第30話 真相でござる

『あーもー! 好きにやれって言っただろ! 泣くな! 喚くな! ったくもーしょーがねー弟子だな!』


 別れの日の事がありありと思い浮かぶ。

 アルザは自分でも解るくらいに、師にべったりだった。

 辛い試練を乗り越えてでも、しょうがない人だと思っていても、それでもだ。

 だから彼女の一言一句を全て覚えている。


『はぁ、わかったよ。しっかり言う。いいかアルザ。最後の教えだ。感極まった時……いや、お前の場合は真にやりたいことを見つけたなら、ソレ、一気に飲めよ』


 師が指さしたのは、幼い頃に貰った銅の小筒。

 最初は吐き気を催した丸薬は、いつしか心が落ち着く飴玉のようになっていた。


『お前の事だからそうなるのはなんだろうよ。だから怒り、悲しみ、喜び、なんでもいい。お前の場合は、人生を見つけた時にそうなるんだと思う』


 傷ついた体に生命力が漲るような感覚。

 怒髪天を衝く怒りが髪を逆立てて染み渡るような不思議な感覚。

 そうして解る、秘伝の意味。

 自分でも怖いくらいの力が、腹の底から沸いてくるようだ。


『十六夜の月が紅くなったなら、お前はアタシの言葉なんて頼らなくなる。もう一度言うぞ。好きにやれ。だから、これでさよならだ』

 

 だからこそこの秘伝の扱いには最新の注意を払っていた。

 師の言葉は必ず含みがある。

 おそらく秘伝を言うままに使ったなら、何かが変わる。

 本能的に、彼女との繋がりが消えるとそう思った。

 寄る辺の無いアルザには、それは本当の孤独となることに等しい。

 だが今はそんな事を言ってられない。

 自分が倒れれば、リンネが殺される!


 ――寂しさがこみ上げてきた。

 ――秘伝をすべて飲み込んだその辺りから、もう師の言葉が聞こえなくなったからだ。


「く、そ、そんな馬鹿な! 屍巨人!」

「――参る」

 

 ブッ、と。

 アルザの輪郭がブレたその瞬間、彼の姿は消えていた。

 次に現れたのは、なんとフレッシュゴーレムの肩の上だった。

 アオマシラが「あっ」と驚いた時には腰の刀が抜き放たれて、そして刀身を見せる前に納まる。

 バッと飛び上がるアルザを追いかけるように、フレッシュゴーレムの腐った血液が空を舞った。


「アアアアアアアアア!」


 咆哮というより悲鳴。

 フレッシュゴーレムの丸太のような右腕がボトリと落ちた。


「これが秘伝の力!?」


 アルザの動きは人の身を超えていた。

 上忍が一人、縮地の術を極めたシラホネとまではいかないものの、その動きには全て残像が伴っている。

 そして居合スキルもまた凄まじく、鞘走りから納刀までほぼ間隔が無いのに、確かに斬撃が放たれていた。


「屍人の癖に痛がるとはね」


 フレッシュゴーレムの体に緋色の線が走り、腐った血が舞う。

 何度かの斬撃ののち、アルザはフレッシュゴーレムの足元にいた。

 フレッシュゴーレムが気づく前に、アルザはその巨大な両足の甲に思いっきりクナイを差し込む。クナイは足の甲を貫き、石畳まで到達していた。

 フレッシュゴーレムが怒りの咆哮を上げるも、両足が動かず苦悶の声を上げる。

 その太腕を思いっきり地面に叩きつけるが、アルザはもう既にいなかった。


「せめてもの供養だ」


 アルザが再び現れる。その両手にはいつの間にか縄のようなものを握っている。

 つながるその先には、あのフレッシュゴーレムの足に刺さったクナイがあった。


「二本の……縄? まさか貴様!」


 アオマシラが焦って手裏剣を放つ。その威力は確かに上忍のそれなのだろうが、アルザと比べるとあくびが出るほどにスローな投擲だ。

 アルザは難なく空中でキャッチすると、容赦なくアオマシラへと打ち返す。


「ぐあ!」


 思わず苦悶の声が漏れるアオマシラ。

 それもそのはず、アルザの放った手裏剣の威力は手裏剣とは思えないほどに重く鋭かったからだ。

 受けた左肩が千切れるかと思いきや、アオマシラが咄嗟に身を捩り衝撃をいなしたことで、辛うじて左肩はまだ残っている。しかし関節が外れて使い物にならなかった。

 

