第14話 隠し通路でござる

 アルザが階段に足を踏み入れると、フワリと点るのは階段に備え付けられた魔力灯マジックランプ

 しっかりと足元が見えるので、ランタンを持ってくる必要はなかった。


「リンネ! おーいリンネ!!」

「旦那様! 大丈夫です!」


 なだらかな階段を四、五段降った先で、両足を大きく開いてひっくり返っているリンネがいた。パンツ丸見えである。どうやら階段の踊り場で止まっているようだ。

 心配したアルザはすぐに駆け寄って起こそうとする。しかしリンネは近づくやいなやヒュバッと起き上がり、ここぞとばかりに抱きついてきた。


「リンネ無事か。怪我は無いか? 心配したぞ」

「石頭なので助かりました。心配してくれたお礼に愛の接吻キッスはどうでしょうか」

「そういう軽口が叩けるってことは大丈夫だな」


 それでも頭に触れて、その手でほほを触れる。少し恥ずかしそうにするリンネをよそに、続いてアルザは目を覗いた。彼女の青い瞳に異常はない。銀の髪にも淀みはない。魔力的な障害マジックトラップ呪物カースのようなものはないようだ。


「くすぐったですよ旦那様。もうちょっとやらしく」

「そういうのいいから」

「冗談です。それより何でしょうここは?」

「さぁ。隠し通路みたいだけど。参ったな、訳あり物件だったか」

「それはあとで文句を言うとして。この先あるみたいですけど……」


 リンネが指差す先は階段が続いている。

 暗く、そしてわずかに魔力を感じる。

 もしかしてダンジョンの類なのだろうか。


「変ですね。邪気が無いのに魔力がよどんでいます」

「エルフの目か。君は本当に役に立つな」

「お褒めいただいたお礼に脱ぎます?」

「その極端な思考だけどうにかしてくれればなぁ」

「愛の形の一つです。で、どうします旦那様?」

「仮にもウチだから何があるか確かめる。リンネは――」

「戻れなんて言ったら寂しさのあまり舌噛みちぎって死にます」

「極端だって言ってんだろォ!」


 ろぉ、ろぉ、ろぉ……と声が響く。

 反響音からいってけっこう深い場所に続いているようだ。


「はぁ、わかった。確かめよう。俺の背中から絶対に離れないようにな」


 そうやって二人はゆっくりと階段を下がってゆく。

 感覚的に二階くらいの高さを降りたあたりで終点が見えてきた。

 そこには古びた扉があった。鍵はかかっていない。金具はサビびているが、ちているというわけでもなかった。

 アルザは背後のリンネを見て頷くと、扉をゆっくりと開ける。何があってもいいように、片手には手裏剣を握った。


「――!? 何だここは」

「お墓?」


 半円形の部屋だった。中央には粗末な石棺せっかんと、その周りには囲うような花壇。生えていた花は全て風化しているようで枯れ果て、ほぼ崩れていた。

 ただ土には魔力が豊富なのか、ぽつりぽつりと燐光りんこうが上がっている。


「なんかダンジョンの第一階層に似ていますね」

「ああ。しかも手つかずっぽいな」

「手つかず? ということは――」

「リンネ?」


 みるみるうちに、リンネの瞳の奥にコインのような光が浮かび上がる。


「旦那様! 埋葬品まいそうひん! 手付かずなら埋葬品まいそうひんがあるはずですよ!」

「ばっ、君は盗掘するつもりか!」

「盗掘なんて言い方はひどいです。そもそもここ、ウチじゃないですか」

「ウチっちゃウチだけど……」


 リンネが袖を引っ張って、はやくひつぎを開けてとせがむ。

 だがアルザとしては、どうもこういうのは気乗りではない。死者を冒涜ぼうとくするのはあまり好きではないからだ。

 ちなみにニンジャの術の中には、倒した敵の死体を使う外道の技も多くある。爆弾を仕込むのは序の口。死肉を触媒にするなどなど、ギリ禁忌魔法みたいなのもある。

 師ライラ=イザヨイはというとやっぱりそういうのは嫌いらしく、死体絡繰の術ネクロマンシーを持つニンジャには露骨な嫌悪感を向けていた。多分、それが移ったのだと思っている。

 適当に理由をつけてさっさと帰るべきなんだろう。

 あの隠し扉は封鎖して、見なかったことにする。

 ――が、ふと思い返してみる。

 中古で買った建物。

 墓場の前。

 隠し通路。

 墓の下にある謎空間に――棺。

 

