第29話 覚醒でござる

 死者を束ねて別のものを作り上げる。

 こんな事が許されていいのだろうか。

 ニンジャとは確かに外法の者たち。

 だがどんなに裏技を使おうと、超えてはならない一線はあるはず。

 それこそがニンジャ憲章けんしょうであり、師の教えだと思っていたアルザだが――


「ヴォアアアア!」


 咆哮。

 魔力を乗せているようで、アルザのいる円形広場がビリビリと揺れていた。

 よく見ると円柱の影に怯えて隠れるミノタウロスやワーウルフたちがこちらを見ている。

 彼らレベル3のモンスターは集まると中々の脅威なのだが、それすらも震え上がるとは。

 フレッシュゴーレムはニンジャスケールにして十尺、つまりおおよそ三メートルほど。

 腕はアルザの胴ほどあり、何重にも折り重なった筋繊維が剥き出しのままになっている。

 顔は引きちぎれた頭巾で隠れているが、のぞく目は魔力を湛えてギラギラと光っていた。


「貴様もこの傑作の一部にしてやる!」


 アオマシラの笛の音が響く。

 フレッシュゴーレムが強く踏み込んだ。


「速い!」


 通常巨人族あるいはゴーレムのような身体の大きいモンスターは動きが緩慢で、攻撃の際も挙動が大きく避けやすいのが特徴だ。

 だがニンジャの死肉で構成されているフレッシュゴーレムは元の経験がそのままあるのか、巨体のままニンジャの瞬発力を有している。


「アアア!!」


 巨拳が迫る。

 すくい上げるようなアッパーだ。

 すんでのところでバックステップで避けつつ、手裏剣を投げる。

 アルザの手裏剣は、振り抜かれた腕の脇へ正確に刺さる。


「急所に刺したはずなのに!?」


 痛みを感じないとばかりに、フレッシュゴーレムが振り上げた拳を落とす。

 その一撃は石畳を破裂させるほどの威力。

 跳ねた石は弾丸となってアルザへ向かってくる。

 それだけでは終わらない。

 フレッシュゴーレムは穴の空いた場所の砂を掴み、バッとアルザに向かって投げつけてきた。

 砂かけは単純だが恐ろしい目眩しだ。

 地面の砂をかける。

 ただそれだけで相手は一手遅れてしまう。


風精霊シルフの刃!」


 アルザは下がりながら典雅丸を斬りあげる。

 属性付与エンチャントオイルで風の属性を纏う刀身がかまいたちを発生させる。

 煙幕じみた砂を裂いた――そう思った瞬間。

 目の前にはかまいたちをものともせず向かってくるフレッシュゴーレム。

 三度、巨拳を放とうとしている。


「たかだか属性付与エンチャント! そんなものが効くか! やれ!」

「ならば、これならどうだ!」


 アルザは胸元から煙玉を取り出すと、フレッシュゴーレムの顔にポイッと放り、大きく飛び退く。

 だからどうしたとばかりに迫るフレッシュゴーレム。

 だが煙玉が破裂した瞬間、破裂音と雷撃のようなものが発生する。


「ヴォアアアアアア!?」

「な!?」

「特製の煙玉だ。スパークビードルのあまりものを混ぜただけだけど、いい感じで効いたな!」


 スパークビードルはリンネが好きな気付け薬の材料である。脳に刺激がある分だけあればいいので、大部分の発電器官は廃棄されてしまうもの。しかしアルザは勿体無いとばかりに煙玉に混ぜ込んでおいたのだ。

 電撃魔法サンダーボルトに匹敵するそれはフレッシュゴーレムが怯むほど。しかも視界不良のおまけ付きだ。


「風がダメならこれでどうだ!」


 アルザが血振りのようにして風精霊シルフのオイルを払うと、再び剣を納刀。

 三本ある白帯模様のうち真ん中を叩き、アルザは悶えるフレッシュゴーレムへ向かっていく。


「ヴォアアアア!!」


 フレッシュゴーレムが巨拳を振り回す中、アルザが天高く飛び、空中で居合態勢になる。

 そうして間合いが迫った時。抜刀した刃に走るのは――炎。


「屍巨人! 上だ!」

炎精霊サラマンダーの刃!」


 既に剣を振り上げたアルザ。

 フレッシュゴーレムが命令通り上を向くが一手遅い。

 ガッ!