「こ、これが本当のイザヨイ!」


 震えるアオマシラをよそに、アルザが何やら呪文を唱え始めた。

 それは青に輝く魔法陣。クルクルとアルザの眼前で回っている。

 アルザが指でそれを切るような仕草をすると、パァッと光が跳ねてアルザの両手に持つ二つの縄に宿った。


「やめろ……やめてくれ! ワシの芸術が! 最高傑作が!」

「傑作? これはただの死体遊びだ!」

「やめろおおおお!」


 アルザの手に持つ縄に青白い雷が宿り、縄を伝ってフレッシュゴーレムの足元まで一気に輝く。

 ピンと貼られた二本の縄が、道を作った。

 アルザが胸元から取り出したのは極太の棒手裏剣。

 もはやそれは手裏剣というよりも、鉄の杭に近い。

 鉄の杭は輝く二つの縄の間に放られると空中で静止。

 そしてしばらくの間を置いて、突如ギュラギュラと輝きながら高速回転を始める。


雷飛燕の術レールガン!」


 アルザが印を象ったのが引き金になったのか。

 極太の棒手裏剣が音もなくフレッシュゴーレムに向かっていく。

 音の壁を超え、破裂音が発生。

 その衝撃は石畳を抉り、粉塵を巻き起こす。


 轟音。


 尋常ならざる力の飛来が、フレッシュゴーレムの胸元に風穴をあけた。

 その衝撃はフレッシュゴーレムの胴体を引きちぎり、繋いだだけの肉片を粉々に砕くほど。

 極太の棒手裏剣がダンジョンの壁に大穴を開けた時には、フレッシュゴーレムは足しか残っていなかった。


「――――――!」

「終わりですアオマシラ様」


 アルザがゆっくりと近づいていく。その手には典雅丸。介錯をすると、そう言わんばかりだ。


雷飛燕の術レールガンだと。ニンジャスキルを戦闘に使うか!」


 雷飛燕の術レールガンはアオマシラの言う通り、攻城に使われるニンジャスキルである。

 威力が威力なだけに、行動制限や発生条件がある。

 前段として、二本の縄や鎖に魔法で雷を纏わせ電磁力を発生させる。

 次に軽い磁力と飛翔魔法を宿らせた特殊な手裏剣をその二本の縄の中に置く。

 最後に特殊手裏剣に込める魔力を間違えなければ、それらは二本の縄や紐に沿って飛んでいく。その速さは雷に匹敵するという。

 強力無比。

 防御不能。

 お膳立てが必要という弱点はあるが、アルザは戦いに組み込み難なく放つ。

 ニンジャでも同じようなことができるのは、師のライラ=イザヨイくらいである。

 

「練習を繰り返しただけです。ドラゴンのトドメや、ベヒーモス相手に使っていれば嫌でも体が覚える」

「さ、流石はイザヨイ。修行から地獄とは。だがこれで終わると思うなよ」

「少なくとも貴方は終わりです。大切な者を護るためなら――俺は修羅になる」


 大切な者を護る。

 それはリンネを始め、彼の選択に手を取ってくれた皆のことだ。

 当たり前のようで、実はニンジャには存在しない感覚。

 ニンジャにとり師はあくまで師であり、友はなく、ただ命により動く。

 そんなニンジャに大切なものは己の技と、評価に直結する報酬つまり金である。

 彼はその頸木くびきを脱し、ニンジャとして至高の技を持ちながら人として当たり前の境地に立つことを選んだ。

 それは獣であり人であり、正邪善悪にいざようイザヨイニンジャの最もたる答えの一つなのだろう。

 人はそれを中途半端と蔑むのかもしれない。

 人はそれを中庸の境地であると称賛するのかもしれない。

 だがアルザにとって、そんな事はどうでもよかった。

 寄る辺を無くし、人の目を気にして心を虚ろとする彼はもういない。 

 

 彼の愛は己への忠であり、確かに義であった。

 絶死の技を以て救いとする。

 毒を識りながら薬を使う。

 全ては己を象った人々へ報いるため。

 それこそが己の練り上げた力のであると悟った!


