第27話 君が飽きるまで一緒に

「ヒナタ、それがどういうことを意味するのか分かっているのですか?」


 普段は温厚で優しい先生が、厳しい口調でヒナタに尋ねた。


「その決断が、あなたの大切な人の命を脅かすことになるということを。そして、魔法使い狩りにあなたの友人がと知られたら、彼らが脅しに使うこともにもなりかねません。ヒナタには……万一のことがあったときの覚悟がありますか?」


 ヒナタがウーファイアから逃れる日々はこれからも続く。もしかしたらタカテラスに危害が及ぶこともあるかもしれない。

 しかし、彼は思う。今日のような日々を生きることが、本当は人としてあるべき生き方なのではないか、と。

 今朝の景色がいつもと違って見えたように、タカテラスがヒナタの傍にいることは、彼の心を良い方向へと導いてくれている。もし、この先孤独に生きていかなければならないのだとしたら、それはあまりに無味乾燥な生活ではないかと彼は知ってしまったのである。


「僕は――……」


 もし、タカテラスが魔法使い同士の戦いに巻き込まれたとしたら、ヒナタは昨日の決意を後悔するだろう。


(それでも、手にせずにはいられない……)


 家族と離れ、ウーファイアの元に来てからは、ヒナタは家族と会ったことはない。友達もいない。いつしか人々に「悪しき者」としてのレッテルを貼られ、近づくことすら難しくなった。そんなときに出会ったタカテラスとの穏やかな日々は、ヒナタにとって久しぶりの人のぬくもりを感じられる時間だったのである。


 これまではそのときの思い出を胸に、心でタカテラスのことを思い続けていた。そしてそれだけで、充分にヒナタの生活を支えてくれていた。

 誰もヒナタのことを助けてくれようとしていなかった毎日に比べたら、この世界で一人だけでも彼の傷を癒してくれた人がいるだけで、彼は何とか頑張れたのである。


 しかしそれと同時に、タカテラスと共に生きることができたら、どれほど幸せかとも考えることもあった。今までヒナタが一度たりとも望んでも得られなかった友達や、家族のような存在に彼はなってくれるだろう。そうなったら、これまでの孤独から解放されるような気がしたが、自分に科せられたこの孤独は、自らの罪に対する罰なのだ。そのため、己が大切な誰かと共に生き、幸せを感じることはあってはならないのだと思っていたのである。


 しかし、ヒナタの思い人は、自ら訪ねて来てくれた。それは思ってもみない幸運で、彼の人生に一筋の光を与えてくれたのである。


(大切にしよう。僕のために、そして彼のために)

 

「アッシュ先生、僕はやっぱり彼と共に生きます」

「ヒナタ……」

 先生は残念そうな顔をする。だがヒナタはそれを振り切って、自分の気持ちを正直に言った。

「おっしゃることは分かります。自分がいかに身勝手なことを言っているということも……。でも、昨日タカテラスに言われたんです。『俺はヒナタが幸せであることを望んでいる。それは俺の幸せでもあるからだよ』と」

「……」

「僕は、家族とも一緒にいられなかったし、愛する人も得られなかった。長い間一人で、孤独で。でも、それを不幸とは思っていませんでした。自分がやってしまった過ちを考えれば、これくらい我慢しなければならい。罪滅ぼしなのだから、と。でも、昨日彼と話していて思ったんです。僕も人の子です。生まれたからには、誰か自分の大切な人と共に、小さな幸せを積み重ねた生活をしてみたい。そこにある幸せを感じてみたい……そう思いました」


 長い沈黙の後、先生は長い溜息をつくと「分かりました」と言った。


「それなら好きになさい。ただし、私はもうあなたを守りません」

 当然のことだ、とヒナタが思うと、先生は思ってもみないことを口にした。

「その代わりあなたの友人を守ります」

「……え?」

 ヒナタはすぐにその意味を飲み込めず、ポカンとする。だが先生は構わず、話を続けた。

「友達は、非魔法使いなのでしょう。でしたら、ヒナタは自分で自分の身を守るように努めなさい。私はあなたの幸せな生活が一日でも長く続くように見守るとします」

「……アッシュ先生!」

「喜ぶのは早いです。そうなったら、もう少し戦う力を付けなさい。魔法で殺生しないと決めているのは良いことですが、相手は殺しにかかってくるのですから、手を抜くなどできません。もっと力を付けること。いいですね」


 そう言うと先生は踵を返し、森の方へと向かって行く。ヒナタはその背に向かって「ありがとうございます!」と声を掛けた。それに対し、先生は右手を挙げてひらひらと振ると、一瞬にして姿が見えなくなる。魔法を使って移動したのだろう。


「先生、ありがとう……」


 ヒナタが空に向かってお礼を言っていると、家のドアが開く音が聞こえた。振り向くと、寝起きのタカテラスが目を擦って立っている。


「おはよう、ヒナタ。ごめん、俺、起きるの遅かったね」


 申し訳なさそうに言う友人の傍にヒナタは駆け寄ると、「おはよう、タカテラス。大丈夫だよ」と笑って言う。


「僕は少し浮かれていて早起きしただけなんだ。朝食を誰かと一緒に取るなんて子どもの頃以来だからさ」

「そっか……。でも、今日からは君が飽きるまで、俺は一緒に朝食を取るよ」


 屈託なく笑ってそう言うタカテラスに、ヒナタは目を細めた。

 その名の通りに、優しく照らす彼の言葉に何度救われたことだろう。ヒナタはこれからの日々を楽しみに思いながらも、今日が永遠に終わらないでほしいと思いながら、タカテラスと共に家に入るのだった。


(完)

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タカテラスの帰らぬ旅 彩霞 @Pleiades_Yuri

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