第4話 疲れて帰ってきた貴方に『マッサージ』を。

 お帰りなさい、坊っちゃま!


今日も遅くまでお疲れ様でした。


晩御飯できてますけど、先にお風呂入られますか? それともぉ〜、エルに……ってせめて最後まで聞いてください!

 

はいはい。お風呂ですね。下着とスウェットは脱衣所に用意してありますから。


あ、なんならエルが一緒に入って背中流して……。


――バタンッ!!


って、そんなに力強く締め出さなくてもいいじゃないですか!



◇◇◇



坊ちゃま、おかわりは大丈夫ですか?


わかりました。お粗末様でした。


今日はデザートに抹茶アイス買ってきたんですけど、今食べますか?


え、いらない?


珍しいですね。お腹でも痛いんですか? それともさっきの夕食、美味しくなかったですか?


……それなら良かったです! エル、坊っちゃまにご飯を「美味しい」って言ってもらえるのがら一番嬉しいですっ!


え、アンドロイドのエルに「嬉しい」なんて感情があるのか、ですか?


う~ん、どうなんでしょう。たぶんプログラムであることには違いないと思うんですけど、なんだか昔と違うんですよね。


きっと坊ちゃまの大きな愛が、エルを人間に変えてくれたんですよ! ……ってどこ行くんですか! ツッコミもなしですかっ!?


「疲れたから寝る」……ですか? いいですけど、食べてすぐ横になったら太って牛さんになっちゃいますよ?


ああ、もう。言ったそばからお布団に転がって。よっぽどお疲れなんですね。


あ、そうだ!


坊っちゃま、良ければエルがマッサージしてあげましょうか? 

お疲れみたいですし、体の中にある悪いものをマッサージで出してあげます。きっとよく眠れると思いますよ。


最近、夜中に寝てる時もうなされてましたし、あんまり熟睡できてないんじゃないですか?


それもエルがマッサージすれば、きっと快眠間違いなしですよ!


……はい、分かりました! 


じゃあ準備だけするんで、このままちょっとだけ待ってて下さいっ!



◇◇◇



お待たせしました坊ちゃま! ……って、もう寝る寸前みたいなお顔ですね。


ごめんなさいですけど、一瞬だけベッドから起き上がってもらっていいですか?


ありがとうございます。


――ばさっ!


はい。マットレスの上にバスタオルを敷いたので、この上に転がってください。


「そんなことする必要あるのか」ですか? 分かんないですけど、お店とかだったらこんな風にしてるじゃないですか。


いいから、いいから。はいどうぞっ。仰向けになってください。


はーい。ありがとうございますっ。


それじゃあ、坊ちゃまは全身の力を抜いて、リラックスしてくださいね。


靴下、脱がせちゃいますね~。


えっ? だって足つぼマッサージなのに靴下履いてたらやりにくいですよ。


ちょっ……坊ちゃま! なんでそんな急に慌ててるんですか!


大丈夫ですよ! ちゃんと痛くないようにしてあげますから。


本当にもうっ! 坊ちゃまは怖がりさんですね。そういう所、小っちゃい頃から全然変わってないんですから。


え、そうじゃなくて? 


足が臭いかも……ですか? ん〜……ちょっと失礼しますね。


――スンスン…。


大丈夫です! 全然臭くなんかないですよ。確かに皮脂とか老廃物は検知されますけど、大した数値ではないです。


あれ? 何照れてるんですか、坊ちゃま。足の匂いを嗅がれたくらいで。臭くないって言ってるじゃないですか。


それに、たとえどれだけ足が臭かろうと、坊ちゃまの匂いならエルは全部大好きですよ。


だってエル、坊ちゃまのこと大好きですから。


あー、また照れた~。


あ、ちょっと坊ちゃま! 枕投げようとしないでください!

はいはい、分かりました。もう言いませんよ〜。


それじゃあ、マッサージ始めていきますね。まずは温ったかい御絞おしぼりで足を拭いていきます。


いえいえ。べつに汚れてるから拭いてるんじゃないですよ。血行を良くしてマッサージの効果を高めてるんです。本当はオイルとか塗るともっと効果が出るんですけど、今日はハンドクリームです。


――にゅるっ…。


ちょっと冷たいですけど、我慢して下さいね。


ぬりぬり……ぬりぬり……指の間からふくらはぎまでしっかり……っと。


はい、綺麗に塗れましたよ。


ふふ、ちょっとくすぐったかったですか?


