第18話 奴隷商の息子の買収交渉

 新しい奴隷法が決まったのだが、それが制定されるのはもう少し時間がかかる事になる。


 新法が決まったから今日から。というのは王国民達にまだ伝わらなかったりするので、その猶予期間を設けているのだ。


 既に多くの奴隷商会は隣国に移住したり、奴隷を安値で売り払ったりしているが、その中でも最も多いのが――――


「金貨4枚ですね。これでよろしいですか?」


「…………」


「?」


「これじゃ元値より安いではないか! もっと正規・・の値段で買って貰わなきゃ困る!」


「そうですか。ですがこれは新しい正規・・・・・の値段ですよ?」


「くっ! その値段が不服だというのだ!」


 男は目の前のテーブルを叩いてその場に立ち上がる。


 彼は隣街で奴隷商会を営んでいた・・奴隷商だ。


 王国法から奴隷に関する部分がなくなり、新しい奴隷法が制定されると、今のうちに奴隷を売り払うためにうちに来るのだ。


 その理由というのも――――


「お前達が余計な事をするから奴隷商売ができなくなっちまったんだ! 責任・・を持ってうちの奴隷達を全部買えよ!」


 と、新しい奴隷法がうちの奴隷商会の所為せいとばかりに押しかけている。


 こんな感じで押しかけてくる奴隷商は既に数件に及んでいて、この先もどんどん増えると思われる。


 それも最大手であるトエネス奴隷商会が王国から撤退を決めて、その庇護下にいた奴隷商は殆ど行き場がなくなり、奴隷を売り払って別な商売を考えるだろう。


 目の前で怒っている奴隷商もその一人だ。


責任・・ですか?」


「当たり前だ! お前らがこうしたんだろうが! どうして商談相手が子供なんだ! 何故店主が出てこない!」


 相手が子供なら大声で威嚇すればいい。相手が奴隷なら安価で粗末な食事を与えて生かしておけばいい。そういう風な考え方なのは、どこの奴隷商も一緒だな。


 それを思うと、父さんはそれなりに奴隷達を食べさせていただけ凄いと思う。トエネス奴隷商会グループに入ってなかっただけのことはある。


 奴隷商が怒っていると、ギスルが入ってきた。


「アベル様。調査が終わりました」


「どうだった?」


「20人いた奴隷は餓死寸前が17人、栄養失調3人でした」


「…………ヘベンさん」


「っ!? な、なんだ!」


「どうやら貴方が持ち込んだ奴隷達は全員状態が最悪のようですね」


「!?」


「金貨4枚ですが、残念ながらそれも厳しくなりました」


「ま、待て! お前みたいな子供では話にならない! 大人を呼べ!」


「ほっほっほっ。大人ならいいのか?」


「ああ! 大人……な……ら…………え?」


 ギスルが入ってくるとき開けていた扉から一人の老人が入ってくる。


「アベルくん。遅れてすまなかったな」


「いえいえ。わざわざこんな場所までお越しくださりすみません――――――宰相様」


「ほっほっほっ。わしはもう宰相ではない。知っておろう? アベルくんはいじわるじゃのぉ~」


「そうでしたね。少しだけ待っていてください。まもなく商談も終わりますので」


「分かったのじゃ~」


 そう話す元宰相様であるアデンハイル様ことアデンさんは、後ろにあるソファに座りギスルが出したお茶を飲み始めた。


「ヘベンさん。大変失礼しました。大人の件ですが、シュルト奴隷商会は現在僕に全て一任されておりますので、僕が責任者になっています」


「へ?」


「ですので、交渉は僕だけになります。それと――――――ただ大きな声を出せば何とかなると思うのでしたら辞めといた方がいいですよ?」


 僕の言葉を聞くとその場に素直に座り直す奴隷商。


「さて、ギスルに調べて貰ったら、連れて来てくださった奴隷の20人のうち、17人がまもなく餓死致します。奴隷法が適用されるのはまだ先ですが、餓死に対する法は既に適用されているのはご存知ですね?」


「なっ! そ、それは……」


「さて、このままではヘベンさんは禁固刑3年を17人分受ける事になります」


「それは!」


「51年の禁固刑か、彼らをしっかり食わせるか。どちらにしますか?」


「っ…………せん」


「はい?」


「も、申し訳ございませんでした! どうか先程の値段で購入してください!」


 奴隷商はものの見事にその場に土下座を披露した。


「ヘベンさん。僕達は奴隷商仲間です。顔をあげてください。先程提示した額よろしければ、請け負いますよ」


「な、なんと! ありがとうございます!」


 僕が出した金貨4枚に、奴隷権利書にすぐにサインをした奴隷商は、餓死寸前の奴隷達を置いて逃げるかのように店を後にした。




「ほっほっほっ。さすがはアベルくんじゃ。見事な商談じゃったの」


「あはは…………結局は困ってここに連れて来てるんですから、最初から決まっていたもんですけどね」


「それでもじゃ。奴隷法の生みの親というべきか」


 奴隷法の生みの親。


 元宰相様であるアデンさんが僕に会ってみたいと訪れて来て、最近は仲良くなってしょっちゅう遊びに来てくれるようになった。


 初めて会った時、「奴隷法の生みの親は小さい賢人だったのだな」と呟いていた。


「アベルくんや。一つ聞いてもいいかのぉ?」


「いいですよ?」


「奴隷商の仕事は大変じゃないのかい?」


 奴隷商の仕事か……。


「大変ですか~ん~大変だと思った事は一度もないですね。そもそも大変だと思ってたらお父さんに無理言って奴隷商の仕事を受け継いでませんよ。僕はこうして奴隷達と過ごす毎日が楽しいんです。これから羽ばたくうちの奴隷達を想像するだけでワクワクします。だから大変だとは全く思いません」


「ほっほっほっ。これは無粋は事を聞いてしまったのぉ」


 これはお父さんにもよく聞かれている。


 大変ならいつでも言ってくれと。


 でも大変だと思ったり、やりたくないとは全く思わない。


 僕の行動一つ一つで奴隷達の人生が変わっていく。


 奴隷達がうちの奴隷商会から羽ばたくのは、巣立つ子供を眺める親のような、そんな気持ちになれる。


 だからこれからも僕は奴隷商人として、これからも楽しく頑張っていこうと思う。

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