 アルザの炎の剣が額から顎先にかけて一閃。

 着地と同時にボッ! という燃える音と、死肉を焼いたような匂いがした。

 これで決まり――かと思いきや、その一瞬の油断を突くような殺気。


「何、まだ動けるのか!?」


 思わず防御体制を取る。

 眼前に迫ってきたのはフレッシュゴーレムの蹴りだった。

 しかも顔面を狙うかと思いきや、直前になって軌道が変わる。

 ニンジャの蹴りだ。それはアルザの防御をすり抜けて、正確に腹を穿った。


「ぐ……あ……」


 体を少し浮かせて衝撃をいなしたというのに、それでも内臓が抉られんばかりの一撃。

 アルザはそのまま大きく吹っ飛び、それでもクルッと一回転して着地する。

 しかし未だ体の中を跳ね回る衝撃に、思わず膝をついてしまう。


「何て威力だ。に、ニンジャの強さがそのままに――はっ!」


 迫り来る殺意。

 アルザは崩れた膝に喝を入れると、転がるようにしてその場を離れる。

 頭のあった場所に降ってきたのは巨拳だった。音もなく迫ったフレッシュゴーレムが、とどめの一撃を放ったのだ。

 それは地面まで振り抜かれて円形広場の石畳を穿ち、小規模な地震を発生させる威力。

 まともに受けたならばアリが踏み潰されたようになっただろう。


「頭を潰されてまだ動くのか!」

「ファファファ……貴様はこいつが何でできているか忘れているようだ。見よ」


 嘲るようなアオマシラの声に、再び刀を構えたアルザがフレッシュゴーレムをじっと見る。

 それは胸の辺りにある膨らみ。歪に組み上がった筋肉のこぶかと思いきや、そこにはもう一つの顔がある。


「胸に顔が!?」

「複数の屍人ということは、それだけ頭があるということ。何なら背中にも股下にもあるぞ?」

「外道が。お師匠様の言うことが良くわかった」

「吠えるなイザヨイ。戯言を言うその口を、この傑作に組み込んでやろうか」

「お断りします。死体遊びは他所でやって頂きたい」

「おのれ! 力を目の当たりにしてまだ遊びと詰るか! 必ず殺す!」


 呪詛めいた言葉と共に、アオマシラがさらに笛を吹く。

 呼応して、フレッシュゴーレムが咆哮を上げた。


「あの笛をどうにかしないと」

「ヴォアアアアア!!」


 フレッシュゴーレムがまたしても突撃。

 単調な攻撃だが、あまりにも素早く一撃が重い。

 しかも追い込み方も巧みで、アルザを逃さんとばかりに支柱に誘導しては柱ごと破壊する。

 何とか逃げてはいるが、勝機を掴めない。

 永遠にこれが続くのでは。

 ゾッとした、その時だった。


 ヒュッ!


