第二十話 過去を貫く弾丸2

「——ということがあってだな」

 昨夜起きたという事件の経緯を、『マッスルウィズダム』ことスティードさんが語った。

 ギルド二階席のいつものテーブルに、僕とヒイロお姉ちゃん、ルヴィンさんが座り、その傍にスティードさんが立っている。

 今日のギルドはいつもと違って、狩人が少なく、静かだった。

 僕らの他には、一階席に三組の狩人の集団と、隣のテーブルにひとりの狩人がいるだけ。

 受付の女性やコックさんなど、ギルドの職員さんは、ひとりもいない。

 昨夜の事件を受けて、今日は武装した狩人以外は外出禁止となっている。

 ギルドのみ開放され、ここを拠点に良識ある狩人が交代で町の見回りを行っていた。


「それでどうなったの?」

 立っているスティードさんに目線を合わせるため視線をあげて、訊く。

 昨夜の事件はスティードさんのおかげで、市民に被害が及ぶことはなかったらしい。

 もう一歩早ければ、襲われた狩人のふたりも無事だったかもしれないけど……。

 今日のスティードさんは上裸ではなく、シャツを着て、鉄でできたガントレットを装着している。

 この前は僕たちと手合わせをしただけで装備はなかったけど、仕事のときはちゃんとした武具を着けるらしい。

 こういうところ、この町の最強たるなのかな。

「少しばかり打ち合ったのだが、逃げられてしまったな。俺の右ストレートを喰らった途端に慎重になった様子だった」

「よく勝てたね……」

 ヒイロお姉ちゃんが呆れた顔で、頬杖をついている。

「普通あなたみたいなキャラクターって、すぐに噛ませになるものだと思うけど」

「この町最強の狩人がそう簡単にやられるわけがなかろう」

「はいはい。で?」

 軽くあしらいながら、お姉ちゃんが先を促す。

「その後、少年を家まで送り届けてだな――」

「男の子に怪我はなかったの?」

「転んだときに、掌や膝を擦りむいたようだが、大きな怪我は何もない」

「よかった。……襲われた狩人の方は?」

「斬り付けられた大剣の男は重体。銃で撃たれた方は、その場で即死だった」

 訊いたお姉ちゃんが、そう、と視線を落とした。

「まあ、己の身も守れない狩人なんぞ未熟だと言わざるを得んだろう」

「ちょっと、亡くなった人になんてこと言うの」

「生きてる者になら何を言ってもいいのか?」

「そうじゃ、ないけど……」

「まして、少年を危険に晒すなど論外だ」

 お姉ちゃんは不満げに、何かを言いたそうにしているけど、口を閉じている。

 むすっとした表情。

 スティードさんにも一理あると思っているのかもしれない。

「同感だな」

 今までスティードさんの話を聞いていたルヴィンさんが口を挟んだ。

 いつものように足をクロスさせて、机の上に載せている。

「ルヴィンまで——、……」

 ヒイロお姉ちゃんが嗜めようとするが、言いかけて諦めてしまった。

「で、『クリティカルガンマン』」

 スティードさんが言い、ルヴィンさんが目線だけを向けて応える。

「心当たりは?」

「ある」

 スティードさんの話によれば、昨夜の男性は『クリティカルガンマン』という銃使い、すなわち、ルヴィンさんの居場所を訊いていたのだという。

 助けた少年から訊いたことらしいけど。 

「昨夜、狩人ふたりを襲ったのは、こいつだろう」

 そう言って、ルヴィンさんは一枚の紙を机に置いた。

 これは、手配書……。

 男性の顔が中央に描かれている。

 足を下ろして、続ける。

「名前は、テュー。犯罪組織『白夜』の一員だ」

 『白夜』

 ルヴィンさんが追っているっていう犯罪組織。

 最初に僕とお姉ちゃんに銃を向けてきたのも、お姉ちゃんをこの『白夜』の幹部と勘違いしたからだった。

「銃と剣のふたつの武器を使うんだろ」

 スティードさんが腕を組んで、こくん、と頷いた。

「じゃあ、間違いねぇ。テューのUSユニークスキルは異なる二種類の武器を装備できるものだ。普通は一種類の武器しか装備できないからな」

 二種類の武器を装備可能……。

 って、あれ?

 US?