 どこぞのホラー小説よろしく、これスルーしてたらある日たたりとか呪いとか降り掛かってくるヤツだ。

 せっかく開業したというのに。放っておいたら自分はもとより、リンネが危ないかもしれない。


「リンネ、その棺桶かんおけの中を確かめよう」

「やった!」

「けどモンスターがいたらすぐ逃げる。いいね?」


 例えばヴァンパイアロードが出てきたら銀の棒手裏剣を投げて足止めしている間、リンネに逃げてもらう。

 不死者リッチが出てきたらリンネを抱き抱え、命を賭して逃げる。

 とにかく教会までひたすらに走って、事情を話し聖騎士パラディンを派遣してもらう。

 不死の貴族フリークスたちに出会ったならそれしか方法はない。ニンジャとて万能ではないのだ。

 

「いくぞ」


 アルザが意を決してひつぎを開ける。

 ずっしりと重い蓋をあけると、そこにはーー


「へ? なんですかこれは。鉄の……卵? でっか」

「……思ってたのと違ったな」


 アルザはふぅーっと安堵あんどのため息。

 中に入っていたのは彼女の言う通り卵だった。しかもかなりデカい。ニンジャスケールで言うと二尺、つまり六〇センチ。そして何故か黒鉄を思わせるかのように真っ黒だった。

 当然だが、埋葬品の類は見当たらない。そして卵自体も納められているというより、――そんな印象を受けた。


「なんですかねこれ」

「卵? いや、卵を模した何かかな?」

「おうい、入ってますか~?」


 ペチペチと無造作に叩くリンネに悲鳴を上げそうになるアルザ。

 思わず彼女の首根っこをつかんで、強制的に背後に立たせる。


「旦那様、私を猫みたいに扱うのやめてくれませんか」

「本当に、ちょっと、よく、考えよう。トラップだったらどうする!」

「大丈夫ですって。ほら何も起こらない」

「……本当だな」

「ただ微かにですけど。生きてるかもですね」

「生きてる?」

「触った時、うす〜い魔力の流れを感じました。〇・〇一ミリくらいにうすうすなものですから、気のせいかもですけど」


 アルザが卵に触れてみる。しかしアルザは人間だ。リンネの言う微細な魔力は感じ取ることができない。

 リンネが魔力があるというのならあるのだろう。だが、そんな事があるのだろうか。

 このサイズを生むドラゴン種でさえ、卵が孵化するのはすぐだと聞く。

 もしかしてなにか特殊な術式で封印されていたのだろうか?

 それにしては部屋は殺風景で、魔法陣のようなものが見られない。

 前に住んでいた住人の仕業だろうか。

 それとももっと前の誰かか?

 不動産ギルドの人間も嘘をついているようには見えなかったし、書類も全て不備も不明点もなかったのに――

 

「……」

「リンネ? どうした卵をじっと見つめて」

「旦那様。変なこと言いますけど」

「いつも変なこと言ってるけど?」

「真面目な話です! ――何故かわからないんですが、ほっとけない気持ちになってしまって」


 そう言われて、アルザは改めて棺をのぞいてみる。

 確かにリンネの言う通りだ。こんな所にポツンとある卵、いや卵かどうかも怪しいのだが、何故か寂しさのようなものを感じてしまう。

 しかも生きている。本当ならば母に抱かれてかえるものが、誰の目にも見られずひっそりとある。酷なことだと、アルザは思った。


「捨てられてたんですかね」

「隠されたようにも見えるな」

「いらないとかですかね」

「わからないけど、飾られていないからな」

「……ですね」

「そうだな」


 しばらくの間の後、何となく寂しい気持ちになる二人。

 打ち捨てられたそれに、二人とも不要と言われた自分を重ねてしまったようだ。 

 

「この子、ウチに飾るってのはどうでしょうか旦那様」

「いいね。カウンターの横に置いてあげようか。でもかえったらどうしよう」

「かえったらかえったで良いじゃないですか。犬みたいなものですよきっと」


 リンネの謎の自信と楽観はさておいて。このサイズのものが出てきたらそれはそれでとんでもないのが出てきそうだ。良くてワイバーン。悪くてドラゴンだろう。

 一応、テイムスキルは持っているアルザだが、虫以外に効かせたことがない。もし怪物のようなモンスターが出てきたら――まあその時は、その時かとアルザは考えるのをやめた。


「大丈夫ですよ。旦那様のそのサイコキラーみたいな目を見れば、大体の子は大人しくなります」


 思っていたことが顔に出たらしい。

 アルザは肩をすくめると、仕方なしと卵を抱える。


「意外と軽いな。いや、卵にしては重いか?」

 

 不思議な空間に不思議な忘れ物。

 二人は首を傾げながらも、新たな家族を迎えた気分になった。

 ――もしこの時、リンネが抱えていたならば少し違う運命になっていたかもしれない。下手をすると驚いて落とした可能性がある。

 何故なら卵(?)の中ではアルザには感じ取ることのできない、脈動のような魔力の流れが生まれ始めていたからだ。

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