誰かに見つかったら教師からお説教を食らいそうなので、気が気ではないのだが。

 修学旅行で泊まっている他の学校の男女が、真夜中に会っていたとなったら、教師たちが大騒ぎするはずだ。


 俺たちはスマホの連絡先を読み取る機能を使って、情報を交換した。


「楽しいひとときをありがとうございました!」

「こちらこそ退屈だった修学旅行でなによりの勉強になったよ」


 やっぱり人との出会いは大事だね、と俺は付け加えた。

 そしてまず、彼女を送り出した。

 一緒に帰ったところを発見されたら洒落にならないからだ。


 彼女の背を見送る。

 振り返った彼女は手を振ってきたが、弱々しい灯りではもうどんな姿かは見えず。

 ただ、暗闇のなかで淡く光る女の子、という不思議だけが印象に残った。


 ひとり残った俺は。

 身震いが寒気からくるのか、それとも別のどこかからくるのかわからなかった。

 確かなのは、寒気を吹き飛ばすほど胸が熱くなっていることだけ、だ……。

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