第13話 開業でござる

「すごい、ご立派な看板ですよ旦那様!」

「どうでェ旦那。コレならバッチリだろうよ!」

「ああ、とってもいい仕事だ。ありがとう親方」


 ガハハと笑う親方が梯子から降りる。アルザの店『シュリケン薬局』に、ようやく看板がかかった。

 普通看板といったら無骨な鉄のままだが、珍しく塗装してある。デザインは緑十字のラベルがついた薬瓶のコルク蓋に、手裏剣が刺さっている独特なもの。

 手裏剣の飾りも彫金ちょうきんがなされていて、細かい紋様が金で輝いていた。


「奇抜なネーミングとデザインだとは思ったけど……リンネ、君に任せてよかったよ」

「そうですか。お役に立てたなら嬉しいです」


 短めのエルフ耳がピコピコ動いている。とても嬉しそうだ。

 彼女は自分のことをまだ無能だと常に言うが、案外周囲の見る目が無かっただけだとアルザは思う。


「旦那サン、あとご注文はこれでいいんで?」


 ナナが包みを渡してきた。

 中を開いてみると、そこには虫籠むしかご

 シンプルながら全て鋼鉄でできていた。


「流石はドワーフの仕事。注文通りだ」

「そいつァナナが夜なべしてああでもないこうでもないって作ったイッピンだ。まだまだ半人前だが、こういうのを作らせるとなかなか良いモン作るぜ」


 と、親方が言うと途端に顔を赤くするナナ。

 彼女曰く、あれから親方は少し性格が軟化したとのこと。

 ナナは褒められるとくすぐったくなると言うが、この子もこの子で嬉しそうだ。


「へぇ〜、確かに頑丈ですね。旦那様。これ何に使うんです?」

「虫取りだよ。ダンジョンの虫はいい薬になるヤツが多いんだ」


 虫、と聞いてうへぇと顔をしかめるリンネ。


「あの、旦那様。虫を体にわせるプレイは私でもちょっと」

「なんかもうツッコむのが疲れてきたな。ちなみに、君が好きな気付け薬もダンジョンの虫の成分が入ってるけど」

「なるほどそれならサッサと取りに行きましょう。おくしゅりのためです」


 途端にやる気を見せるリンネ。

 一瞬だが目の奥にハートマークが浮かんだような気がした。


「ふーむ旦那、あんたら兄妹かと思ったが夫婦なのかい? 妙に仲がいいが」

「バレましたか。実を言うと旦那様とは夜も――もごぉ!」

「親方、雇用関係ですから。ちょっとこの子、思春期で。覚えたての言葉使いたがりみたいで」


 油断もあったものではない。

 ちょっと目を離すとすぐコレである。

 リンネは塞がれた口の奥で多分下品極まりないことを言っているのだろうが、アルザは聞かれまいとギュッと口をふさいだ。


「わっはっは、まあ若ェ時はそれでいいってもんよ!」

「……ごめんなさい旦那サン。親方は旦那サン気に入っちゃったみたいで。からかうのは許してくださいっス」

「い、いいよ大丈夫」

「あの、本当にありがとうございましたッス。お客さんなのにあんなに優しくしてくれて」

「別にいいよ。開店前サービスみたいなものだし」

「……旦那サン」


 その時。

 どちらかというとボーイッシュなナナの雰囲気が、一瞬だけ女の子の顔になった。

 アルザは「へ〜そんな可愛い顔もできるんだ」くらいの気持ちだったが、一方リンネはというと何かを察したのか、アルザの側で怖い顔になっていた。


「また傷薬とかも買いに来ますんで。手裏剣とかも、作れるんで呼んでくださいっス」

「そうなのか。じゃあまた頼りにしていいかな」

「はい! 注文、待ってるっスから……」


 それからそそくさと帰るナナと、「またウチに来てくれよな!」と肩を叩いて帰っていく親方。

 色々と嵐のようだったが、それも含めてようやく自分の店を開けた。

 感慨深く自分の店を見上げたその時。

 脇腹にトス、とリンネの肘鉄ひじてつが入る。


「なんだなんだ?」

「旦那様のスケコマシ」


 それから夕方まで、リンネの機嫌は良くならなかった。