「お覚悟を」


 アルザの氷の目が修羅をまとった。

 脅しではない。既に彼に躊躇ちゅうちょという文字はない。

 やるといったら本当にやるのだろう。

 

「ま、待て! ど、どうしてこんな事になったか! なぜお前が追放されたか知りたくないか!?」

「もう関係ないし、知りたくもない!」

「いいから聞け! お前はだまされたのだ。ワシも策に乗っただけ!」

「……アオマシラ様独断ではないと?」

「そうだ! こ、此度こたびの一見はアカヘビ。そう、上忍筆頭のアカヘビの仕業――」


 と、その時。

 アオマシラに降り注ぐ何かが、アオマシラの体を滅多刺しにした。

 降り注いだのはニンジャだった。皆ニンジャソードを躊躇せずに突き刺している。

 典型的なニンジャアーマーを纏う者たちだが、少しだけ違うのは口元のマフラー。皆示し合わせたように赤い。


「屍が無ければ中忍とお頭は言っていたが、その通りだったな。こんなのに従っていたとは。ヘドが出る」

「何者だ!」

「――アカヘビ衆」

「アカヘビ!?」


 その一言で瞬時に理解した。

 アオマシラが口を封じたのはアカヘビの手の者。

 つまり、今回の主犯はアオマシラの言う通り、ニンジャギルド筆頭のアカヘビということだ。

 確かに彼には人事決定権がある。

 アルザをハメて追放するならば彼が適任。というよりも、彼しかできない。

 そしてアカヘビ率いるアカヘビ衆が名を名乗ったということは、つまりアルザの命を取るということ。

 赤マフラーのニンジャが続々と集まってくる。皆アルザへ殺気を放っていた。


「アルザ=イザヨイ。主の命にてその命、頂戴仕る」

「貴様らまさか、ニンジャギルドを辞めてアカヘビ様についたのか? 教えはどうした!」

「教えか。クックック。アオマシラのクズも言っていなかったか? クソ喰らえだ」


 周囲のニンジャたちも同意とばかりにせせら嗤う。


「我らはくだらんニンジャ憲章けんしょう頸木くびきを砕き、真にニンジャとなる。力を存分に示し、世にアカヘビ衆の名を轟かせる!」


 アルザは思わず目を伏せて首を振る。

 ニンジャでも普通の人でも、一番厄介なのはこのような顕示欲である。

 ニンジャは人の目に留まらない影の存在。

 ただただ力足らんとすることを強いられる者たちにとって、世に名を知らしめるというのは甘美な響きだ。

 だからこそ、ニンジャギルドのニンジャたちはアルザをうとんでいた。

 ニンジャでありながら、もう名を轟かせている。

 これほどに嫉妬心を焦がすものはない。

 だからアカヘビは彼らを引き込めたのだろう。『名を残さぬか』と甘い声で――


「我らの夢には貴様の首級クビが必要だ」

「当然、その為にはリンネにも手を出している。そうだな?」

「クックック。話が早いではないか。あのドラゴンテイマーの娘は……」


 ダン!

 ……ドサリ。


 アカヘビ衆の一人が倒れる。

 腹にはニンジャアーマーを貫通した、針のように細い手裏剣。アルザが放ったものだ。

 ならば当然その先には――


「んほおおおおおなんにゃこれえええええええ!」


 ニンジャすら壊す、感度三〇〇〇倍のサキュバスエキス。

 アルザが最も得意とする毒である。


「き、貴様! 人質がどうなってもいいのか!」

「人質? 今言ったな。と。つまりまだ手に落ちていない。意外に抵抗しているのか連絡が無い。違うかな?」

「――!」

「残念だったな。リンネはある程度心得を授けている。時間を稼ぐことぐらいはできる。お前ら相手でもだ」


 ゆらりと。

 アルザの背に炎が宿る。

 それは怒気と呼応した魔力。

 つまるところ怒りのオーラである。


「リンネが捕まるその前に、お前らを滅する。ニンジャ相手に容赦は無しだ――その脅し、高くつくぞ」

「か、かかれ! イザヨイとて一人だ!」


 アカヘビ衆が動く。

 天から地から、凄まじい殺気がアルザへと殺到する。

 だがアルザの顔は恐怖どころか口角がドンドンと上がっていく。

 人とも獣とも思えるその構え、手には無数の針手裏剣。

 奇しくもその顔は、全てを睥睨して嗤う師にそっくりであった。

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