「ぐあ!」


 アルザが大きく飛んだ瞬間、飛んできたのは手裏剣だった。

 心の隙間に差し込むような一撃。

 いつもなら眠っていても避けられるそれを放ったのはアオマシラだった。

 アルザは空中で体勢を崩す。

 そこに容赦なく飛びかかるフレッシュゴーレム。

 拳が飛んでくる――そう思って防御したのがまずかった。


「アアア!!!!」

「あ、足を掴……うあああ!」


 足を掴まれたアルザ。

 フレッシュゴーレムはそのままアルザをおもちゃのように振り回し、石柱へと投げつける。

 乱暴に投げられたアルザは当然受け身を取ることができず、強かに石柱へ叩きつけられた。


「ごはっ!」


 肺の空気が全て無くなった感覚。急いで息を吸おうとするが、うまく呼吸ができない。

 それでも染み付いた体術が刀を構えようとするが、腕が言うことを効かず刀を落とし、その場に倒れてしまう。


「未熟未熟。いつから一対一だと思っていた?」

「く……そ……!」

「やはり貴様は追放に値する無能だったようだ。何がイザヨイか。何か生者か。生のくさびを打たれたものは限度がある。それを解き放つが我が技よ」


 これが上忍なのかとアルザは戦慄する。

 人外の技を平気で使い、心の隙間すら読み技を放つ。

 こんな相手にどうしたらいいのか。

 アルザは師の言葉を思い出すが、何も浮かばない。

 屍人を扱うニンジャを相手にした時どうしたらいいなどと、そんなシチュエーション想像もつかなかった。

 師の言葉はほぼ全て覚えているはずなのに、脳内検索は一向にヒットしなかった。



『――また答えを欲しがるか馬鹿。ちったあ自分で考えろ!』



 師の余計な言葉ばかりが頭をよぎる。

 ドラゴンにとどめを刺せとか、ベヒーモスと素手で戦えとか。そうかと思えば部屋に缶詰にされてら膨大な巻物を読めだとか。

 本当に無茶苦茶な師だったと思い出が浮かんでは消えていくのは、もう半分走馬灯なのだろうか。



 どうしてこんな事になったのだろう。



 ニンジャがダメだから薬屋を開いた、ただそれだけだったのに。

 もしかして、最初からダメだったのか。

 イザヨイを受け継ぎながら放棄したその罰?

 いや違う。

 自分はそれを踏まえてのだ。

 もしあのままギルドのニンジャとして生きたいのであれば、別のニンジャギルドに駆け込んだり、それこそ下忍たちと一緒に本部へ上申するなどやりようはあったのだ。

 だがアルザは自由を選んだ。

 ニンジャの技を持ちながら薬師となる事を。

 やがて出会った自分を慕ってくれるあの子と、あの人たちと生きる道を――。


「最早希望を絶ったと見える。そうだろうそうだろう。我が技はイザヨイを超える。当たり前の事だ。当たり前のことなのだ!」

「……」

「お前をこの屍巨人に組み込めば、我も本部入りとなるだろう――おおそうだ。貴様の店にドラゴンテイマーのガキがいたな?」


 リンネが頭に浮かんだ。

 彼女と出会わなければ恐らく、アルザは魔を帯びることになっただろう。

 いや彼女との出会いこそが、彼を選択へと導いたのだ。

 そうでなければただただ虚ろにいざよい、果てにその手を血で染めていたに違いない。

 ニンジャとは力であり、タガの外れた力はそういうものだからだ。


「アレを組み込めば、ドラゴンゾンビすら従えることができるだろう。自殺願望――いや隷属願望のガキなのだろう? ちょうど良いではないか。使ハハハハ!」


 リンネを、組み込む?

 その瞬間。

 アルザが体験したことの無いような感情が、こめかみの辺りで爆ぜた。


「! 貴様まだ動けるか」


 アルザがゆっくりと立ち上がる。

 胸元から銅の小筒を取り出すと、蓋を開けてガーッと口に入れる。

 いつもは一つか二つだったのに、五、六、七と口に吸い込まれてゆく。

 やがて空になった小筒を放る――のはやめて大切に胸元に仕舞いながら、バリボリと丸薬を砕く。


「な、なんだその髪は。お、お前そんな髪の色だったか!?」


 アオマシラが動揺して後ずさる。

 何故ならアルザの黒髪がゆっくりと、だが着実に真っ赤に染まりはじめたからだ。


「今、何と言った?」


 バリボリと丸薬を砕く音が円形広場にこだまする。

 その迫力は凄まじく、今まで遠くで見ていたミノタウロスやワーウルフが「ヒン!」と悲鳴をあげて逃げていくほど。


「リンネを部品扱いしたのかと聞いている」


 淡々と、静かな声だ。

 しかし間違いなく怒気を孕んでいた。

 そうして完全にアルザの髪が真っ赤に染まった時――アオマシラの目には、あの炎のような髪のライラ=イザヨイが重なった。


「まさか――その丸薬が秘伝!」

「彼女を侮辱したその言葉、高くつくぞ」

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