 ★



「トカゲ堂で聞いたぜ。傷薬くれや!」

「ワシんとこも若いのが金槌で手ェ打ちやがった。そういうのに効くの頼むぜ!」

「ガッハッハ、指取れちまった。くっつくヤツ頼んまァ!」


 あれから客が来はじめた。主にドワーフ達だった。

 どうもナナの父が噂を広めたらしく、皆口々にトカゲ堂の名を出していた。

 ドワーフとは排他的であるが故に、同族のつながりが強固である。

 なので一人が気を許すと、連鎖的に認められることは多々あるものなのである。


「はいはい上モノの方のブツですね。まいど!」


 カウンターでテキパキとさばいていくリンネ。

 言葉遣いだけはどうも治らないが、ご高齢かつ「アレ」とか「ソレ」とか短い単語でが好みの客層だからか、彼女の言い方は逆にわかりやすいと評判のようである。


「お爺さま。こんなブツもありますけど、どうです?」

「おうソイツも頼んまぁ! フリーズフライをウチはよく使うからよォ! 凍傷とうしょうの薬は願ったり叶ったりだぜ」


 ドワーフもドワーフで適当なようでちゃんとラベルと成分表を見ているのも流石である。

 その上孫のような見た目のリンネが「お爺さま」なんておだてるから余計に買っていく。

 そんなこんなで過ごして数日。

 リンネが嬉々とした表情で帳簿を見せてきた。


「旦那様。すんごい売れてますよ」

「本当だ。ほとんどストック無いじゃないか」

「ドワーフのお爺さま方言ってましたよ。鍛冶屋は傷が絶えないし仕事も忙しいから教会に行ってるヒマがないって。だから保存の効く薬は助かるって」

「盲点だったな。正直なところ、教会の回復士ヒーラーとどう折り合いつけていくか悩みのタネだったけど……薬が必要な人は多いんだなぁ」

「そもそも旦那様のおクスリ、ビンビンに効きますからね。リピーターもよだれ垂らしてまた来ますよ」

「言い方ァ!」


 きゃーこわーいとはしゃぎ回るリンネ。

 自分のことは大人だの合法ロリだの言っておきながら、最近は本当に子供のようである。

 かと思えば


 

「――旦那様。もっといっぱい稼ぎましょう。私働きますから。旦那様の役に立ちますから」


 

 と、振り向いたその顔は大人びた女性のソレだったりする。

 そういえば師ライラ=イザヨイもコロコロ変わる人だったなとアルザは思い出す。

 人間としてどうかと思うことも多々あったし、殺されるかと思ったのも一度や二度、いや十や二十ではきかない。

 けれども自分が術を一つ、また一つと体得した時には母を思わせる笑顔を向けてくれた。


 ――今、自分も彼女にそうできているのだろうか。

 ――この落第ニンジャが、偉大な師と同じことを。


「旦那様、今度はエルフとかに売りましょう。アイツらプライド高すぎて、ネーミングバリューに金を積むアホですからね」

「いきなり口悪くなるなホント」

「もっとはんなりした言葉遣いがお好みでしたら、もっといっぱぁいおちんぎんくださぁい旦那様」

「言い方ァ!」

「あっははは――ぬわ!」

「ぬわ!? リンネ!?」


 突然、壁に寄りかかったリンネが、ガコンという音と共に壁に吸い込まれた――ように見えた。

 寄りかかった壁がグルングルン周り、ぴたりと止まる。

 ニンジャ的に言うと、どんでん返しというカラクリ扉だ。


「リンネ!? おいリンネ! なんでこんな所に隠し通路が!?」


 アルザがリンネのいた壁に耳を当てる。

 コォォ、と僅かに風の音。コンコンと音を立てると空洞のようだ。


「この家、普通の建物じゃないのか?」


 リンネの頭のあった場所を、ゆっくりと押してみる。

 キィィ、という音を上げて開いた壁の奥。

 そこには地下へ続く階段があった。

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