「ねぇ、ルヴィンさん。なんでその、テューって人のUSを知ってるの?」

 他人のUSは狩人免許を見るか、教えてもらわないと知ることはできない。

 それか、実際に戦うかだけど。

「まぁ、端的に言やあ、前職が同じだったんだよ」

「じゃあ、ルヴィンさんの前職は犯罪組織ってこと……?」

「違げぇよ。俺とテューは王都の中央騎士団に属していたんだ。もう十年くらい前だけどな」

 ルヴィンさんは、ギルドの職員さんがいないのにどこから持ってきたのか、カップを啜りながら言った。

「え?」

「ルヴィン、騎士団なんてやってたの?」

「似合わんぞ。貴様に騎士なんて」

 僕も、お姉ちゃんも、スティードさんも、目を丸くしている。

「うるせぇな。十年前だっつったろ」

「まあ、騎士団だったことはいいとして……。じゃあ、なんでルヴィンさんは騎士団をやめちゃったの? っていうか、テューって人はなんで犯罪組織なんかに……」

 僕が訊いていると、ルヴィンさんがため息をついて、カップを口に運んだ。

「テューが『白夜』に捕まったんだ。奇襲を掛けられた」

 ことん、と、カップをソーサーに戻す。

「それで俺は——、逃げた。テューを置いて」

「逃げた? 逃げたって——」

 どういうこと? と、お姉ちゃんが言う前に、

「そのままの意味だ。別に、理由があったわけでもない。ただ、武装した殺人鬼を何人も目の前にして、怖くなったんだ。それで、仲間を置いて、必死で逃げた」

 と、ルヴィンさんが応えた。

「振り返るとテューの姿はなかった。捕まったのか、殺されたのか、当時はわからなかった」

「それで、騎士団をやめたの?」

 僕が訊く。

「はっ、クビだよ、クビ。仲間を置いて敵然逃亡をするやつが騎士なんて務められるか」

 ヒイロお姉ちゃんは顔色を変えないまま話を聞き、スティードさんは少し目つきを鋭くして、ルヴィンさんを見下ろしている。

「それで狩人になったわけだが……」

 机に置かれた手配書に、そっと手を触れる。

「この瞬間だったな……」

 ルヴィンさんが、『白夜』を沈めることを誓った瞬間。

 仲間が敵に捕まったのに、自分は逃げた。

 そして、その仲間が敵の組織の一員になっていた。

 ……。

 誰も口を挟もうとはしない。

 一階席の狩人たちの声が聞こえてくるだけ。

 お姉ちゃんもスティードさんも、ルヴィンさんに配慮した言葉選びができていないのかもしれない。


 と——

「……興味深いお話ですね」

 隣に座っていたひとりの狩人が、こちらのテーブルの方を振り返った。

 穏やかな口調をした、物腰の柔らかそうな雰囲気の男性。

 格好に特におかしな点はないけれど、気持ち垂れぎみの目が特徴——

 ——!

 この顔、さっきどこかで——

 その瞬間——

 ばっ、

 と、ルヴィンさんが椅子を倒しながら立ち上がって、右腰の銃に手を添えた。

 スティードさんも腰を落として構え、ヒイロお姉ちゃんは太刀に手を掛けている。

 ということは、この人が……。

 机に置かれている手配書を一瞥する。


「やあ、久しぶり。相棒」

 男性——テューが、笑顔で、ルヴィンさんに向かって、そう言った。

 手には沈まぬ太陽、『白夜』の刺青があった。


——————————


ラン   US〈相手の攻撃スキルの命中率が少し減少〉

     SS〈ローリング・オーバー〉……味方の攻撃力と防御力を反転させる。もう一度使用すると元に戻る。

     AS〈ソード・アタック〉……低威力技。



ヒイロ  『陽暮』

     US〈相手と対峙した時、防御力がほんの少し上昇〉

     TS〈リフレクション〉……ジャストタイミングで使用することで、近接攻撃を無効にし、二倍の威力にして相手に返す。

     AS〈ソード・アタック〉……低威力技。



ルヴィン 『クリティカルガンマン』

     US〈クリティカルの発生率・クリティカル時の威力が上昇〉

     AS〈クイック・ショット〉……三連射。クリティカルしやすい。

     AS〈ライナー〉……必中。クリティカルしやすい。

     AS〈インストゥル・バースト〉……近距離で発動するほど威力上昇。



スティード 『マッスル・ウィズダム』

     US〈相手に与える近接攻撃の威力が二倍。相手から受ける近接攻撃を半減〉

     AS〈マッスル・ストレート〉……通常攻撃。

     AS〈マッスル・ヒットパレード〉……連続攻撃。

     AS〈サクリファイス〉……短時間、被ダメージが増加するが怯まない。

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