じゃあ最初は、土踏まずの部分をマッサージしていきますね。


だから大丈夫ですって。指圧じゃないんですから、痛くはしませんよ。


こう手をグーにしてですね、第二関節の先っぽで爪先から踵の方へ優しく押し込むように……ほーら、痛くない。


え、ちょっと痛いですか?


仕方ありませんね。じゃあ今度は、親指だけでやります。ちょっと力を込めるだけにして、優しく……丁寧に……丁寧に……。


そうです。ここは老廃物の排出を司ってる部分ですからね。少し重点的にマッサージしてます。


もう痛くないですよね? うん、良かったです。


……はいっ! だいぶ血行が良くなってきたんじゃないですか?


お次は足指のマッサージをしていきますね。


まずは一番大きな親指から、手の指を滑らせるように全体をもみほぐします。


付け根の部分も軽めにきゅっと押し込んで、内側にもみほぐして……あ、これ気持ちいいですか? 


同じように、他の指もマッサージしていきますね。


ではでは最後に、指を一つ摘まんでくるくる~と回して、ポンッと。上に引き抜くような感覚で持ち上げます。


くるくる~、ぽんっ。

くるくる~、ぽんっ。


ふふふ。いま足がビクッて痙攣しましたよ。そんなに気持ちいいですか?


お次は足の甲です。足の指の間に親指を当てて、足首の方に滑らせるみたい揉み解してあげます。親指のお腹で、甲の全体を刺激するように……あ、くるぶしの内側が気持ちいいですか? ここは肩甲骨に繋がってるんですよ。


あ、坊ちゃま。ちょっと足を上げますね。失礼します……。


足裏マッサージは足の裏だけじゃなくて、ふくらはぎの辺りまで揉んであげると血行が促進されて体調が整いやすくなるんですよ。

特にここ……アキレス筋とくるぶしの間の溝にツボがあって、足がよく冷える人とかにはおススメなんです。


え、上手ですか?

ありがとうございます。坊っちゃまに褒めて頂けるなんて、エル嬉しいです。


「誰にでもするのか」ですか? そうですね、エルはアンドロイドなので、誰かにお願いされたら断ることはしません。


でも、エルが自分から『やらせてください』ってお願いする相手は、坊っちゃまだけですよ。


なんでって……それはもちろんエルが坊っちゃまのことが大好きだからです。


まだエルが家に来て間もない頃はアンドロイドなんて珍しかったですし、最新型の家電くらいにしか思われてませんでした。


だけど……坊っちゃまだけは違ってましたから。


坊っちゃまだけは、エルを『家族』として見てくれました。


坊ちゃまは覚えてないかもですけど、御家族でお食事されてた時、ひとり給仕をしてたエルを見て、坊ちゃまは「エルも一緒に食べよう」って言ってくれたんです。


アンドロイドのエルに食事の必要なんてないですし、それどころか主人である人間と同じテーブルに座ることなんて本来許されないことです。


だからエルが断ったら、坊ちゃま泣き出して「一緒がいい」って大声でぐずって。


まだ小さかった坊ちゃまには、アンドロイドのエルと人間の違いなんて分からなかったから、そう仰ってくださったんでしょうけど……でもその時から、エルは普通のアンドロイドじゃなくなったと思うんです。


プログラムされた『感情』とは違う何か……きっとそれが、『心』だと思うんです。


……って、坊ちゃま聞いてませんね。


もうすっかりイビキかいて。


あーあ、お腹だしちゃって。ダラシないですよ坊っちゃま。


――ススッ……。


こんなんじゃ、まだまだエルがお世話してあげないとですね。


可愛い可愛い、大好きなエルの坊ちゃま。


出来ればずっと……お傍に置いてほしいな。

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幼い頃から一緒に暮らしている貴方のことが大大大好きなメイド型アンドロイドによる癒しの囁き 火野陽晴《ヒノハル》 @hino-haruto

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