第5話 少女の誘惑は雌の香りがして

「は?」


 混乱して脳が少女の言葉を拒絶する。


 私は少女の願いを理解したくなかった。


「せめておじさんが初めての人になって欲しいんです」


「いやいやいやっ!」


 確かに少女は魅力的だ。


 まず容姿は端麗。街中で出会えば百人中九十人は振り返るほどだろう。


 胸は年齢の割には豊満で、性的な魅力にも富んでいる。


 あまり食事が満足に取れていないからか、腕や腰などは折れそうなほどに細い。


 抱けるかどうかという話になれば、土下座してでもお願いしたいだろう。


 けれど、この子の事情を知ってしまった以上、抱くことは出来ない。


「な、が、学生がそんなことを言うものじゃない! 歳の差だってあるし、第一私たちはまだ会ったばかりだろう!?」


「そうですね。でも、そういうのは関係ないと思います」


 髪を撫でつける姿に、背筋がゾクリと震える。


 我知らず、呼吸が浅くなっていた。


「わたしは、おじさんに抱いて欲しいと思ったんです」


「そんな……」


 今まで保っていた境界線を越えて、少女が――一匹の雌が侵入してくる。


 形の良い柔らかそうな胸が。


 悩まし気な肢体が。


 甘い香りが。


 少女という存在全てが私を誘ってくる。


「お願いします、おじさん。私を救ってください」


「――――っ」


 絶対に手を出してはいけない。


 彼女を抱いてしまえば、私もクズの仲間入りだ。


 それが分かっていても、非常に抗いがたかった。


「な、ならせめてお金を……」


「そんなの受け取ったらパパ活になっちゃうじゃないですか。私は私の意思で、おじさんと自由恋愛をしたいと思ったんです」


 少女の体が近づいて来る。


 一メートルは離れていた距離が、今や半分、いや、三十センチになっていた。


「じゃ、じゃあ学校の同級生だとか……」


 ……あと二十センチ。


「あの人たちはダメです。発情して私の胸を見るだけで、心配なんてしてくれません。おじさんと違って自分の事だけなんですよ」


 ……十センチ。


 心臓が胸の内で暴れまわっている。


 呼吸が荒くなりすぎて破れてしまいそうだ。


 人生で一番緊張しているのは、間違いなく今この時だった。


「……とにかく、行きずりの私とだなんて、絶対に後悔するからっ」


「後悔しないために、おじさんとセックスするんです」


 そして、とうとう少女の体が私の体と触れ合った。


 触れ合ってしまった。


「き、聞いたことがある。性的暴行を受けた経験のある女性がより性に対して奔放になることで性的暴行を大したことがない事だったと思い込む様になるケースがあると……」


「それでもいいじゃないですか。傷口が痛まないのなら、私はそっちの方がいいです」


 もはや自分でも何を言っているか分からなかった。


 うわ言のように言葉を垂れ流し、けれど思考は今あじわっている感触のことばかりに支配されている。


 柔らかい。


 あたたかい。


 少女の鼓動と体温が、触れ合った肌と肌を伝わってくる。


 いつ以来だろう。ここまで他人を感じたのは。


 緊張するのと同時に、奇妙な安心感すら覚えていた。


「ドキドキします」


 手と手が結ばれる。


「おじさんも震えてるんですね」


 指の一本一本が絡まり、混じり合っていく。


「私もです」


 それは、私たちの未来を暗示している様であった。

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